30 ギルベルトとジーノとエーミール
その日から、私たちは精力的に情報収集を開始した。
ヒューゴとアリシアはそれぞれの親類や友人たちに繋ぎを取り、忙しく動き回っている。
私はまず、ユーフェミアに暗号の手紙で状況を説明して協力をお願いした。なお手紙の運び屋はミッドナイトオウルのエルダーである。
ユーフェミアは過去に王宮文官として働いていたから、もしかしたら彼女自身も横領の被害に遭っているかも知れないし、文官時代の知り合いの中に被害者が居るかも知れない。
容疑者である人事部長は、ケヴィンの父親だ。
ユーフェミアとケヴィンの件以外にも余罪があるとなると、ユーフェミアにとっては複雑かも知れないが…彼女の性格上、協力してくれると信じている。
一方で、ユーフェミアからの返事を待つ間に、王宮のケットシー、ボスにお願いし、元同僚のギルベルトとジーノ、エーミールを呼び出す。
日にちは王宮文官の公休日。
場所はフィオナの実家、ブライトナー男爵家。
敢えて私の名前は出さず『呼び出し人不詳』での招集だったが、王宮のケットシーが動いたのが良かったのか、それとも呼び出した場所がフィオナの実家だったのが良かったのか、3人とも二つ返事で了承し、約束通りの時間に集まってくれた。
「く…クリスティン!?」
ブライトナー男爵家の応接室で出迎えたら、大層驚かれたが。
「お久しぶりですね、ギル、ジーノ、エーミール」
「ああ久しぶり──じゃなくてだな。お前、意識不明の重体じゃなかったのか?」
ギルベルトのキレのあるノリ突っ込みがとても懐かしい。業務の時の丁寧口調ではなく、素の態度だからなおさら。
「あら、よく知っていますね」
自爆テロの見張りだった風精霊を契約で縛り、ユーフェミアの協力を得た情報操作は上手く行っていたようだ。
「王宮は一時期、その噂で持ち切りだったんだよ」
「王宮中に広まっていたのですか」
「ああ。意識不明の重体どころか、実はもう死んでるだの、色々と尾ひれが付いてたけどな」
上手く行き過ぎて死んだ事にされたらしい。噂好きの貴族たちの伝言ゲームは恐ろしい。
発信源がどこだったのか、調べる必要がありそうだ。
──とりあえず、誤解は解いておこう。
「色々言われているようですが、見ての通り、私は無傷です」
「予想はしていたが、そのようだな」
「その程度でくたばるタマじゃないとは思ってた」
「無事で良かったです」
素直な発言をしてくれたのはエーミールだけだった。解せぬ。
「ところでお前、何でここに居るんだ?」
ギルベルトの疑問に、私は率直に答えた。
「実家を訪ねて来たユリウス殿下にフィオナの事を聞きまして。つい飛んで来てしまいました」
「ユリウス殿下に聞いたって……それじゃ、あの噂は本当だったって事ですか?」
エーミールが妙な事を言った。
「あの噂?」
「ユリウス殿下が、自分の部下が辞めたのを良い事に、クリス先輩をまた王宮に呼ぼうとしてるって…」
びっくりするほど正確な情報が出た。
まだユリウスは王都に帰って来ていないから、奴が出立前に誰かに言った事が広まっているのだろうか。
「まあ間違ってはいませんね。全面的にお断りしましたが」
「断ったんですか!?」
「ええ」
驚愕の表情を浮かべる元同僚たちに、私は笑顔で頷いた。
「考えてもみてください。自分の仕事を2週間も放り出して呑気に馬車で旅行してるくせに、『仕事が忙しいから助けてくれ』とか真顔で言って来る男に力を貸す馬鹿がどこに居ますか?」
「………あー……」
「……ハイ」
「………納得した」
お前滅茶苦茶怒ってるな、というギルベルトのコメントには、笑みを深める事で応えておく。
と、ジーノが眉を寄せた。
「…そういえば、ユリウス殿下はまだ帰って来ていないが」
