43 いざ、直接対決
召喚状で指定された日、私たちは王宮へやって来た。
国王の名で書状が出されているだけあって、受付もスムーズだ。
待たされる事無く奥へと通され、兵士の案内に従って到着したのは、主に管理職級以上の者が会議に使う部屋だった。
王宮文官だった頃、何度か来た事がある。ちょっとだけ懐かしい。
「やっと来たか」
予定より少し早いくらいの時間だというのに、嫌味ったらしいコメントが降って来る。
コの字型に並べられた会議用の重厚なテーブル。その一番奥に、国王陛下と王妃殿下が並んで座っている。
会議室に王妃が居るのは初めて見た。非常に珍しいのではないだろうか。
ちなみに、先程の嫌味はこの2人ではない。
その隣に座る中年太りの男──言わずと知れたウォルター・ベレスフォードの発言である。
国王の右隣に座っているあたり、『王家の右腕』を自称する公爵家当主なだけはある。
なお国王と王妃を挟んで反対側は、少々居心地が悪そうなユリウス・ヴァイゼンホルン王子殿下だ。
その他、左右のテーブルに、かつての上司であるアードルフや、ベレスフォード公爵邸で顔を見た気がする若い男性文官たちが並ぶ。
要するにこの場は、大部分ウォルター側の人材で固められているわけだ。
──まあ予想していた事態ではあるし、かえって都合が良い。
「お久しぶりにございます、国王陛下、王妃殿下。クリスティン・アンガーミュラー並びに関係者各位、お召しに従い参上しました」
先に声を掛けて来たウォルターをきっぱりと無視して、私は国王夫妻に向けて丁寧に一礼する。
私たちを呼んだのはウォルターではなく国王だ。
自分が要求した通りに国王が私たちを呼び出したから、ウォルターは色々と勘違いしているようだが、この場の主導権を握っているのはあくまでも国王である。
「──うむ。久しいな、クリスティン。息災であったか」
「はい」
穏やかに挨拶を交わすが、国王の目が若干泳いでいるし、隣の王妃もわずかに表情を強張らせている。
どうやら彼らは、今日の私の服装──黒紺の北方絹にミスリル銀糸の刺繍を施した、アンガーミュラーの伝統衣装が何を意味するのか、きちんと理解しているようだ。
…他の連中は、この辺りではまず見ない服装に嘲笑を浮かべたり隣同士でひそひそ無駄口を叩いたりしているので、多分『これ』が何なのか分かっていない。嘆かわしい事だ。
ちなみに、『関係各位』として連れて来たのは、私と同じ作りの、一段明るい色の衣装に身を包んだマーカスと、ドレス姿のユーフェミア。
その後ろに、衛兵部隊中隊長の正装を着たジェフリー、着慣れないドレスで精一杯背筋を伸ばしたリサ。
シルクとシフォンは当然ついて来ているが、王宮のケットシーたちの案内で、別の場所からこちらの様子を窺っている。
見た目ががらりと変わっているリサはともかく、自分が手を出した上に良いように使っていたユーフェミアの事を、ウォルターが認識できないはずは無いのだが──それなりに面の皮は厚いのか、それとも今この瞬間に自分を無視するという無礼を働いた私に噛み付くのが優先なのか。動揺は見られなかった。
「貴様、無礼だぞ!」
「あら、優先順位は間違っていないはずなのですが…。陛下の御前でそのような言動、よろしいのですか? ベレスフォード公爵」
「ぐっ…」
公的な場での自分の立場くらい、自覚して欲しいものだ。
実際王は軽く顔を顰めているし、王妃は無音で溜息をついている。
幸か不幸か、ウォルターの真横だから視界には入っていないようだ。
「クリスティン」
国王に名を呼ばれ、私は背筋を伸ばして向き直る。
「はい、陛下」
「まずは、本日の呼び出しの理由だが──」
国王が背後に控える副官を一瞥すると、副官が手元の書類を読み上げ始める。
曰く、クリスティン・アンガーミュラーは別人に変装してベレスフォード公爵邸に不法侵入し、床板とソファを破壊した上、居合わせた男爵家の三男を恐喝。
正体が露見すると、衛兵部隊のジェフリー・アーミテイジ中隊長と共謀し、混乱の隙を縫って逃亡。
どさくさに紛れて、ベレスフォード公爵邸お抱えの魔法道具技術者であるリサを拉致した。
「──これはベレスフォード公爵家に対する侮辱のみならず、明確な違法行為である。よって、貴族典礼に則り、全てを詳らかにし、国王陛下に裁きを委ねる事とする」
朗々と読み上げるのを、ウォルターが大変満足そうな顔で聴いている。
