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おまけ③【ロニ視点】今後の身の振り方

ロニ(ユリウスの側近兼護衛)視点。55話の後~本編終了後くらいの話です。


 我が主、ユリウス殿下は、見事にクリスティン・アンガーミュラーに振られた。


 あの話の流れでいきなり求婚すれば当然だ。クリスティンの指摘通り、『都合の良い労働力として欲しい』という風にしか受け取れない。


 …その会話を廊下で漏れ聞いて、膝から崩れ落ちるのを何とか堪えた私を褒めて欲しい。

 隣に立っていた陛下の護衛士──私の師匠の、大変気の毒そうな視線がとても痛かった。


「…ロニ、どこで間違ったんだと思う?」


 陛下の指示で、ユリウス殿下を強制的に執務室に連れ戻した後。

 呆然とした顔で言う我が主に、私は頭を抱えたくなった。


「……とりあえず、王宮の手伝いを断られた直後に求婚するのはまずかったと思います」


 何とか言葉を絞り出すと、そうか…とユリウス殿下は頷く。


「あのタイミングでは、ダメだったのだな」


 あのタイミングもなにも、家を継ぐ事が決まったクリスティンに嫁入りを要求する事自体が間違っているのだが。


 今そう指摘しても、この主の耳には届かないだろう。


 ──アンガーミュラー家の次期当主。

 王族居住区画の部屋で、アンガーミュラー家の当主とその後継ぎしか着る事が許されない服に身を包んだクリスティンを見て、私は驚くと同時に心の底から納得した。


 普通の貴族家ではまず有り得ないが、アンガーミュラー家では女性当主はそれほど珍しくない。

 直近では、2代前──現当主、ハロルド様の祖母君がそうだ。


 私が子どもの頃にはまだご存命で、アンガーミュラー家のお屋敷に遊びに行った際、一度だけお会いした事がある。

 一見とても穏やかそうなおばあさま。

 だが、ハロルド様に向ける視線は時折鋭く、何か言われる度にハロルド様が背筋を伸ばしていたのが印象的だった。


 クリスティンは、あのお方に良く似ている。いや、もしかしたらそれ以上かも知れない。


 弟のマーカスは優秀だが、その能力のほとんどを魔法道具の改造に費やしている変態──もとい、変わり者だ。


 能力的にどちらが向いているかと言われれば、確実にクリスティンの方が当主向きだし、何よりマーカスは全力で拒否するだろう。


「──それはそうと、ユリウス殿下」


 私は思考を現実に戻す。


 これから先、我々はクリスティンの助力無しで今回の事態を収拾しなければならない。

 これが難題だ。


「陛下や王妃殿下の前で殿下がおっしゃった通り、これから王宮には大きな混乱が生じます。事前に根回しが必要な場所にご指示を」


 私が促すと、ユリウス殿下はこちらに視線を向けないまま、ああ…そうだな…と呻いた。



「側近たちを集めて、お前が指示を出してくれ」



 …あ、ダメだ、これ。



 私は瞬時に理解する。


 ユリウス殿下は、自身の興味の無い事には徹底して労力を割かない。

 クリスティンが王宮文官として働いていた頃は、彼女に尊敬してもらうために──結婚相手として意識して欲しいならもっと別のアプローチをすべきだったという話は置いておいて──非常に熱心に仕事に取り組んでいた。


 実際、殿下は地頭が非常に良い方だし、関心さえあればどんな事でも器用にこなす。

 当時はクリスティンに関心が向いていたおかげで、王宮の仕事は非常に円滑に進んでいた。


 だから多分、当時のクリスティンはユリウス殿下の事を『優秀で信頼できる上司』だと認識していただろう。

 その上司のやる気のほぼ全てが、自分の存在によって維持されていたとは思ってもいないだろうが。


 ──で、その後。


 クリスティンが王宮を去ってやる気をなくしたユリウス殿下を側近たちが必死にフォローして、王宮の業務を何とか回す中、殿下はアンガーミュラー領まで出向いて見事に墓穴を掘り、化けの皮が剥がれた。

