50 パワハラと問題のある上司
パワハラ的言動が出て来ます。苦手な方はご注意を。
「な、何の話だ!? 私には何の罪も無いはずだぞ!?」
ついさっき、『訴状に加害者としてここに居る者の名前も挙がっている』と言ったはずなのだが、自分は例外だとでも思っていたのだろうか。
そもそも私がこの件の調査に乗り出したのは、可愛い可愛い後輩、フィオナ・ブライトナーに対するこの阿呆──ゴホン、アードルフ・フォルスターのパワハラがきっかけなのだ。
逃がす訳が無い。
「ベレスフォード公爵と貴方、そして関係各所の責任者が共謀して、フィオナ・ブライトナー男爵令嬢の給与の一部を横領していたでしょう? 大規模横領事件のうちの1件に過ぎませんが、十分な罪状です」
「な、なにを言っている! 貴様の妄想に付き合っている暇は無い!」
とりあえず、現行の法律ではっきりと罪を問える件について口にすると、ウォルターと同レベルの反応が返って来た。
揃いも揃って頭が悪い。
「証拠なら陛下の前の書類の中にありますよ。フィオナ嬢が手元に保管していた給与明細と、財務部人件費室で保管されていた給与明細の控え。同じ内容でなければならないのに、金額が全く違いますから、何が起きていたか一目で分かります」
なお給与明細に関わる責任者たちには妙なこだわりがあり、それぞれ種類の違うのインクとペンを使っているので、サインの捏造は事実上不可能だ。
つまり『金額の違う2種類の書類』は、サインする人間が全員共謀していないと作れない。
完璧な捏造書類のはずが、完璧な物証となってしまったわけだ。
「それと」
絶句しているアードルフを半眼で見遣り、私は右手に小さな魔法道具を握り込む。
「フィオナ嬢に対する度重なる暴言も問題です。貴方の言動と長時間労働によって彼女は疲弊し、退職を余儀なくされました。行き過ぎた暴言は、法律上の恐喝罪に当たります」
王宮文官の規則にも貴族典礼にも、残念ながら『パワハラ』という概念は無い。
私が『罪だ』と口にすると、案の定、アードルフは唇を歪めた。
「恐喝罪だと? 私の指導にあの部下が音を上げただけだろう。全く、近頃の若い者は」
直後。
──『うるさい! 良いから黙ってやれ!!』
『!?』
会議室に大音量で響いた怒声に、全員がびくりと肩を震わせた。
皆が周囲を見回す中、なおも声は続く。
──『そんな事も分からないのか! 親から何を教わってきたんだ!』
──『全く…本当に使えない女だな』
──『サイン漏れ? 知らん! お前のミスだ!』
──『ただでさえ使えないんだ、始業前にお茶汲みと掃除をしろ。お前一人でな』
高圧的に怒鳴り、人格を否定し、ミスを押し付け、業務時間外に不当な仕事を割り振る。
パワハラの見本市のような発言が飛び出すたび、アードルフの顔色は悪くなって行った。
どこをどう聞いても奴の声なのだ、当然だろう。
「…これはつい先日、『ロゼ』という女性文官がフォルスター伯爵から受けた暴言の一部です」
私は皆に見えるように録音の魔法道具を掲げて説明する。
──『この書類を今日中に片付けておけ。…定時? 関係あるか! さっさとやれ!』
「これは定時を過ぎた後の指示ですね。フォルスター伯爵の机の上に埋まっていた未処理の書類を100枚ほど渡されたそうです。なお、お仕事を指示したご本人はそのままお帰りになったとか」
『ロゼ』がアードルフの下で働いていたのはごく短い期間だが、これでもかと言うほどたっぷり証拠が集まった。
かなり厳選したのだが…垂れ流されるアードルフの暴言はなおも続く。
──『貴様のせいで恥をかいたではないか! 上司の誤字があったら部下が書類を作り直すのが常識だろう!』
「…皆さまご存知の通り、誤字脱字は原則、書いた本人しか訂正できません。不思議な事を言っていますね」
解説を入れたら煽るようなセリフになってしまったが、仕方あるまい。
アードルフは顔を赤くしたり青くしたりと忙しい。ウォルターは俯いたまま動かないし、若い文官たちは顔を引きつらせている。
私はにっこりと笑って、首を傾げた。
「このような暴言や威圧や理不尽を日常的に繰り返すのが、『指導』なのですか? 少なくとも私には、これが『指導』だとは認識できないのですが」
『…!』
おっと、殺気が漏れた。
文官たちが絶句する中、国王が深々と溜息をつく。
「…これと同様の言動が、フィオナ・ブライトナーに対しても行われていた、という事か?」
「フィオナ嬢の日記の記述や関係者の証言によると、その可能性は非常に高いと思われます」
完全に同じではないだろうけれど、と、私は頷いた。
国王がまた溜息をつき、視線をユリウスに移す。
つられるように、他の者たちもそちらを見た。
「──ユリウス。其方、把握していたか?」
「えっ!?」
完全に他人事のような顔で座っていたユリウスが、虚を突かれた表情で呻く。
一拍遅れて周囲の視線に気付き、ゴホン、と咳払いして表情を整えた。
「私の方では、残念ながら把握しておりません。目撃者が居ないタイミングを見計らっての言動ではないかと」
キリッとした顔で言い切る。
目撃者が居ないタイミングでアードルフが暴言を吐いていたのは、確かに間違いではない。
が。
「…フィオナ嬢は一度、相談に伺った事がありますよ、ユリウス・ヴァイゼンホルン殿下」
「え゛」