貴族典礼は、貴族独自の法律集と言うか、辞書のようなものだ。
貴族に列せられる家や個人を網羅しているだけではなく、貴族間の諍いが起きた時、貴族が賞罰を受ける時など、様々なルールが定められている。
ウォルターは、貴族典礼の正規の手続きを踏んで書類を用意したのだろう。
それを出されては、王族も動かざるを得ない。
(…貴族典礼に則ったにしては、詰めが甘いけど)
副官が一通り述べ終えると、国王は改めてこちらを見る。
「──では、クリスティン。其方の報告を聞こう」
含みのある台詞に、私は薄らと微笑んだ。
「承知しました。──ではまず、こちらをご覧ください」
私が取り出したのは、辞書を上回る厚みの書類の束。
居並ぶ面々がギョッとした表情で注目する中、マーカスが私から書類を受け取り、国王の前に置く。
国王のこめかみに汗が伝った。
…いや大丈夫、別に今すぐ全部に目を通せとは言っていない。
「そちらは、ウォルター・ベレスフォード公爵並びに関係者各位に対する訴状の一部です。あまりにも膨大な量になってしまいましたので、内容を一通りまとめた書類を別途用意いたしました」
マーカスが全員に別の紙を配って回る。
分厚い書類の束の内容一覧だ。出来るだけ簡潔にまとめたつもりだが、A4サイズほどの紙の両面に、びっしりと書かざるを得なくなった。
なお『訴状の一部』と言った通り、これで全部ではない。
訴状は被害者もしくはその家族が準備しなければならないので、今日という日に間に合わなかった案件も多い。そちらは準備出来次第、国王へ提出する手筈になっている。
説明すると、国王が顔を引きつらせて書類の束を見た。
これで全部ではないと言われれば、流石に平静を保つのは難しいだろう。
「簡単に申し上げますと、訴状の内容は主に2種類。恐喝や性的暴行など、精神的・身体的苦痛を受けたという訴えと、本来支払われるべき給与が満額支払われていないという訴えです」
「…うむ」
「加えて、『クリスティン・アンガーミュラー並びにマーカス・アンガーミュラーに対する自爆テロ未遂』、『王都研究所職員リサに対する拉致監禁並びに違法魔法道具製造の強制』、『ベレスフォード公爵邸での規制薬物を使用した集団強姦未遂』、『規制薬物の違法取引』、『王宮における無許可での盗聴』、それぞれに関する報告書がこちらです」
さらに取り出した書類を、マーカスが黙って国王の前の書類に重ねる。
山となった書類に遮られて、国王の顔が見えなくなった。
各種証拠や証言集まで揃えた調査報告書が複数あるのだから、当たり前と言えば当たり前だが。
この書類は、私、マーカス、ユーフェミア、ジェフリー、リサ、それにフィオナの両親と、元同僚のギルベルト、ジーノ、エーミール、王宮のケットシーたち、その他協力者多数が総力を結集して作り上げた超大作だ。この短期間で素晴らしい成果である。
「なおベレスフォード公爵邸での件に関しては別途衛兵部隊で事件として調査しておりますので、近々そちらからも報告が上がって来るかと思います」
「……」
若い男性文官たちの顔から血の気が引き、国王が沈黙する。
その横で、ウォルター・ベレスフォード公爵は目を白黒させていた。
「な、な、ななななな…」
常識という概念が存在しない脳みその持ち主だと思っていたが、それだけではなく、言語機能まで怪しいようだ。
ウォルターは暫く『な』を連呼した後、大きく息を吸った。
「──何を言っているのだ! この場は、貴様の罪を裁くために用意したのだぞ!」
「あら、そうでしたか? ですが、国王陛下が私に『報告を』とおっしゃいましたので」
あくまで、国王の求めに応じただけだ。
私がそう答えると、ウォルターの顔が真っ赤になった。
「煩い煩いうるさい! 男爵の娘風情が、公爵家当主の私に口答えするな!」
その怒声に──
(………あ、そういう事か)
私はようやく、この男の傍若無人な振る舞いの理由を理解した。
「男爵の娘…ですか」
殊更に整った笑顔を作り、私は小首を傾げる。
「その情報は、どこで?」
「貴族典礼に載っているだろう! 貴様の父、ハロルド・アンガーミュラーは、男爵位だ! いい加減に立場を弁えろ!」
予想通りの答えに、私はさらに笑みを深くする。
「それは、父個人が持っている爵位ですね」
「…………なに?」
ウォルターがぽかんと口を開けた。




