54 王族居住区画にて
その後、泡を吹いたウォルターと、魂が抜けたようになっているその取り巻きたちは近衛兵によって速やかに連行され、爆弾も回収されて行った。
…ウォルターは気絶したままだったので、担架で運び出されたのだが。
担架を持つ近衛兵2人が重さでよろけて舌打ちしていたのは、気のせいではないだろう。
「…」
所変わって、王族の居住区画にある応接間。
豪奢なソファに腰掛けて、私は紅茶を味わっていた。
向かいのソファには国王と王妃。右側の一人掛けソファにユリウス、その対面に国王の側近。
全員、疲労の色が濃い。色々な事が立て続けに起きたからだろう。
この場に来たのは私とシルクだけだ。
最初は私とマーカス、シルクとシフォンが招かれたのだが、リサとユーフェミアをエスコートするのにジェフリーだけでは心許なかったため、マーカスとシフォンも一緒に帰らせた。
ちなみに、この部屋に使用人の姿は無い。国王が人払いしたからだ。
代わりと言ってはなんだが、王宮のケットシーを代表してボスが同席している。
私とシルクの隣、アームレストに片肘を乗せて寝そべり、やたら偉そうな態度である。
「とても美味しい紅茶ですね。茶葉はどちらの?」
ティーカップをソーサーに戻して話を振ると、王妃が視線を上げる。
「──ああ、ベレスフォード公爵領の特産品だ。これだけは、昔から変わらないな」
「食料品系の特産品があるのは素敵ですね」
アンガーミュラー領は農耕にも畜産にも向いていないので、そっちのジャンルの特産品は無い。
特産品と言えば、森に棲む魔物から採れる皮などの素材、毎年の『祓いの儀』で回収される瘴気種や瘴魔由来の魔石くらいだ。
瘴気種も瘴魔も普通の魔物より質の良い魔石を落とす確率が高いので、それが救いと言えば救いだろうか。
「──…今回の件、私からも謝罪する。愚弟が大変な迷惑を掛けて、済まなかった」
王妃に頭を下げられ、ちょっと驚く。
王族は基本的に謝罪してはならないはずだ。『愚弟』と敢えて言っているから、王族と言うよりはウォルターの姉個人としての謝罪だろうか。
しかし、
「頭を上げてください。私はアンガーミュラー家──ダスティン公爵家として、与えられた役割を全うしただけです。王妃殿下は何も知らなかったのでしょう?」
「しかし」
「謝罪と言うなら、ベレスフォード公爵本人に、被害者に謝罪するよう働き掛けてください。処罰を受けるから謝らなくて良いなど、そんな都合の良い話はありませんから」
ウォルター以上に、被害者の方が嫌がりそうだが。
あの男には、そういう反応を目の当たりにする事も必要だろう。
「…そうだな。約束しよう」
王妃が少しだけ表情を緩めた。
場の空気が少し和やかになり、国王が口を開く。
「──しかしクリスティン、其方、魔法は使えないのではなかったか?」
「一応、使えない訳ではないのですよ」
先程ウォルターと爆弾を閉じ込めた防御魔法は、私一人で発動した。
普段は単独で魔法を使わないし、魔法が必要な場面でもシルクが代わりにやってくれるので、特に王宮では『クリスティン・アンガーミュラーは魔法を使えない』と認識している者は多いだろう。
しかし、
「私は魔力の制御能力に対して魔力量が異常に多いので、繊細な魔法には不向きなのです。加減したつもりでも、先程のような過剰な性能の魔法になってしまいますから」
初級魔法の『火球』を使ったら攻城戦級魔法の『獄炎』と間違われたのは子どもの頃の苦い思い出である。
逆に言うと、ただ魔力を大量消費するだけの大雑把な魔法なら、普通に使える。
防御魔法は魔力量に物を言わせて展開するタイプの魔法なので、実は割と得意なのだ。
「そういうものなのか…?」
王は首を傾げている。
普通は魔力量に応じた制御能力があるはずなので、成長期の子どもならともかく、大人で『自分の魔力が制御できない』者はそうそう居ない。想像し難いのも当然だ。
「そういうものです」
私のような一点特化型の能力や特異体質は、アンガーミュラーの一族では珍しくない。
うちの家系には『普通』の人間が存在しないと言っても良い。
(…何せ、前世の記憶持ちがゴロゴロ居る家系だからね…)
