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スーパー派遣令嬢は王宮を見限ったようです ~無能上司に『お前はもう不要だ』と言われたので、私は故郷に帰ります~  作者: 晩夏ノ空
本編

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29 アウト判定

 フィオナの給与明細書は、アリシアが持って来てくれた。

 彼女によると、フィオナは仕掛けを解かないと開けられない小箱に全ての給与明細書を保管していたらしい。


「良く開けられましたね」

「仕掛け小箱は、私があの子にプレゼントしたのです。大切なものを保管しておくのに使えるから…と」


 まさか給与明細を入れるとは、アリシアも予想外だっただろう。

 ちなみに、同じ箱に出退勤記録の写しも入っていたそうだ。


 …なお、勤め人にとって一番大事なのは勤務時間の記録と給与明細書だ、とフィオナに教えたのは私である。


 『過去』の出来事からの教訓だが、まさか本当にこうして役に立つとは。


「どうぞ、確認してください」

「ありがとうございます」


 アリシアから書類を受け取り、目を通す。


「………」


 基本給、職能給、寮費補助に残業代。そこから、各種税金と寮費が引かれる。

 給与明細書自体は正規の物で、項目や関係各所の上長のサインにも不自然な点は無い。


 問題は、金額だった。


(……やっぱり)



「…やりやがったなクソ野郎…」



《クリス、口調。あと殺気》


 ぱしり、隣に座っていたシルクがしっぽで私の背中を叩く。


 我に返って顔を上げると、ブライトナー夫妻はギョッとした顔で固まっていた。

 貴族令嬢にあるまじき口調で罵る私の発言に付いて行けなかったらしい。


 私はそっと視線を逸らした。


「…大変失礼いたしました。ですが…予想通りの事が起きているようです」

「予想通り?」

「はい」


 とりあえず、夫妻は私の態度については見なかった事にしたようだ。

 話題を変えると、すぐに反応を返してくれる。


 私はテーブルにフィオナの給与明細を広げ、基本給の部分を指差した。


「まず基本給。有期雇用の王宮文官としては、有り得ない金額になっています」

「有り得ないとは?」

「有り体に言えば、()()()()()


 王宮文官の給与体系は、まず騎士系と文官系で分けられている。業務内容が全く違うので当然と言えば当然だ。


 文官系は、そこからさらに管理職と非管理職に分かれ、非管理職に関しては正規職員と非正規──有期雇用者に細分化される。


 有期雇用者は、一般的に正規職員より給料が安い。それはこの給与体系がそうなるように設定されているからだ。

 最近では良心的な管理職が『同じ仕事をしていて同じ責任を負うなら、同じ給与にした方が良い』と言っているらしいが、『有期雇用者が正規職員と同じ責任を負う事は有り得ない』と門前払いを喰らっているそうだ──閑話休題。


 さて。


 問題のフィオナの給与だが。


 基本給が、『有期雇用者の給与体系』の一番下──()()()()()()()()()()()()を、()()()()()()()()()()()のだ。


 丁寧に説明すると、ヒューゴとアリシアが目を見開いた。


「……なんだと……?」

「それは…何か、特別な規則が適用されているのでしょうか?」

「私が知る限り、何かの罰として給与を削られる事はありますが、そうであれば給与明細にその旨記載されるはずです。それに、フィオナは品行方正で優秀な文官でしたから、そういった罰則規定が適用された事はありません。断言できます」

「では、何故…」


 動揺するアリシアとは対照的に、ヒューゴには予想が付いたらしい。

 殺気立った目で給与明細を睨み付け、低い声で呟いた。



「──横領か」



「はい。その可能性が一番高いかと」


 横領。

 つまり、フィオナに支払われるはずだった給与の一部を、ピンハネした馬鹿が居る。


「何という事だ…!」


 ヒューゴは絞り出すように呻き、立ち上がろうとする。


「すぐに王宮へ抗議文を──」

「お待ちください。この問題、()()()()()()()のです」

「何?」


 ぴたりとヒューゴが動きを止めた。


 彼が座り直すのを待って、私は言葉を続ける。


「給与明細書は、人事部の人材評価室が作成し、人事部長、財務部の人件費室長、財務部長、そして給与を受ける本人の上司──フィオナは有期雇用者ですので、統括部第2統括室長の承認を得て発行されます」


