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スーパー派遣令嬢は王宮を見限ったようです ~無能上司に『お前はもう不要だ』と言われたので、私は故郷に帰ります~  作者: 晩夏ノ空
本編

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44 アンガーミュラー

誤字報告、ありがとうございます!

 この国において、貴族階級に分類される『爵位持ち』は2種類居る。


 一つは、『家』として爵位を持っている場合。

 ウォルターのベレスフォード公爵家や、ジェフリーのアーミテイジ侯爵家がこれに当たる。所謂(いわゆる)、世襲制貴族だ。

 一般的に、『貴族』と言うとこちらの印象が強いだろう。


 もう一つは、何らかの功績によって個人が国から爵位をいただいた場合。

 この爵位は世襲制ではなく、爵位を貰った本人のみ名乗る事が許される。名誉称号的な扱いで、『名誉貴族』と呼ばれる。


 名誉貴族に叙される理由は様々で、平民はもちろん、世襲制貴族家の者であっても、功績を認められればその者個人に対して爵位が与えられる。

 国への貢献が無ければ名誉貴族にはなれないので、見方によっては世襲制貴族よりも『国のためになる』者と言えるだろう。


 私の父、ハロルド・アンガーミュラーは、独身時代に王都周辺での活躍を認められ、『名誉男爵』の爵位を与えられている。


 …基本的に領地から出てはいけないアンガーミュラーの人間が、どうして王都周辺で活躍していたのか、とか。

 活躍とか言うわりに何をしたのか全然教えてくれないのはどうしてだ、とか。

 言いたい事は色々あるが…それが縁で当時王都住まいだった母と知り合ったらしいから、ある意味運命だったのだろう。


 さて──


「父はその昔、名誉貴族として『男爵』の爵位をいただきました。ですがそれはあくまで父個人のものです。私には関係ありません」


 言った瞬間、ウォルターの目に明らかな侮蔑と嘲りが浮かんだ。


「ではまさか、平民だとでも言うのか!? 平民が、この私を断罪できるとでも!?」


(真性のアホだったか)


 西の果てとはいえ、国から領地を任されている一族が平民のはずがない。


「──…貴族典礼第3章第5項、一番後ろのページ」


 ぼそり、私が呟くと、書類の山を脇に退けた国王が黙って分厚い本のページをめくった。


 あの本は、貴族典礼の最新版だ。

 国王に倣って王妃とユリウスが、そして一拍遅れて国王の副官と──意外な事に、パワハラ上司ことアードルフと、ウォルターの取り巻きの男性文官たちも貴族典礼を開く。


 どうやら、自分の貴族典礼を持参しなかったのはウォルターだけだったようだ。


 貴族典礼に則って私たちを呼び出したくせに、本人の準備が杜撰(ずさん)過ぎる。



「……ダスティン公爵家…?」



 男性文官の一人が、戸惑ったように呟く。


 貴族典礼の第3章は、世襲制貴族の家を列挙する章だ。

 第1項が男爵家、第2項が子爵家と、順に爵位が上がって行き、第5項は公爵家を紹介している。


 なお、名誉貴族の名前がずらりと書かれているのが第2章で、王族の紹介は第4章。

 後ろのページに書かれているほど、政治的重要度が高い、らしい。


 …国に貢献しているはずの名誉貴族が世襲制貴族より前に書かれているのは、世襲制貴族の機嫌を損ねないためだと言われている。


「ダスティンって…」

「……幽霊公爵の?」


 ひそひそと囁きが交わされる。


 ダスティン公爵家と言えば、社交にも姿を現さず、所領もはっきりしない『幽霊のような』貴族として王都の貴族たちの間では有名だ。実はとっくの昔に絶えているとも噂されている。



 が。



「一番下の行に、注釈がありませんか?」



 私が促すと、一同は一斉に手元の本に視線を戻し──




「…………初代王との取り決めにより、『ダスティン』ではなく、建国以前の一族名『()()()()()()()()』を()()()()()()()()事を特例的に許…可…………」




 誰かがぼそぼそと読み上げ、その声は文末に行き着く前に途切れた。



 …え? という顔で、ウォルターとその一派がゆっくりとこちらを見る。




『……………』




 地獄のような沈黙が落ちる中、私は優雅に一礼した。



「では改めまして──私はクリスティン・アンガーミュラー・()()()()()。ダスティン公爵家当主、ハロルド・アンガーミュラー・ダスティンの第1子です」



「………な……」



 元上司ことアードルフが顔面蒼白になって呻く。


 確か奴は、フォルスター伯爵家の入り婿だったか。実家は子爵家だったはずだ。

 まさか自分の元部下が公爵家出身だとは、想像もしなかっただろう。



「ば、馬鹿な事を言うな!」



 ただ一人、貴族典礼を持っていないウォルターが、必死の形相で私の発言を否定する。


「ダスティン公爵家は、とうの昔に没落したはずだ! こんな所に居るはずがない!」

「王宮が毎年最新版を発行する貴族典礼に、今はもう存在しないはずの貴族家が載っていると言うのですか? 王宮文官は、そこまで杜撰な仕事をして許される役職なのですか?」

