32 ボロボロ出て来る余罪
《…調査結果が上がったわ》
数日後、ブライトナー男爵家の客間で小休止を取っていると、シルクが溜息混じりに呟いた。
「ボスからの連絡ですか?」
《ええ。……ホントにもう……》
どうやら、王宮のケットシーたちにお願いした、王宮内の魔法道具探査が一通り終わったらしい。思ったよりもずっと早い。
しかしどうしたことか、シルクのいつも冷静なはずの念話に、隠し切れない呆れと怒りが混ざっている。
《順に言うから、メモ取って頂戴》
「分かりました」
私は即座に机に紙を並べ、ペンを構えた。
この客間は、今やすっかり私たちの調査拠点になっている。
ブライトナー男爵夫妻が是非にと用意してくれて、茶器やお菓子、紙やペン、各種調査結果をまとめるためのファイルなどの準備も完璧だ。宿には迂闊に情報を放置できないから、有難い限りである。
《──まずは、第2統括部の居室。アードルフの机の上にある万年筆の軸》
「万年筆…確か、人事部長からの貰い物だと自慢していた覚えがありますね」
《次、統括部長の居室。壁際の書棚上の置時計》
確か翡翠細工の高級品だったか。
《あと、ユリウスの着けてるタイピン》
タイピン。
「………ちょっと待ってください。統括部長の部屋の括りで、それが出て来るんですか?」
《そっちを突っ込むのね…。調査中に丁度居室に居たそうよ。特に話し掛けたりはしなかったみたいだけど。ちなみに、問題のタイピンはサファイヤの細工物よ。見た事があるんじゃないかしら》
「ああ…あれですか」
まさか、王族の私物に盗聴器が紛れているとは。
…いや、あの探査魔法は魔法道具を判別するためだけのものだから、見付かったのが盗聴器とは限らないか。
もしかしたら、護身用の魔法道具かも知れない。
「分かりました、続けてください」
とりあえず、部屋の中の物と人間が身に着けている物は分けて記載しておくことにして、先を促す。
《後は、総務部の壁掛け時計と、財務部人件費室にあった万年筆の軸、第1統括室の──》
「……」
次々並べ立てられる物を記録しながら、どんどん眉間にしわが寄って行くのを自覚する。
とんでもない量だ。
《──…と、こんなところね》
「…これだけ録音して、音声を確認している暇があるのですかね…?」
紙にびっしり書かれたリストを見て、私は思わず呻く。
定期的に回収して録音された音声を聞くにしても、とても時間が足りないと思うのだが。
《あ、忘れてたわ。あと2ヶ所》
「はい」
《国王の執務室の卓上ランプと、国王のベストのボタン》
ぼそり、シルクが付け足した『場所』に、ペンがあらぬ方向に滑りそうになった。
「………両方とも盗聴器だったら、不敬罪で一発死刑になりそうですね」
《卓上ランプの方は盗聴器で確定だと思うわよ。ランプ自体も灯りの魔法道具だけど、それ以外にもう一つ反応があったらしいから》
「…」
絶望的な情報が加えられた。
…どうしろと。
「──とりあえず、盗聴器の疑いのあるものはこれで全部でしょうか?」
突っ込むのを諦め、私は本題に戻った。ええ、とシルクが頷く。
《いくつかは盗聴器じゃないかも知れないけど、王宮のケットシーたちには、1件1件詳しく調べろとは言えないわね》
「そうですね。数が多過ぎますし、下手に調べて相手に気付かれても困りますから」
今はまだ、こちらの動きを隠しておきたい。
「そういえば、ユリウス殿下は無事にこちらに戻って来ていたのですね」
《ええ。職場に戻ったのは、帰って来てから2日後らしいけど》
私は──何せ興味が無かったので──知らなかったのだが、シルクはしっかりボス経由で情報を得ていたようだ。
「あの『祓いの儀』を見た後、1週間も馬車に揺られていたのですから、1日2日の休みは仕方ありませんよ」
《軟弱だわ》
シルクには酷評されているが、馬車旅は思ったよりずっと体力を消耗するし、『祓いの儀』で精神力も相当削られていたはずだ。
休んだ後に王宮の仕事に復帰していること自体を評価するべきだろう。
…アンガーミュラー家の人間だったら、翌日から普通に業務しているだろうが。
うちの基準を、他家の人間に当て嵌めてはいけないのだ。
「まあまあ、あの方とはもう無関係ですし」
《そう願いたいわね、心の底から》
