31 協力者募集
エーミールが首を捻りながら情報を書き連ねている間に、私はギルベルトとジーノに話を振る。
「ギル、ジーノ。親戚や友人の女性が王宮で働いているとか、過去に働いていたという事はありませんか?」
「ん? ああ。従妹が渉外部に居る」
「友人の妹が総務部で働いているな。有期雇用者だが」
ギルベルトの従妹と、ジーノの友人の妹。
私は頷き、言葉を続けた。
「その方々に、協力をお願いしたいのです」
「協力?」
「…実は、人事部、財務部、統括部に、横領に関与している可能性がある者が複数居ます」
「おうりょ…? ──横領だと!?」
「え…?」
完全に予想外だったらしい。
ギルベルトとジーノは目を見開き、エーミールは書類を書く手を思わず止める。
「もしかしたら、他の部署にも居るかも知れません」
「待て待て待て。どういう事だよ」
「どこからの情報だ…?」
首を傾げるギルベルトたちに、私はフィオナの給与明細の件を説明する。
すると、彼らの表情は見る見るうちに険しくなっていった。
「有期雇用者の最低ライン以下っつーと…」
「ざっくりですが、基本給部分は同じ経験年数の正規職員の半分以下でしたね」
「…そんな額じゃ、普通に生活できないじゃないですか…」
エーミールはまだ経験年数が浅いから、採用直後の給与額も具体的に覚えているのだろう。青くなっている。
一方ジーノは、眉間に深いしわを寄せていた。
「…クリスティン。確か給与テーブルは、管理職級以上しか閲覧できなかったはずだが」
「ええ、そうですね」
「では何故お前が、有期雇用者の給与テーブルを把握している?」
「その規定の直近の定期確認を行ったのが私だからです」
「………は?」
即答すると、ジーノは見事に固まった。
第2統括室及び統括部には、王宮内の規程について定期的に内容を精査し、他の決まり事と矛盾が生じていないか確認するという業務がある。
本来は第2統括室長か統括部長の仕事で、間違っても有期雇用者がやる事では無い…はずだったのだが。
王宮に出仕し始めてしばらく経った頃、何故か私にその仕事が回って来た。
ユリウスの差し金である。
当時の第2統括室長──つまり私を王宮にスカウトした人物──は頭を抱えていたが、業務改善目的で私をスカウトしたため、私が規程の内容を把握するのはむしろ必須であること、私が基本業務に慣れて他の仕事に手を出し始めていたことなどを考慮した結果、規程類の確認業務も私の仕事として割り振られる事になった。
当初は『ただし、クリスティンの確認後、必ず第2統括室長もしくは統括部長が改めて内容を精査すること』という条件が付いていたのだが──第2統括室長が交代したら、口約束などあって無いようなもので。
結果、『何故か閲覧不可のはずの上位規程の内容まで把握している有期雇用者』と、『ろくに規定の内容を知らないダメ上司』が爆誕した。
『……』
ざっくり事情を説明すると、男性陣が全員沈黙する。
数秒後、ギルベルトが恐る恐るといった表情で手を挙げた。
「…あー。…って事は、だ。…お前、正規職員の給与テーブルも知ってる?」
「ええ、知っています。有期雇用者とは大分金額差がありますね」
「………何かスマン」
「いえ、正規職員と有期雇用者では、責任の範囲や業務内容が違いますから」
『過去』の正社員とパートの違いのようなものだ。金額差はあって当然だろう。
「………違う、か……?」
ジーノは盛大に首を捻っているが、そこは深く考えてはいけないところである。
王宮文官と言えば、国家運営の要。『過去』の感覚で言えば各種省庁や内閣府の職員に相当する。
そのほぼ全員が貴族階級という事もあり、正規職員は高給取りだ。
有期雇用者は一段二段、金額は落ちるが、貴族の基準で中の下くらいのお給料は貰える。
…規定通りなら。
「まあそんなわけで、横領が横行している可能性がある以上、野放しにしておくことは出来ません。まずは被害規模を把握したいので、少なくとも今現在王宮で働いている有期雇用者の給与明細を全員分、入手したいところですね」
フィオナの両親に頼んだのは、財務部に保管されているフィオナの給与明細の控えを、伝手を使って何とか入手する事だ。