「ぐっ…」


 わざとらしく首を傾げると、ウォルターがあっさり言葉に詰まった。

 流石に自分たちの仕事が間違っているとは口が裂けても言えないだろう。


 私は溜息をついた。


「当家は、家名として『ダスティン』を名乗る事はまずありませんからね。『アンガーミュラー』を名乗り続けた結果、『ダスティン公爵家』の名が認知されなくなったのでしょう」


 ただでさえ、社交と言える社交をしない家だ。

 一番頻度の高い集まりが、冒険者たちと共に行う《祓いの儀》の慰労会なのだから笑える話である。


 しかも父、ハロルドは『ハロルド・アンガーミュラー』の名前で名誉男爵の爵位をいただいている。

 貴族典礼を始めから見て行ったら、第2章で『ハロルド・アンガーミュラー』が出て来るのだ。

 ウォルターは、それを見て爵位を勘違いしたのだろう。


(…名誉貴族はあくまで個人の称号だから、『男爵の娘』っていうのも厳密には間違いだと思うんだけど)


 そこは深く突っ込むまい。


 なお、領地が隣接していて昔から親交のあるファーベルク伯爵家と、母、ジャスティーンの実家であるアーミテイジ侯爵家は、アンガーミュラー家がダスティン公爵家だと知っている。


 『父上から聞いた時は、生真面目な堅物が何でこんな冗談飛ばしてるんだと本気で心配したけどな』とは、遠い目をしたジェフリーの言である。


 作戦会議の流れでこれを聞いたリサは、失神しそうになっていた。

 何せ父親が私とマーカスをターゲットに自爆テロ未遂を起こしているのである。大変な動揺っぷりで、持ち直すのに半日ほど掛かった。



 ちなみに、うちが頑なに『アンガーミュラー』を名乗るのには理由がある。


 建国前から存在する一族の名前だからというのもあるが──一番の原因は『ダスティン』という名称そのものだ。



 ダスティン──古い言語で、『()()()()()』を意味する言葉である。



 この国の建国当時、初代王に力を貸した私たちの一族を貴族に封じる際、初代王はどのような家名を与えるか悩みに悩み──周囲の者たちの助言に従い、当時のアンガーミュラー領一帯の土地を指し示す地名、『ダスティン』を家名と定めた。


 その『周囲の者たち』が、アンガーミュラーの一族を田舎者と侮り、蔑み、その住む土地を『誰も住めないような未開の地』『流れ者が流れ着く先』という意味で『ゴミ捨て場(ダスティン)』と呼んでいたのを、初代王は知らなかったのだ。


 …まあ『主に王都方面から負の感情が集積して瘴魔が生まれる場所』という意味では、『ゴミ捨て場』という表現もあながち間違いではないが。


 ともあれ、よりによってそんな蔑称を家名として与えられたうちのご先祖様は怒りに怒った。


 しかし、貴族としての登録手続きは既に終わっており──ご丁寧にも『周囲の者』が準備万端、整えてくれていたのだそうだ──家名を変えるなど無理な状況。


 困り果てた初代王と相談を重ねた結果、『特別に『アンガーミュラー』って名乗って良いよ』という約束を取り付けたのである。



 …最初からその名前を貴族としての家名にしておけば良かったものを、初代王はとんだ無駄骨だったと思う。



「ちなみに、一応ご説明させていただきますが」


 私は改めてウォルターに向き直る。


「本日私とマーカスが纏っておりますのは、当家の伝統衣装──正装です。加えて、私の衣装の色、黒紺に銀糸の刺繍の組み合わせは、アンガーミュラー──ダスティン公爵家の()()、もしくは()()()()のみが身に着ける事を許されるものです」


 丁寧に説明したら、場に動揺が走った。



「ま、まさか…」


「ええ」



 私はにこりと頷いた。


「つい先日、私は、父ハロルド・アンガーミュラー・ダスティンより、次期当主として指名されました。なお今回の一件については、父より()()()()()()()()()()()()


 いっそ爽やかな心地で、続ける。




()()()()()()()()()、ダスティン公爵家は『大地の礎』にして『()()()()()』。──逃れられると思わないでくださいね」





あれ、この国王族も、ろくでもなくね?

…とか思ってはいけないのです…。

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