49 主犯格、撃沈。
魔法道具の本のセキュリティは、ものの数分で解除された。
何せ、リサは男爵位をいただけるくらいの魔法道具技術者。
マーカスはちょっとそこら辺ではお目に掛かれないレベルの、解体・解析・改造に特化した変態的な技術者である。
「姉上、ちょっと失礼な事を考えてませんか?」
「気のせいでしょう」
ぼそぼそと言葉を交わしている中、国王が静かに魔法道具の本を開き、厳しい表情で呻く。
「──…なるほど」
そのまま隣の王妃に本を渡す。
「…」
開いたページを走り読みした王妃の眉がキリキリと吊り上がり──数秒後、深い溜息に取って代わった。
「…陛下」
「うむ」
短いやり取りの後、国王が静かにウォルターを見遣った。
「──規制薬物取引の裏帳簿だな。随分と丁寧に記録してあるものだ」
「そっ…それは…」
どうやら、愚痴を書き連ねた日記などでは無かったらしい。
動かぬ証拠を手に入れた国王が睨み付けると、ウォルターは視線を彷徨わせた後──
「──そ、そうだ! これはそこの風精霊の陰謀だ!」
阿呆な事を言い出した。
「自分の扱いに不満を持ち、私を陥れようとしているのだろう!」
「──それは、客分であるはずの風精霊に対して、其方自身自覚がある程度には不相応な扱いをしていたという事か?」
「あ」
ウォルターがゴリゴリ墓穴を掘っている。
本来この国において、精霊は『何者にも縛られてはならない存在』と規定されている。
精霊が存在すると、その地域の魔素の流れが安定し、様々な恩恵がある。
一方で、精霊の意に沿わない契約を強制して精霊をその地に留め続けると、魔素の流れは滞る。
そのため、国は『精霊が街に住みたい場合は便宜を図る』『ただし、精霊に定住を強制してはならない』というルールを定め、徹底するよう国民に求めているのだ。
…ペリドットはその昔、ベレスフォード公爵家の客として滞在を始めた頃に公爵家当主と『契約』した。
最初の契約は、滞在費としてちょっとしたお手伝いをする、という程度のものだったそうだ。
それが、当主交代で契約が引き継がれていくうちに段々と歪んで行き、ウォルターには完全に顎で使われるようになっていたらしい。
見た目よりずっと長い時を生きてきたペリドットにとって、歪んだ契約に縛られ続けたこの十数年は苦痛でしかなかっただろう。
アンネマリーとの契約によってウォルターとの契約が切れた今、ウォルターを徹底的にやり込めるのは当然と言えた。
《こいつ、酷いんだぜー。義足の元冒険者に自爆テロを強要してそれを俺に見張らせたり、暗殺者ギルドに人殺しを依頼したり、爵位の低い家の娘を手籠めにしたり、気に入った部下に女を好き放題させたりさー。普段も、気に入らない部下とか女の文官とかには平気で暴言吐くし。あーあと、他人の給料、結構な額ちょろまかしてるんだよな? 時々札束数えてニヤニヤしてたもんなー?》
上下逆さの状態で空中浮遊しながら、ペリドットはウォルターの顔を覗き込む。
大体全部、先程私も挙げた罪状だ。
決定的に違うのは、
《全部見させられる俺の身にもなってくれよなー》
ペリドット自身が、目撃者だという事。
「…ほう?」
国王が片眉を上げた。
「風精霊殿。もし良ければその話、後程詳しく聞かせてもらえるか」
《勿論だぜー》
「ま、待て!」
にやりと笑って請け負うペリドットに、ウォルターが慌てて声を上げる。
「それはダメだ! 私の命令に従え!」
《えー? 従う義理なんて無いだろー?》
「は?」
《だってお前との契約、もう切れてるもんなー》
「なんだと!?」
ペリドットが種明かしすると、ウォルターは魔力を辿るように虚空に視線を巡らし──ざっと色を失った。
言われて初めて、風精霊との魔力的な繋がりが切れている事に気付いたらしい。
遅すぎる。
ケラケラと笑ったペリドットは、じゃあまた後で来るからなーと言って窓から出て行った。
多分、ベレスフォード公爵邸に戻って衛兵部隊の捜査の手伝いでもするのだろう。
「……………」
ウォルターは何やら真っ白になっている。ただでさえ白髪の増えるお年頃だというのに、顔まで白くなってどうするのだ。
はらり、後退した貴重な前髪が一本抜け落ちた。
「──ベレスフォード公爵」
「!」
国王が重々しい声で呼んだ途端、ウォルターが再起動する。
「へ、陛下! これは何かの間違いで──」
「それにしては訴状や調査報告書が多いな。風精霊殿の証言も、信に値すると思うが」
「ですからそれは、私を陥れようとする──そう! そこのクリスティン・アンガーミュラーの陰謀です!」
(はあ?)
ウォルターはいきなり私を指差した。
表情が歪まないよう顔面の筋肉を全力で制御していると、ウォルターは大仰な身振りで自分の正当性を訴え始める。
「クリスティン・アンガーミュラーは、王宮文官として働いていた頃から色々と問題のある人間だったのです! 私が再三指導しても直らず、やむなく解雇という形を取ったのですが──その復讐をしようとしているのです! 陛下、騙されてはなりません!」
いかにも自分が正しいと言わんばかりの態度だが、
「いい加減黙れ、ウォルター」
刃のような鋭い声が名を呼んだ途端、ウォルターはびしりと音を立てて凍り付いた。
「………」
皆が視線を向ける先に居るのは──平坦な表情で、しかし怒りに燃える眼をした王妃殿下。
怜悧な美貌の王妃が、絶対零度の空気を漂わせながら再び口を開く。
「下らない虚言をベラベラと。ベレスフォード公爵家の名にどこまで泥を塗れば気が済むのだ」
吐き捨てるように言われ、ウォルターが青くなる。
「あ、姉上…」
「貴様の所業は、我々の方でも既に調査済みだ。せめて素直に罪を認め、償う姿勢を見せたなら温情も有り得たが──」
す、と目を細める。
「──もはやその余地も無い。罪状を全て詳らかにし、相応の刑罰を科す。覚悟しておけ」
「………」
ウォルターの目に一瞬絶望が浮かんだが、そこは色んな意味で筋金入りの公爵家当主。
復帰も早かった。
「で、では、クリスティン・アンガーミュラーの罪はどうなるのです!? この女は、姿と身分を偽って当家に不法侵入したのですぞ!?」
すごい食い下がりっぷりだ。
私が変な方向で感心していると、王妃が冷ややかな目で切り捨てた。
「勘違いするな。クリスティン・アンガーミュラーのベレスフォード公爵邸潜入は、陛下と私が承認したのだ。その結果、貴様の罪が暴かれる事はあっても、クリスティン・アンガーミュラーが罪に問われる事は無い」
「な──…」
明かされたまさかの事情に、ウォルターが絶句した。
…まあ、厳密には潜入作戦の後、諸々の報告と一緒に『この潜入作戦、先にやっちゃったけど構わないよね? 必要だったし』と事後承認をゴリ押ししたのだが。
権力者への根回しは大事なのだ。
それが事後承諾であったとしても。
「さて──」
がっくりと肩を落として沈黙したウォルターを放置し、私は元上司──アードルフへと視線を移す。
「ベレスフォード公爵の件は、一先ずここまでですね。次に、アードルフ・フォルスター伯爵の件ですが」
言った途端、アードルフが目を剥いた。
「何?!」




