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スーパー派遣令嬢は王宮を見限ったようです ~無能上司に『お前はもう不要だ』と言われたので、私は故郷に帰ります~  作者: 晩夏ノ空
本編

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エピローグ 南の街にて

 アンガーミュラー領へ戻ってから、半年と少し。


 厳しい冬を越え、雪解けが始まる頃に、私はアンガーミュラー領を離れ、王国南端の都市を訪れていた。

 旧友に会うためだ。


「──クリス! こっちよ!」


 街の門から少し入り、大通りを右に折れた先。

 背の高い人物が、カフェのテラス席から手を振る。


 私は頬を綻ばせてそちらに向かった。


「お久しぶりです、()()()()()()

「ええ久しぶり、クリスティン」


 声を掛けると、相手もにこにこと応じてくれる。


 昔は後ろで乱雑に束ねられていた長い紫色の髪は、緩いウェーブを伴って背中に流れ、青い瞳が印象的な顔は綺麗に化粧されている。


 元々端正な顔立ちだったが、こうして化粧をすると圧巻だ。


 相変わらず身長は私より高いし、肩幅も鍛え上げられた体格もどう見ても男性だが、華やかなフリルのブラウスとロングパンツがとても良く似合う。


 性別を超越した存在──とでも言おうか。


 かつての、『ヴィクトル殿下』だった頃の張り詰めた雰囲気は無く、とても生き生きとしている。

 勧められるまま正面に座り、店員に暖かい紅茶を頼むと、私は改めてヴィクトル──ヴィクトリアへと向き直った。


「手紙では色々聞いていましたが、元気そうで安心しました」

「貴女もね。叔父さまに弟に、アタシの身内が随分迷惑を掛けたみたいじゃない」


 こちらからは詳しい顛末を知らせていないが、ヴィクトリアには独自の情報網がある。

 ある程度は王都の情勢も把握しているようだ。


「ええ、それはもう」


 私はわざとらしく頷いた。

 顔を見合わせ、数秒後に同時に吹き出す。


「…っもう。そこは否定するところでしょ?」

「事実は事実ですから」


 涼しい顔で応じると、ヴィクトリアはさらに笑い出す。


「ホント、相変わらずねぇ。この調子じゃ、(ユリウス)も相当やり込められたんじゃないの?」

ユリウス殿下(アレ)をやり込められる人間はかなり珍しいと思いますよ。何を言っても、自分の都合の良い部分しか記憶できないようですから」

「あー…。今もそんな感じなのね」


 若干呆れた顔になる。あの男、昔からそうだったらしい。


「隣国の文官養成校に放り込まれたらしいので、そこで矯正されるのを祈るしかありませんね」


 言った途端、ヴィクトリアは目を見開いた。


「え、ホント? あそこって滅茶苦茶厳しいって言うじゃない。卒業できるのかしら?」

「私は『今後5年以内には卒業できない』に金貨10枚賭けてます」

「…うちの弟の人生で何賭け事してるのよ…」

「ちなみに、父は『今後10年以内には卒業できない』に金貨5枚、マーカスは『現国王が退位したいタイミングまでに卒業できない』に金貨5枚賭けてます」

「それ、賭けになってないんじゃないの?」

「そうですね。──ヴィクトリアだったら何に賭けます?」

「そうね……『単位半分取得したところで挫折する』に金貨5枚」


 身内が一番厳しかった。


「そういえば、陛下(父君)王妃殿下(母君)が『元気か』って心配していましたよ」


 話題を変えると、ヴィクトリアは一瞬皮肉な笑みを浮かべた。


「心配って言うより、『大変だから家に戻って来てくれ』って言ってたんじゃないの?」

「当たりです。私の方で『無茶言うな』とお断りしておきましたが、良かったですか?」

「ええ。流石はアタシの親友。アリガト」


 バチリ、ウインク一つ。


 こういう仕草がすっかり様になっているあたり、『ヴィクトル』が『本来の自分』を押し殺して生きていた頃を思うととても感慨深い。


「ちょっと、何考えてるのよ」

「いえ…うちに滞在していた頃、『自分もフリルやレースを着てみたい』と言い出した時のあなたを思い出して、少し」

「ちょっ…! 恥ずかしい事思い出させないで頂戴!」

「え? とても素敵な思い出じゃないですか」


 一大決心をしたかのような、死刑寸前のような悲壮な顔で美青年の口から出たのが、『フリルやレースを着たい』。


 フリルやレースは、貴族では一般的に女性のもの。王族の居住区画だったら大騒ぎになりかねない発言だったが、そこはアンガーミュラー領。


 『良いじゃないですか。楽しそうです』と私が言い出し、『縫い子たちに声を掛けて来ます』とマーカスが駆け出し、『身長が高いから、スカートもパンツも合いそうだな』と父が悪乗りし始め、『ちょっと合いそうな服を持って来ます』と女性としては長身な母がクローゼットに駆け込んだ。


 当人が目を白黒させている間に、お膳立てが整ってしまったわけだ。


「…素敵な思い出というか、あなたたちの恐ろしさを思い知った出来事なのよ、私にとっては」

「『懐の深さ』と言ってください」


 世襲制貴族なのに、そこまで間口が広いとは思っていなかったのだろう。


 アンガーミュラー領では同性婚を認めているし、実際アンガーミュラーの一族にも、生物学的な性と精神的な性が一致しなかったり、性別そのものが曖昧だったり、結婚願望が無かったり、この世界の『一般的な』人間とはちょっと違う者も居る。


