48 乱入者
『…!!?』
貰い物の万年筆にネクタイピン、会議室の置時計。
極めつけは、国王のベストのボタン。
次々挙げられた盗聴器の所在に、男性文官たちが愕然とした。
「…」
一方、国王は静かに瞑目し、おもむろにベストの一番上のボタンに手を掛ける。
準備してあったのだろう。ボタンは簡単に外れ、テーブルの上に置かれた。
「リサ嬢。これの解体はできるか?」
「は、はい」
リサが戸惑いながら頷き、すぐに国王の前でボタン──のように見える盗聴器を解体し始める。
あまりにも冷静な国王の姿に、ウォルターたちが驚きの視線を注いだ。
(…別に驚くほどの事でも無いんだけどね。私が根回ししてただけだし…)
王宮各所に盗聴器が隠されている事、そのうちの一部は文官の私物である事、そして国王のベストのボタンが盗聴器にすり替わっている事──王宮のケットシーの調査で浮かび上がったこれらの疑惑は、ボスを介して事前に国王へと伝えられている。
盗聴器の件だけではなく、他の諸々の概要も伝達済みだ。
ボスやハヤカゼ、ブチなど王宮のケットシーたちが、彼らだけが通れる隠し通路を使って、王宮の最も奥──王族が居住する区画に情報を直接運んでくれた。
正式に王宮のケットシーたちの協力を得られたのは、私がアンガーミュラーの次期当主に決定したからこそ。権力の正しい使い方というやつである。
…ケットシーたちがもたらした情報で、国王と王妃は大変な衝撃を受けたらしいが。
「──できました」
リサがボタンだったものをそっとテーブルに置く。
二枚貝のように裏側と表側のパーツに分かれたボタンの中は、万年筆に入っていたのと同じ、極小の魔法道具になっていた。
国王がそれを持ち上げ、従者を振り返る。
「王立研究所で詳細を調べるよう手配せよ」
「承知いたしました」
従者が粛々とパーツを受け取り、再び後ろに控えると、国王は考え込むような表情で顎に手を当てた。
「さて…あのボタンも、『珍しい素材で出来ている』と言って其方が余に献上したものであったな、ベレスフォード公爵」
「!!」
話を振られたウォルターが、ぎくりと肩を強張らせた。
ここまで、私たちが証言しても一向に自らの非を認めなかったウォルターだが、相手が国王となると話は別だ。
社会的立場は国王の方が圧倒的に上。
しかも姻戚関係で見ても国王は姉の夫、つまり義兄である。しらばっくれるのも難しいだろう。
「た…確かに、そうでしたな…」
視線を逸らしながら答えるウォルターに、国王が溜息をついた直後、
《大変だー!》
ばーんと勢い良く会議室の窓が開き、緑色の少年──の姿をした風精霊が外から飛び込んで来た。
風精霊のペリドット。
私たちに協力を約束した精霊が、慌てた様子でウォルターの方へ飛んで行く。
ウォルターが焦った表情で叫んだ。
「だ、ダスト! 貴様、今まで何をしていた!」
(ああ、ペリドットの以前の名前は『ダスト』でしたか)
よりによってホコリ呼ばわり。
ペリドットが嫌がるわけだ。
《今はそれどころじゃないって、ゴシュジンサマ!》
風精霊の『ご主人様』が片言に聞こえるのは気のせいではないだろう。
《大変大変、大変なんだよ! お屋敷に近衛部隊の連中が押し入って来た!》
ペリドットが言った途端、ウォルターがギョッとした。
「何だと!?」
──そう。
今日このタイミングに合わせて、衛兵部隊はベレスフォード公爵邸へ強制捜査に入っていた。
強制捜査チームを率いているのは、現アーミテイジ侯爵家当主──ジェフリーの父上、衛兵部隊の総責任者を務めるお方だ。
相手が公爵家なので、それなりの肩書きが求められるのである。
捜査の表向きの目的は、私がベレスフォード公爵邸へ潜入した際にワインに入れられていた毒物の入手経路を割り出すこと。
あの毒物は睡眠薬の一成分なのだが、他の成分と混ぜられていない状態では基本的に流通していないはずなのだ。
で、本当の目的は──
《あいつら、どうしてか真っ直ぐにゴシュジンサマの隠し部屋に入ってってさ。とりあえず俺、急いで隠し部屋に置かれてた本だけ持って来たんだよ!》
(…まあ、事前に隠し部屋の位置と入り方をペリドットががっつり調べて、衛兵部隊に知らせてたもんね…)
自分が手引きしたとはおくびにも出さない見事な演技をしながら、ペリドットが両手で分厚い本を掲げる。
革張りの表紙に金属の補強が入った、いかにも重厚な造りの本だ。
ウォルターが焦ったように声を上ずらせる。
「よ、良くやったダスト! さあ、それを寄越せ!」
手を出すが、ペリドットは宙に浮いたまま絶妙に届かない位置でくるりと一回転し、真面目な顔で頷く。
《やっぱり大事なモンだよな。隠し部屋の机に鍵掛けて、引き出しの裏側に貼り付けた隠し収納に入れてるんだもんなー》
「わー! わー!」
とても詳細な説明だ。
ペリドットはあくまで真面目な表情をしているが、明らかに目が笑っている。
ウォルターはからかわれている事に気付いていないのか、必死に叫んでペリドットの声をかき消そうとしている。相手は念話なので、肉声ではかき消しようが無いのだが。
《えーっと、中身は…》
ペリドットがおもむろに本を開こうとすると、ウォルターはいよいよ真っ青になった。
「やめろダスト! さっさとそれを渡せ!」
《…しょうがないなー》
つまらなそうに一瞥すると、ペリドットはゆっくりと高度を落とし、
《はいよ、どーぞ》
「うむ」
本を国王に手渡した。
「なー!?!?」
ウォルターが会議室中に響き渡る声で絶叫する。
うん、うるさい。
《なんだよ、ゴシュジンサマが『渡せ』って言ったんだろー?》
ペリドットが半眼になってウォルターを見遣る。
「私はそれを『私に』寄越せと言ったのだ! 陛下に渡す馬鹿がどこに居る!?」
《自分に寄越せだなんて言ってないだろー。言葉はちゃんと使えよなー》
至極もっともな突っ込みをした風精霊は、国王に渡した本を手で示した。
《それに俺、『この本を国王陛下にお渡ししてくれ』って衛兵部隊のたいちょーさんに頼まれたから持って来たんだぜー。何も間違った事はしちゃいないだろ、ゴシュジンサマ?》
「~~~!!」
とうとうウォルターの言語機能が壊れた。
言葉にならない声で絶叫するウォルターを放置し、国王がペリドットから渡された本を開こうとして──バチッと音を立てて火花が散る。
どうやら、他人が許可無く開けられないような仕掛けが施されているらしい。一見ただの本だが、魔法道具の一種だろう。
しかし、魔法道具ならこの場でどうにでもなる。
「リサ、マーカス。解除できますか?」
「はい、姉上」
「任せてください!」
国王がこちらを見遣り口を開こうとする前に私が話を振ると、魔法道具技術者2人が目を輝かせて頷いた。
…その手に持っている工具類がどこから出て来たのかは、深く考えない方が良いのだろう、きっと。