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スーパー派遣令嬢は王宮を見限ったようです ~無能上司に『お前はもう不要だ』と言われたので、私は故郷に帰ります~  作者: 晩夏ノ空
本編

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34 再会

 王都へ舞い戻って来てから3週間が経った。


 夜を徹しての飛行から、フィオナとの再会、ブライトナー家や元同僚たちへの協力要請、アンネローゼの王宮への潜入捜査開始など、バタバタと過ごしていたが、最近ようやくリズムが整ってきた感じだ。


 とはいえ、情報収集の真っ最中、気になる事はある。


「…最近来ませんね…」


 ブライトナー家の客間、午前のお茶をありがたく頂きながらぽつりと呟くと、窓辺でくつろいでいたシルクが片目を開けた。


《来ないって、何が?》

「ユーフェミアからの手紙です」


 王都へ来てからも、3日と開けずにエルダーが届けてくれていたユーフェミアからの手紙が、ぱったりと来なくなっていた。


 具体的には、私が『退職済みの有期雇用者の給与明細を入手できないか』とユーフェミアに相談し、『任せて』と承諾の返事が来て以降、連絡が無い。もう2週間近くになる。


《調査が思うように進んでないんじゃないの?》

「それにしては…ユーフェの性格を考えると、何の音沙汰も無いのはおかしいと思いませんか?」

《……まあ、そうね》


 シルクが頷く。


 ユーフェミアは優秀な元文官で、友好関係も広い。

 ケヴィンと共に自領の別荘に引き籠っていても、手紙のやり取りなどは出来るはずだ。


 ただ──私に協力している事をケヴィンの父親である人事部長、ウォルター・ベレスフォード公爵に知られたら、彼女の身は危険に晒される。


 私はそれを承知の上でユーフェミアに協力を頼んだし、彼女も織り込み済みで了承を返してくれた。

 早々、尻尾を掴まれる事は無いと思いたいのだが…。


「──いけませんね」


 私は紅茶を飲み干して立ち上がった。

 思考がダメな方向に流れてしまっている。こういう時は、気分転換をした方が良い。


「久しぶりに、街を歩いて来ます」

《私も行くわ》


 シルクが即座に反応し、大きく伸びをした。


《あと、アンネマリーにも一緒に来てもらいましょう。偽装魔法が必要でしょう?》


 アンネマリーも偽装魔法が使える。アンネローゼほど高精度ではないが、街を歩くのには十分な精密さだ。

 私が頷くと、図ったようなタイミングで扉がノックされ、アンネマリーが顔を出した。


「クリス様、フィオナ様の本日のカウンセリングが終了しました──あら?」


 外出用のバッグを持っているこちらに目を留めて、アンネマリーが首を傾げる。


「本日、外出の予定はございましたでしょうか?」

「いえ、つい今しがた思い立ったのです。丁度良かった。アンネマリー、私への偽装魔法と、同行をお願いできますか?」

「ええ、勿論です」


 アンネマリーがすぐさま魔力を展開し、私に偽装を施してくれる。


 あっという間に外出の準備が整い、ブライトナー夫妻とフィオナに少し散歩して来る旨を告げて、私たちは街へと繰り出した。


「…すっかり『帰る場所』がブライトナー家になってしまっていますね」


 一応夜は宿に帰っているのだが、ほぼ寝るだけ。

 拠点は完全にブライトナー家の屋敷だ。


 ブライトナー家では、昼食はもとより、夕食も度々ご馳走になっている。大変申し訳ないので、お礼に我が家のおかずのレシピをいくつか紙に書き出して渡した。

 結果、料理人たちに大変喜ばれ、食事のメニューがより豪華になるという、イタチごっこのような状況になってしまったのだが。


「何かお礼をした方が良いでしょうか?」

《お礼のお礼が返って来る気がするわ》

「ご夫妻にとって、『娘の恩人』という位置付けのようですから。今の待遇をありがたく笑顔で受け入れていれば良いと思いますよ」

「それが難しいのですけれど…」


 隠形魔法で姿を隠したシルクと、地味な服装で隣を歩くアンネマリーに諭され、私は眉間にしわを寄せる。

 感謝の気持ちは理解できるが、何の対価の支払いも無く厚待遇というのは少々落ち着かない。性分だろうか。


《慣れるしかないわね》


 シルクはにべもない。


 住宅街を抜け、中央の大通りに出ると、ぐっとすれ違う人の数が増えた。


 これだけの人々が行き交うのは、王都ならではだろう。

 この辺りは豪商が気軽に使う、あるいは庶民が少し背伸びをして入るような飲食店や服飾店、雑貨の店が多く、店構えも華やかだ。