 挙句の果てに一番ダメなタイミングで唐突に求婚し、クリスティンに殺気混じりの笑顔で切り捨てられたのだ。


 …元々、殿下はクリスティンに振り向いて欲しい一心で目の前の仕事をこなしていた。

 文官仕事そのものにやりがいを見出していた訳ではない。


 こうなってしまっては、やる気を取り戻させるのはほぼ不可能だろう。


「──承知しました」


 私は大人しく一礼し、他の側近たちを招集するために動き出す。


 …就職先を間違えただろうかという思考が頭の隅をかすめたが、既に何度も思っている事なので、気にしない事にした。





 そうして何とか側近たちを取りまとめ、筆頭文官としてのユリウス殿下の体裁を整えつつ、大規模汚職事件の後始末に奔走していたある日。

 私は国王陛下と王妃殿下に呼び出された。


「ロニ・マーキス。お召しに従い参上しました」

「うむ」


 国王陛下の執務室に出向くと、その場に居たのは陛下と王妃殿下、そして国王陛下の側近である私の父だけ。


「──最近ユリウスが、クリスティン・アンガーミュラーに手紙を送っていた事を知っているか?」


 人払いされている部屋で前置きも無しに国王陛下に訊かれ、私は引きつりそうになる表情筋を必死で制御した。


「…いえ、私は把握しておりませんでした。──手紙、というと、クリスティン嬢に助力を願うものでしょうか?」


 考えられるとしたらそれくらいだ。


 私が手紙の内容を問うと、陛下は溜息と共に複数枚の紙をこちらに提示した。


「クリスティン・アンガーミュラーとハロルド・アンガーミュラーの連名で、本日私と王妃宛に届いた手紙だ。読んでみると良い」


 国王陛下は心底疲れた顔をしているし、王妃殿下は完全に真顔で感情が読めない。

 国王陛下の斜め後ろに控える私の父は、何故か遠い目をしている。


 …何だ、この状況は。


「……拝見いたします」


 恐る恐る手に取り、読み進めて行くと、私の顔からも次第に表情が抜け落ちて行った。


 流麗だがとても読みやすい字で書かれたクリスティンの手紙には、貴族らしい持って回った言い回しで、『ユリウスの手紙がうるさいししつこい』『こっちは暇じゃないんだけど』『何とかしろ』という苦言が並んでいた。

 そこに添えられたハロルド様のコメントは、『このバカ王子、何とかしないと俺がキレるぞ』。敬語も何も無く、本当にそのまま書かれている。


 クリスティンはともかく、王族に対する最低限の礼儀すらかなぐり捨てたようなハロルド様の一筆は、不敬罪に問われてもおかしくないのだが──国王陛下は頭を抱えるばかりで、腹を立てている様子は無い。


 どういう事かと思っていたが、それ以降の紙の内容を読んで納得した。


 2枚目以降は、全てユリウス殿下の筆跡。

 端の方にクリスティンの字で『参考資料』と書かれているから、実際にクリスティンが受け取ったユリウス殿下からの手紙だろう。


 『君が必要なんだ』『今からでも遅くないから、私の求婚を受けて欲しい』『共に国の未来を担って欲しい』──…はっきり言おう、目が滑る。


 求愛の文面のようにも見えるが、『愛している』とは()()()()()()あたりがもう最悪だ。


 ユリウス殿下は本当にクリスティンに『惚れていた』のではなくて、『労働力として欲しかった』だけなのかも知れない。そう思ってしまうくらい破壊力のある文面だった。


「………状況は理解しました」


 何とか言葉を絞り出し、一応フォローしてみる。


「恐らくですが、ユリウス殿下は側近の内の何人かに(そその)されたものと思われます。少し前に、『クリスティンに戻って来てもらう方法は無いだろうか』と話している者がおりましたので」


 そう話していたのは、ここ数年のうちに側近になった若い文官たち。


 クリスティンが王宮に居るタイミングで側近入りしたため、『やる気に満ち溢れたユリウス殿下』しか知らない世代だ。


 クリスティンさえ居ればユリウス殿下も以前のように仕事をしてくれる。

 ユリウス殿下が仕事をしてくれれば、自分たちの負担も減る。


 そういった事を話していたので、『クリスティン・アンガーミュラーが王宮に戻る事は無いと思った方が良い』『アンガーミュラー家をこれ以上刺激しない方が良い』と忠告しておいたのだが──あまり意味は無かったのだろう。


 私はユリウス殿下の『側近兼護衛』で、純粋な側近である彼らとは少し距離がある。


 ユリウス殿下の側近の中では一番生家の位が高く、一番早く側近入りしたため、何となく側近たちの取りまとめ役のような事をしているが、他の側近たちが私の言葉を素直に聞いてくれるかどうかは別問題だ。


 …何だか急に疲れてきたな。


「──側近に唆された、か」


 虚脱感に襲われていると、王妃殿下が溜息をついた。


「そうだとしても、実際にこのような行動を取ったのはユリウスだ。その責任は自分で負わねばならない」


 国王陛下も頷いて、少し厳しい目でこちらを見る。


「ロニ・マーキス。其方はユリウスと一番付き合いの長い側近だが──今後の身の振り方を、少し考えた方が良いかも知れんな」

「それは──」


 私が思わず背筋を伸ばすと、ああ、と王妃殿下が苦笑する。


「案ずるな、別に責任を取れとか辞めろとか言っている訳ではないさ。…ユリウスがあのような気質に育ってしまったのは、我ら親の責任でもある。今回の件と、これまでの失態を考えれば、ユリウスへの処罰は少々厳しいものにせざるを得ん。少なくとも一度、()()()()()()事になるだろう。それに付いて行くか否か、其方には自分で選んで欲しい──そういう話だ」


「…」


 ユリウス殿下をずっと甘やかしてきたお二人とは思えない発言だ。


 クリスティンに対する度重なる失態に、とうとう現実を見る気になったのか──失礼ながら、そう思ってしまった。





 ──それからしばらく後。


 ユリウス殿下は、クリスティンに手紙を書くよう唆した側近たち数人と共に、隣国の全寮制の文官養成校へ叩き込まれた。


 …なお全員、クラスも寮も別々になるよう手配されたらしい。

 養成校の中で変に結束し、癒着するのを防ぐためだそうだ。


 私は散々迷った挙句、最終的に王宮に残る道を選んだ。

 付き合いの長い私がそばに居たら、ユリウス殿下は本当の意味で成長出来ないだろう──そう思ったのも確かだが。


 …ユリウス殿下が帰って来るまでに、どこか領地持ちの貴族家へ婿養子に入れないだろうか。


 密かにそう願っているのは、私だけの秘密である。




主も主なら側近も側近(ただし本人無自覚)。

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