 だからという訳ではないが、ヴィクトルが『女性らしい』特性を持っていても、うちでは大した問題にはならなかったのだ。


「ところで、最近そちらはいかがですか? 南の半島は特殊な土地柄ですし、何か面白い事は?」


 紅茶が来たので今度はヴィクトリアに話を振ってみると、ヴィクトリアは考える表情になる。


「そうねぇ…──あ、この冬に、面白い新人冒険者が現れたのよ」

「新人冒険者?」

「何と、相棒が長毛のすんごく可愛いケットシー。──()()()()ね」


 後半、声を潜めて囁く。


「ああ、訳有りですか」


 ヴィクトリアの眼は非常に特殊だ。少し意識して見ただけで、相手の正体を見抜いてしまう。

 今でこそ能力を制御できるようになったが、昔は周囲の人間全てを『読んで』しまい、大変苦労していた。


「そ。冒険者本人の方も訳有りでねぇ。まあそれを抜きにしても、新人とは思えない活躍を見せてくれて、この冬は全然飽きなかったわ」

「この冬は、という事は、もうこの街には居ないのですか?」

「ええ、先日北に向かって旅立ったわ。次に来るのは今年の秋の終わり頃ですって。色々と置き土産を残してくれたから、やる事は山積みなんだけどね」


 溜息。


「置き土産の内容について、私が聞いても?」

「ええ、構わないわよ。──その冒険者が、数年間行方不明になってた冒険者パーティを、()()()()()、救出してね。その報酬として、市長の家が保有してたあのお屋敷を押し付けられ──ゴホン、貰ったのよ」


 あのお屋敷。


 確か、この街の先々代の市長が贅を尽くして建てた、迎賓館のような建物だったか。

 私は利用した事は無いが、ヴィクトリア曰く、『成金趣味』の一言で片付く屋敷らしい。


「押し付けられた、という事は、本人は嫌がっていたのではないですか?」

「ええ。各地を転々としてる冒険者がバカでかいお屋敷貰ったって、管理に困るだけじゃない? でも市長が手を回してて、受け取るしか無かったみたいなのよね」

「流石は敏腕市長…ですけど、冒険者にとってはたまったものではありませんね」


「そうなのよ。──でも、その冒険者、『自分がオーナーだというのは秘密にして、商業ギルドと冒険者ギルドで良い感じに使って欲しい』って言い出してね。屋敷を見回った結果、公衆浴場と軽食を出す施設、武器の修理メンテナンス受付と──最上階に冒険者ギルド治癒室の入院施設が入る事になったのよ!」


 目が輝いている。


 今のヴィクトリアは冒険者ギルドの治癒室の責任者だ。ずっと『ベッドが足りない』と嘆いていたから、この屋敷を使わせてくれるのは大変有り難い申し出だったのだろう。


「良かったですね、ヴィクトリア」

「ええ、ホントに! ──ただ、人員確保とか、教育とか、施設の整備とか、諸々が降り掛かって来てて…」


 ヴィクトリアがべったりとテーブルに突っ伏した。


「…うちのギルド長の酒盛り癖も治ってないし、事あるごとにお酒お酒言って業務が滞るし、ベテラン職員の冷たい目に気付いてないし、そもそもギルドは酒場じゃないって何度言ったら──ああもう!」


 じたばたするヴィクトリアはなかなかの見ものだ。

 …主な原因は業務量じゃなくて、どうもギルド長の思考がアレだから、のようだが。


「ヴィクトリア」


 私は少々考えてから、数年来の親友に声を掛ける。


「──もし良ければ、ですが…今年の『祓いの儀』が終わって繁忙期が過ぎたら、1ヶ月か2ヶ月くらい、そちらの冒険者ギルドにお手伝いに行きましょうか?」

「──えっ!?」


 ヴィクトリアががばっと顔を上げた。


「通常業務に加えて、お屋敷の準備もあるのでしょう? その分だと、開業までそれほど時間は無いのではありませんか?」

「え、ええ。今年の冬には開業できるようにって約束してるわ」

「でしたらまず、冒険者ギルドの通常業務の負担を軽くして、そちらに注力できるようにしましょう。ギルドの業務や治癒室の仕事でしたら少しは知っていますし、回復術は使えませんが、お手伝いならできるかと」


 私が提案すると、ヴィクトリアの目がみるみる潤み──


「──っああもう、大好きよクリス──!」


 テーブル越しに抱き付かれ、私はちょっぴり窒息し掛けた。





──ヴィクトリアは知らない。


  私の初恋が、『ヴィクトル』だったことも。


  『彼』が『彼女』だと知っても、好きなことに変わりはないことも。


  それはもう恋愛感情ではなく、友愛、尊敬、憧憬──そういったものだけれど。



  『彼女』の助けになれるなら、多少の困難は蹴散らしてやろう。



  私はそう、決めているのだ。





…という訳で、今までお付き合いいただき、ありがとうございました。

これにて、『アンガーミュラーの女傑』ことクリスティン・アンガーミュラーの活躍を描く物語は、一旦終了となります。

周辺人物たちのその後とか、別視点での舞台裏とか、書き足りない部分もまだまだあるので、そちらを書いた時はまたお付き合いいただければ幸いです。


感想をくださったみなさま、評価してくださったみなさま、ここまで読んでくださったみなさまに、心よりの感謝を。

みなさまのおかげで、書き切る事ができました。本当にありがとうございます。


…なお、最後の最後に登場した『ヴィクトリア』は、別作品にも登場しています(あからさまな宣伝)。

またかなりテイストが異なる作品ですが、ご興味をお持ちになった方は、拙作『丸耳エルフとねこドラゴン』もどうぞよろしくお願いいたします。

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