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スーパー派遣令嬢は王宮を見限ったようです ~無能上司に『お前はもう不要だ』と言われたので、私は故郷に帰ります~  作者: 晩夏ノ空
本編

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52 勘違いの悲劇

「はあ」


 出世のため。


 予想していた言葉だが、私は思わず呻いた。

 半端な反応に苛立ったのか、アードルフが眉間にしわを寄せる。


「うちは代々文官として王家に仕える、歴史ある伯爵家だ。当主たる私には、相応の地位に就く義務がある。貴様には分からんだろうがな」


 吐き捨てるように言われた。


 アードルフは子爵家からフォルスター伯爵家に婿養子として入ったから、当主として認められるためには、少なくとも王宮文官の役職持ちになるのが必須なのだろう。


「それで出世のために、人事部長であるベレスフォード公爵に近付いた…と?」

「上司との意思疎通は、仕事を円滑に行う上で必須だろう」


 その言い分自体は間違いではないが、先程『出世のため』と言っていたせいでとても薄っぺらい言葉に聞こえる。


 大体、アードルフの上司はウォルターではなくユリウスである。

 アードルフがユリウスときちんとコミュニケーションを取っているのを見た事が無いが、そっちは良いのだろうか。


「意思疎通が大事だと言うのは分かりますが…もしや『出世』というのは、部長への昇進の事ですか?」

「当然だろう」

「本当に? 本当に()()になりたいがために、ベレスフォード公爵に自分を売り込んだのですか?」

「そうだと言っているのが分からんか」


 苛立ちを我慢するような表情でアードルフが応じる。


 多分、王族が同席していなかったらとっくの昔に怒鳴り出していただろう。パワハラがすっかり習慣化している。


 …まあ、それに怯むわたしではないが。


「部長への昇進が目的なら、どうしてベレスフォード公爵なのですか?」

「はあ? ウォルター様が人事部長だからに決まっているだろう」


 …どうやら本当に、人事制度を理解していないようだ。


 私は特大の爆弾を落とすことにした。



()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()よ」



「………はあ!?!?」



 案の定、アードルフは目を剥いた。

 そんな馬鹿な、と言い掛けるのに被せて、私はつらつらと言い放つ。


「部長以上の役職者は、国王陛下が直々に任命します。人事部長が自分と同格の役職者を自由に選べるなんて、そんな事ある訳が無いでしょう」


 人事部長に部長以上の人事権を与えたら、人事部長が王宮文官全てを従える事になってしまう。

 それは明らかに不自然だ。


「う、嘘を言うな!」

「嘘ではありませんよ。王宮文官の規則──所掌範囲の章に明記されています」


 少し考えれば分かる事なのに、アードルフはウォルターにゴマをすれば部長になれると本気で思っていたらしい。


「部長になりたかったのなら、ベレスフォード公爵に近付いて不正に気付いた段階で、証拠を集めて国王陛下に奏上すれば良かったのですよ。少なくともそれで人事部長の席は空くでしょうし、不正を許さない管理職として、国王陛下に顔を覚えていただく良い機会になったでしょうに」


 役職者の席は限られている。


 部長になりたいのなら、今現在部長の席に座っているろくでもない人間を蹴落とすのが一番早い。


 私が指摘すると、アードルフは青い顔で周囲を見渡し、国王が真顔で小さく頷くのを見て──



「…………そんな……」



 焦点の合わない目をして呆然と呟いた。


 何だか全体的に白くなっている。燃え尽きたらしい。


 実際、第2統括室長に昇格するまではウォルターへのゴマすりが多大な効果を発揮していたのだろう。

 だが、それ以上は無意味だった。

 恐らくウォルターは、自分の取り巻きが減るのを嫌って、敢えてアードルフの勘違いを放置したのだ。


 とても無益だが、ある意味お似合いの上司部下だと思う。


「…」


 燃え尽きたアードルフを、ウォルターが死んだ魚のような淀んだ目でちらりと見遣る。

 その表情には、侮蔑と嘲笑が含まれていた。


「──とりあえず、私からは以上です。国王陛下」

「…うむ」


 私は国王へと向き直る。


 国王は、歪んだ薄ら笑いを浮かべるウォルター、呆然自失状態のアードルフ、ドン引きする若手文官たち、そして私たちと順に視線を巡らせ、重々しい態度で右手を挙げた。



「──近衛兵、ウォルター・ベレスフォード公爵を捕らえよ」



 扉が開き、近衛兵が2人、足早に入室する。

 予め準備されていたのだろう。手には魔力封じの腕輪が握られていた。


「ベレスフォード公爵、失礼いたします」


 ウォルターの左右に立ち、一人が腕輪を装着しようと手を伸ばす。


 瞬間。



「──私に触れるな!!」



 バチィッ!



 ウォルターの周囲に防御壁が展開し、近衛兵の手が弾かれた。


「な…!?」


 近衛兵が唖然とする中、リサがはっと目を見開く。


「あれは…!」

「──結界の魔法道具か!」


 マーカスが厳しい表情で呻いた。


 任意の範囲に防御結界を張る魔法道具。

 防御魔法自体はそれほど珍しくないが、それを魔法道具に込めるとなると話は別だ。

 防御魔法は魔法道具と相性が悪いらしく、一般にはまず流通していない。


「…あれもリサの作ですか?」


 私が訊くと、リサは頷いた。


「は、はい。攻城戦級魔法でも打ち抜けない防御壁を展開する、個人用の魔法道具です。でも、高品質の魔石が用意できなくて、結局使えなかったはず…」


 どうやら、恐ろしく高性能な護身道具を作っていたらしい。

 ウォルターは鼻で笑った。


「この私に用意できないはずが無いだろう」


 無駄な自慢である。


 しかし、攻城戦級魔法に対抗できる防御壁など展開してどうするのだろうか。

 魔石の魔力が尽きたら防御壁は消える。どっちみち捕まると思うのだが。


 内心首を傾げていると、ウォルターはポケットから小さな箱を取り出した。


 手のひらサイズの立方体の上には、これまた小さなボタンがくっ付いている。


(まさか)


 ウォルターはそのボタンを親指で押して、高笑いを始めた。



「──っふ、ははははは! これで王宮も終わりだな!」



 ピッ………ピッ………



 その笑い声の合間に、箱から奇妙な音が聞こえて来る。


「な、何をした!」


 異様な雰囲気に近衛兵が声を上げると、ウォルターは心底馬鹿にしたような顔で周囲を見渡した。



「こんな事もあろうかと、王宮にいくつか爆弾を仕掛けさせてもらった。もうスイッチは押したからな。2()()()()()()()()()()()



『!?』



 一瞬で場が騒然となった。


 ウォルターの取り巻きたちは椅子を蹴立てて立ち上がり、ユリウスも腰を浮かせる。


「ウォルター、其方…!」

「おや、こんな所でもたもたしていて良いのですかな、国王陛下」


 怒りを滲ませた声で呻く国王に、ウォルターは勝ち誇るように言う。


「早く逃げなければ、爆発に巻き込まれますぞ? 御身が大事なら、さっさと逃げる事です」


「馬鹿な事を言うな。何も知らぬ文官たちを見捨てて逃げることなど出来ぬ。今すぐ爆発を止めよ!」


 国王のこんなに強い語調は初めて聞く。


(…意外とマトモだな、国王陛下)


 まあ国のトップとしては、本来真っ先に逃げるのが正解だと思うが。


「姉上!」

「ええ」


 マーカスと顔を見合わせて、私は頷く。


 ウォルターの言葉が本当なら、もう時間が無い。さっさと何とかしなければ。



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