どうやらシルクも、先の一件でユリウスの事を本気で嫌いになったらしい。
《ああそういえば、ブチからも情報があったわよ》
「と言うと──ブチと親しかった、元王宮文官のご令嬢の件ですか?」
王宮を追い出された翌日、寮の前で話した事を思い出す。
ブチと親しかった有期雇用の女性文官が、ある日、ケットシーたちに何の挨拶も無く王宮を辞めた。ブチが心配して実家を訪ねても、会わせては貰えなかった。
その後、ブチは足繁く元女性文官の実家に通い、ご家族の信頼を得るべく奮闘していた──そこまでは聞いている。
状況に進展があったのだろうか。
《結論から言うと、そのご令嬢も被害者ね》
「…やはり、ですか」
ブチは少し前にご令嬢の家族に了承を貰い、数年振りにご令嬢と再会した。
すっかりやつれてしまった彼女の姿に、ブチはショックを受け、怒り、その日から毎日、彼女に会いに行く事にした。
最初は何に対しても反応が鈍く、食事もろくに摂っていない様子で──実際両親に確認したら、王宮を辞めてからずっとその調子で、今はベッドから起き上がる事すら難しくなってしまっているらしい──ブチが話し掛けても黙って視線を向けるだけだったそうだ。
それでも、毎日毎日、朝食が終わるころから夕食の前まで傍に居て、取り留めのない事を喋っているうちに、少しずつ反応を返してくれるようになったらしい。
そして、昨日。
ぽつりぽつりと会話が出来るようになってからも、ずっと王宮とは関係の無い話しかしなかった彼女が、ようやく王宮文官として出仕していた頃の事を語ってくれた。
《彼女は当時、財務部の人件費室に居て、有期雇用者の給与を用意する仕事をしていたらしいわ》
正に今、私たちが色々と疑いを掛けている部署に居たのか。
「給与を用意…という事は、管理職のサイン済みの給与明細書を見て、実際にその金額のお金を用意して、封筒に仕舞う仕事ですね」
銀行振込のシステムは無いから、王宮文官の給与は基本、現金を手渡しだ。
そのための準備は財務部人件費室で行われる。膨大な量の封筒に、それぞれ異なる額のお金を入れる仕事──かなり神経を使う作業である。
《ええ。…ある時、仕事に使う給与明細の束の中に、金額が低過ぎる給与明細が紛れている事に気付いて、上司に相談して──》
す、と目を細める。
《──その数日後に、襲われたそうよ》
「………なるほど」
何とか言葉を絞り出す。
つまり彼女は、図らずも横領の証拠を掴んでしまったのだろう。
その口封じか、端的に辞めさせるためか、それとも全く別の理由でか、独身の貴族女性にとって最も致命的な方法で、王宮を辞めざるを得ない状況に追い込まれてしまった。
余りにも酷い状況だ。
──だが、その証言のお陰で、分かった事がある。
「言いたい事は山ほどありますが──とりあえず、財務部人件費室に保管されている給与明細の控えには、『正規の金額』が書かれている可能性が高いですね」
《ええ。あと、『金額が低過ぎる』と認識できるんだから、彼女自身の給与は正規の金額で支払われていたんだと思うわ》
「有期雇用者全員が被害者ではないという事ですね」
実際、私の給与も規定に沿った金額で支払われていた。
恐らく、横領に気付きそうな性格、あるいは横領に気付ける立場の人間は、ターゲットから外していたのだろう。
「──横領の件と、ユーフェとこのご令嬢の件、実行犯はともかく、大元の犯人は同一であると考えた方が良さそうですね」
《それ、前から予想してたんじゃない?》
指摘されて頷く。
ユーフェミアの息子であるケヴィンの父親は、人事部長。
そして金額のおかしい給与明細書には、当然、奴のサインもある。
少なくとも両方の件に一枚噛んでいるのは間違い無い。
もっと言えば、王宮内の室長級以下の人事権は、事実上、人事部長が握っている。
すり寄って来る輩は多いだろうし、権力を振りかざして下位の者を従わせる事も容易な立場だ。
一枚噛んでいるどころか、主犯格である可能性が高い。
色々と情報が揃って来た。
だがまだ、足りない。物証が少な過ぎる。
ならば、採るべき手段は──
正座して待ってたゲームが発売されたので、しばらく更新ゆっくりになります。
ニャオハさん可愛いよニャオハさん。