良いのか悪いのか、微妙なところだ。
《まあアンガーミュラーの一族はな。一般常識で考えちゃいけねぇよ》
ボスがしたり顔で頷いている。
アンガーミュラー家の人間は王宮のケットシーとあまり接点は無いはずだが…彼らの間で語り継がれて来た情報でもあるのだろうか。
「そういえば、ボス。爆弾の回収、ありがとうございました。他のみなさんにもよろしくお伝えください」
《おう。まっ、自分の家に爆弾置かれて黙ってる俺たちじゃねぇからな》
モフモフの胸を張る。態度は偉そうだが、これはこれで可愛い。
王宮のケットシーたちがウォルターの仕掛けた爆弾を発見したのは、今日の朝。
話し合いの当日だったため、ボスから知らせを受けた私たちには対処が出来ず、彼らに爆弾の回収を頼んだのだ。
結果は先程の通り。
シルクがボスから受け取り、一時的に無力化した爆弾は、会議室で大変良い仕事をしてくれた。
…マーカスにはこっそり、『ああいう脅しをするなら先に教えてください、姉上!』と涙目で怒られたが。
曰く、ウォルターを防御壁に閉じ込めてのらりくらりと話す私の眼が、マジで怖かったらしい。
そんなに殺意を込めたつもりは無かったのだが…無意識とは恐ろしいものだ。
「ケットシーたちには、後で改めて礼をしよう。茹でササミで良いか?」
テロを未然に防いだ立役者を知った国王が、ボスに問う。
(…国のトップが『茹でササミ』とか言うの、初めて聞いたよ…)
《茹でササミも良いが、俺は魔タタビのが好きだな。茹でササミの方が好きな奴も居るから、両方用意してくれると有難い》
魔タタビは、珍しい果実の一種だ。
ケットシーの親指の肉球くらいの小さな実で、栽培は出来ず、市場に出回るのは冒険者が山奥や山岳地帯で採取した天然物のみ。
結構な量の魔力を含んでいて、ケットシーにとってはお酒に近い嗜好品らしい。
「分かった。用意しておこう」
王は苦笑気味に頷いた。相手が王宮のケットシーだからか、気安い態度だ。
そしてその雰囲気のままこちらに向き直り、
「時にクリスティン。此度の事件の後始末、王宮で手伝ってもらうわけにはいかんか?」
「!」
横で聞いていたユリウスがパッと顔を輝かせる。
あまりにも分かりやすい反応に、私は笑顔で即答した。
「お断りします」
「なっ…!?」
「やはりか」
驚愕するユリウスに対して、国王は小さく頷いただけ。私の答えを予想していたのだろう。
「私はあくまで、『王宮監視人』の役割を果たしただけです。貴族階級の犯罪者を裁くのも、王宮の混乱を収めるのも、王宮監視人の仕事ではありません」
国王にと言うより、ユリウスに聞かせるために丁寧に解説する。
私や国王にとっては当たり前の事なのだが、ユリウスにとっては違ったようだ。
愕然とした表情でこちらを凝視し、悲壮な声で訴えて来る。
「クリスティン、これから王宮には大きな混乱が起こる。1人でも多くの優秀な人材が必要なんだ」
「ええ、そうでしょうね」
だがそれは、私には関係の無い事だ。
「ユリウス殿下、私はアンガーミュラー家の次期当主です。これから速やかに領地に帰り、あちらの業務を遂行しなければなりません。王宮文官は何百人とおりますが、アンガーミュラー家の次期当主は私しか居ないのですよ」
「王宮文官として、其方ほど優秀な者は居ない!」
だから何だ。
思わず額に青筋を立てそうになり、ギリギリのところで自制する。
こんなのでも、一応この国の王子で、王位継承権持ちだ。
胸倉掴み上げて恫喝して良い相手ではない。
「──王宮文官の筆頭は、ユリウス殿下、貴方です。こういう時こそ、私の力など借りず、先頭に立って事態の収拾に当たるべきではないですか?」
幾重にもオブラートに包んでいるが、私の言いたい事はこうだ。
あの馬鹿がつけ上がったのは文官トップのお前の責任でもあるんだから、お前が自分で何とかしろ。
自分のケツは自分で拭け。
伝わってくれと念じてみたのだが──
ユリウスは何を思ったか、席を立って私の前に跪き、
「クリスティン、どうか、私と結婚してくれ」
(………あ゛?)
『…は?』
突然の発言に、場の空気が凍った。