まずはこれで、フィオナの給与が横領されていたことを証明する。
一方で、全員の伝手を総動員して他の有期雇用者たちを当たり、本人が持っている給与明細を見せてもらい、フィオナと同様の被害に遭っている可能性のある者をリストアップしておく。
財務部で給与明細の控えを漁るのは時間が掛かるので、フィオナ以外の被害者の裏付けは後回しにするしかないが。
なお、既に退職している者については主にユーフェミアに頼んである。
彼女は顔が広いので、多少なりとも情報が集められるはずだ。
説明すると、ギルベルトたちは遠い目になった。
「お前、また無茶を…」
「まあ最悪全員ではなくて、抜き取り式と言うか、各部署の下っ端分だけでも良いです。ある程度まとまった数の証拠があれば、陛下は動くでしょうし」
「陛下? お前、国王陛下に奏上するつもりか!?」
ギルベルトがギョッと目を見開いた。
「え? 王宮の大規模汚職事件ですよ? 当り前でしょう?」
王宮文官の筆頭は──あまり認めたくないが──統括部長の肩書きと筆頭文官の称号を併せ持つユリウス・ヴァイゼンホルン第2王子殿下である。
だが、実際に王宮を取り仕切る最高権力者は国王陛下だ。
部長級以上の任命権も国王が握っているから、今回の件に関しては陛下に出て来てもらわなければ困る。
最悪、人事部と財務部の部長の首が飛ぶ予定だからだ。
「部長級2人の首が飛ぶ…か…」
「え、大丈夫なんですか?」
「恐らく大丈夫ではありませんが、阿呆が阿呆だと気付かずに野放しにしていた王家の責任でもありますから仕方ありませんね」
「おい、言い方!」
「盗聴器が仕掛けられているわけでもなし、これくらいは平気ですよ」
たとえ今の発言がバレて王家が文句を言って来ても、突っ撥ねる自信はある。
が──
(盗聴器…?)
自分で言った言葉が引っ掛かり、私はふと眉を寄せた。
──ユリウスが私を王宮に戻そうと動いていると、王宮内で噂が流れていたのは何故だ?
いくら何でも、まだ私が王宮に戻って来るとも確定していない段階で、ユリウスが王宮内の人間に言い回っていたとは考えにくい。
『自分が失敗するかもしれない事についての行動予定』を、不特定多数の前で発言するようなタイプではないからだ。
ましてあの時、ユリウスは私に助けを求めるのを『自分の独断』だと言っていた。
王宮内はおろか、下手をしたら国王陛下にも秘密で動いていた可能性が高い。
流石に側近たちは知っていただろうが、彼らにしても、そんな状態でその予定を平然と口にするほど馬鹿ではないだろう。…馬鹿ではないと思いたい。
「…」
となると、考えられるのは──
私は傍らのシルクに視線を移した。
「マダム・シルク」
《何かしら?》
「ボスに、『機器探査』の魔法を教える事は出来ますか?」
機器探査は、シルクのオリジナル魔法だ。
魔法道具の回路は、特定の波長の魔力を反射するという性質を持つ。それを利用して魔法道具がどこにあるのかを調べるのが、『機器探査』魔法である。
そもそも魔法道具は普通見た目で分かるので、魔法で調べたところでさほど意味が無いのと、その特定波長の魔力だけを放射するのが非常に難しいため、シルク自身も使う事は滅多に無い。
…なおこの魔法をシルクが開発したのは、一時期マーカスが魔法道具の小型化にドハマりし、家中ありとあらゆる所に超小型魔法道具をばら撒いた事があったからだ。
コインほどの大きさしか無いが、踏み付けると火花が散ったり水を噴射したりするという、大変地味な嫌がらせじみた魔法道具で、最後の1個が見付からずに大変苦労した。
…ちなみに最後の1個はシルクがその場で開発したこの魔法で見付けた。
その場所が両親の寝室だったため、マーカスは氷のような微笑みを浮かべた母に地獄のようなお説教を喰らっていた。
閑話休題。
私が話を振ると、シルクはぴんと片耳を立てた。
《ええ、出来るわよ、もちろん》
こちらの考えなどお見通しなのだろう。シルクの念話はとても楽しそうだった。
《余罪がボロボロ出て来そうね。個別の情報だけじゃなくて、全体の報告書の準備でもしておいた方が良いんじゃないかしら》
「……そうかも知れませんね…」