「ええ、そうでしょうね。あの方がアンガーミュラー領から王都に向けて出立したのが4日前ですから、あと3日は掛かるでしょう」
アンガーミュラー領から王都までは、馬車で7日ほど掛かる。
特別速度の出る馬車では無かったようだから、当然、ユリウスはまだ王都に居ない。
ジーノがますます首を傾げた。
「…クリスティン。ユリウス殿下からフィオナの事を聞いたというお前が、何故、今、王都に居る?」
「あ?」
「………あれ?」
ギルベルトとエーミールが一斉にこちらを見た。
そう。普通なら、4日前にアンガーミュラー領に居たはずの人間が、今王都に居るのはおかしい。
が。
「あら、言ったではないですか。つい、飛んで来てしまいました、と」
「飛んで来たって……飛んで……?」
「…飛ぶ……」
「……つまり、深く考えない方が良いという事だな?」
ギルベルトとエーミールの顔色がちょっとだけ悪くなり、ジーノが悟った表情を浮かべた。
私は笑顔で頷く。
「アンガーミュラー領は、『西の果ての魔窟』ですからね」
「………そうだったな」
元同僚たちは、考えるのを放棄したようだ。
ところで、と私は話題を変えた。
「フィオナの事ですが」
言った瞬間、全員が居住まいを正した。後輩の退職について、色々と思うところがあるのだろう。
「彼女は王宮で働いていた頃、アードルフ室長に度々暴言を吐かれていたようです。その現場に居合わせた事はありませんか?」
「暴言?」
「いや…」
ギルベルトとジーノはすぐに首を横に振った。
反応が違ったのはエーミールだ。ハッと目を見開き、それじゃあ、と呟く。
「あれ、聞き間違えじゃなかったんですね…」
「エーミール、聞いた事が?」
「はい…多分。その、俺は他の人よりちょっとだけ耳が良いらしくて」
エーミールは、フィオナが辞める前、第2統括室の居室から響くアードルフの怒鳴り声と、何とか反論しようとするようなフィオナの声を聞いたらしい。
「アードルフは何と言っていましたか?」
「確か、『うるさい!』と…後は、フィオナが何か言ったのに対して、文句を言っていたみたいです。…すみません、詳しい内容までは分かりません…」
エーミールは廊下でその声を聞いたが、その後に居室に戻ったら、アードルフもフィオナも普通の表情で仕事をしていた。だから、空耳かと思ったらしい。
「廊下で聞いたというのは、どのあたりの位置でですか?」
「えっと…」
エーミールが説明したその場所に、ギルベルトとジーノが目を見開いた。
「お前…そんなに離れてて聞こえるのか?」
「驚異的だな…」
居室からかなり離れた廊下の曲がり角。距離にしてざっと200メートルといったところか。
建物内とはいえ、その距離で他人の声を聞き取るのは私だったらまず無理だ。
そもそも王宮内は全て絨毯敷きだから、大体の音は吸収されてしまう。
本当に耳が良いらしい。
「ちなみにそれ、何月何日の事だったか覚えていますか?」
「…確か、年度末の仕事が全部片付いてすぐだから……4月の13日とか、14日とか、その辺だと思います」
「なるほど」
エーミールが聞いたのは、多分フィオナが初めて怒鳴られた時の声だろう。
フィオナの日記に書かれていた日付と一致する。
「他に、何か聞いた事は?」
「同じような声だったら、何度か。でも空耳かも知れませんよ?」
自信の無さそうなエーミールに、私は笑顔で紙とペンを差し出した。
「それでも構いません。今は少しでも情報が欲しいので、覚えている限り、全て書き出してください」
「す、全てですか?」
「はい」
「……出たよ、クリスティンの無茶振り」
「…むしろ懐かしいと思ってしまうな…」
目を白黒させるエーミールの隣では、年長者たちが遠い目で呟いていた。