 南に行くと少しずつ大衆向けの店が増え、冒険者ギルドに近い場所には武器防具の店や工房、冒険者向けの酒場が軒を連ねる。

 王都と一口に言っても、訪れる場所によって受ける印象は全く違う。


 気分転換の散歩なので、私は大通りを右に折れ、横道に入った。

 清潔感のある石畳の通りだ。通り1本入るだけで、大通りの喧騒はあっという間に遠くなる。


「この辺りは変わりませんね…」


 落ち着いた雰囲気の喫茶店や、小さな花屋。住宅の窓辺には花やレースが飾られていて、閑静だが暖かな雰囲気がある。


「文官時代にはよく来ていたのですか?」

「ええ。ユーフェに教えてもらったのですよ」

《そうだったわね》


 もう少し進んだ所にある喫茶店のパンケーキが絶品なのだ。

 王宮文官の仕事の勝手が分からず四苦八苦していた頃に、ユーフェミアにご馳走してもらったのは良い思い出である。



「……ん?」



 思い出に浸っていると、遠くの喧騒に混じって聞き覚えのある声が聞こえた。


「いかがなさいましたか?」


 足を止めた私を半歩先で振り返り、アンネマリーが首を傾げる。

 私は軽く右手を掲げ、静かにするようにと合図した。


(今、何か……)


 耳を澄ましていると、



「………、……!」



 何かを必死に叫ぶ、甲高い声が聴こえた。


「──こちらです!」


 風の精霊であるアンネマリーの反応は早かった。

 微かな声に私が表情を厳しくした途端、音源の位置を特定して走り出す。

 それに続いて石畳を駆けると、左に曲がった先、狭い路地を抜けて少し広くなった場所で、見覚えのある男の子が成人男性に掴み掛かっていた。


「母上にさわるな!」


 必死さを滲ませる声で叫び、男が伸ばした手にしがみ付く。


 男が狙っているのは少年ではなく、地面にへたり込んだドレス姿の女性だ。

 地味な服装だが、長い髪はとても艶やかで、上流階級の者だと一目で分かる。


「──っこの、邪魔だ!」


 男が苛立った様子で大きく腕を振った。

 まだ男の腰にも届かないくらいの体格差だ。男の子は為す術も無く横に吹き飛ばされる。


「!」


 咄嗟に踏み込み、男の子が石壁に激突する直前に何とか受け止める。


「…ギリギリセーフ、ですね」

「……?」


 ぎゅっと目を瞑っていた男の子が、衝撃が柔らかかった事に驚いたのか、ぽかんとした表情でこちらを見上げて来た。その面差しには見覚えがある。



 ──ユーフェミアの息子、ケヴィン。


 ならば、ケヴィンが『母上』と呼んで庇っている、この女性は。



「だ、誰だ!?」


 男がギョッとした表情で叫ぶ。

 あれだけ派手に騒いでいて、見物人が来ないとでも思っていたのだろうか。


「通りすがりの暇人です」


 振り返って女性の無事と正体を確認したいところだが、とりあえず、端的に返しておく。


 男の子──ケヴィンをアンネマリーに任せ、私は一歩、前に出た。


「ところで、こんな場所で一体何をしているのですか? 見たところ、こちらの親子を害しようとしていたようですが」


 挑発的な笑顔も忘れない。


「紳士の風上にも置けませんね」


 そこそこ裕福そうで上品ないで立ちだが、先程の行動は粗野そのものだ。

 それを揶揄すると、男はカッと顔に朱を登らせた。



「──うるせぇ!」



 殴り掛かって来るのは予想済みだ。


 半歩だけずれて男の拳をかわし、伸び切った腕に手を添えて、ついでに爪先で男の片足を引っ掛ける。

 ひねりを加えつつ体重移動すると、



 ──ダン!


「ギャッ!?」



 右腕を背中に回した状態で関節を極め、拘束完了である。


「くそっ! 放──…!?」

「暴れると余計に痛くなりますよ」


 背中を片膝でギュッと押し、右ひじをよりダメな方向へ極めると、男は流石に大人しくなった。


 女だからと油断したのが悪いのだ。

 生憎、アンガーミュラーの一族は、そこら辺の暴漢にやられるような鍛え方はしていない。


《衛兵を呼んだわ。じきに来るはずよ》


 姿を隠したままのシルクが、冷静に告げる。

 私は男を拘束したまま頷き、女性の方へと顔だけ振り返った。


(…やっぱり…)


「……あ……」


 目が合うと、女性──ユーフェミアは小さな声を上げる。何が何だか分からないのだろう。

 顔色は悪いが、見て分かる外傷は無い。


 内心安堵しているとバタバタと複数の足音がして、衛兵の制服を着た男たちがこちらに駆け寄って来た。




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