 一つ一つ、給与明細に記載された各関係者のサインを指し示しながら説明する。

 ヒューゴは元王宮文官なので説明不要かも知れないが、認識の共有は大事だ。



「問題は、この給与明細が()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()、という事です」



 正規の書類に、通常では有り得ない金額が書かれている。

 これはどういう事か。


「書類の捏造…?」


「ええ、それは間違いありません。ただ、この書類の様式は人事部の人材評価室にしかありません。そして、人材評価室の人間には、他人の給与──お金そのものを触る権限がありません。あと、私が見る限り、このサインは全て本物。関係者全員が、自筆でサインしたものです」


「…」


 書類を捏造するなら、人材評価室に居なければならない。

 一方で、実際に給与の一部を中抜きするのは、人材評価室の人間には不可能。

 そして、明らかに金額のおかしいこの書類に、関係者全員が自筆でサインしている。


 つまり、



「──これは、誰か一人による犯行ではありません。少なくとも、こ()()()()()()()()()()()()()()、何らかの形で関与していると見て間違い無いでしょう」



『……』


 フィオナの給与は最初から最低ラインを下回る水準に設定され、それがずっと続いている。


 一方で、年に一度王宮で行われる会計監査では、こういった給与金額のルール違反が指摘された事は無い。


 監査を行う者も共犯なのか、それとも監査員が目にする王宮に保管されている給与明細の控えには、正しい金額が記載されているのか。現時点では分からないが。


「もっと詳細に証拠を集め、被害規模を把握し、関係者を一網打尽にする必要があります。訴え出るのは後にした方が良いと思います」

「被害規模を把握?」

「ええ。これだけの事をしているのです。被害者はフィオナ一人ではないでしょう。でなければ、危ない橋を渡っている割に、一人一人の利益が少な過ぎます」


 複数人の犯行なら、それで得た利益は山分けのはずだ。

 フィオナの給与の一部を中抜きしても、それを人数で割ったら、お小遣いにも満たない金額にしかならない。

 被害者は複数居て、関係者は全員リスクに見合った利益を得ていると考える方が自然だろう。


「ブライトナー男爵。確か、以前は王宮にお勤めだったとか」

「む? ああ、そうだが」

「その伝手で、財務部に協力者を得る事は出来ませんか? 出来れば、王宮に保管されているフィオナの給与明細の写しを確認したいのです」


「…親戚に財務部一般消耗品室に勤めている者が居るが…ユリウス殿下に密かに繋ぎを取り、協力をお願いする方が早いのではないか?」


 もっともな指摘だ。


 私は小さく首を傾げて訊いた。


「フィオナを辞めさせる旨、王宮に書面を提出してから、ユリウス殿下から何かこちらへ接触はありましたか?」

「了承したとの書面を頂いた」

「その中に、フィオナの容態を気にする文面や、気遣う言葉はありましたか?」

「……いや…」


 指摘されて初めて、違和感に気付いたのだろう。ヒューゴの眉間にしわが寄った。


 私は首を横に振る。


「フィオナが辞めて、あの方が真っ先にしたのは、『アンガーミュラー家の領地に自分が出向いて、クリスティン・アンガーミュラーに王宮に帰って来てくれるよう請う』でした。人が減って大変な事になっている自分の部署の仕事を2週間放り出して、私が言い掛かりに近い理不尽な理由で文官を辞めさせられたと知っているにも関わらず、です」


 そして、笑顔で言い切った。



「正直、あの方は信用できません」



「──分かった。私の出来得る限りの伝手を使って、情報を集め、協力者を募ろう」

「私も、友人や親類に当たってみますわ」


 不敬極まりない言葉に、ヒューゴとアリシアの反応は早かった。


 力強く頷き、ヒューゴがこちらへ右手を差し出す。


「娘のために動いてくれて感謝する。どうか、ご協力願いたい」

「ええ、もちろんです。こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 協力体制が敷かれた瞬間だった。




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