20.5 【??視点】ある女性文官の日記
【王歴326年1月5日】
やっと引っ越しの荷物が片付いた。
王宮に文官として採用されるなんて、まだ夢を見ているみたい。
寮の部屋はちょっと狭いけど、食堂のご飯は美味しいし、共同のお風呂もとても広くてきれい。
せっかくお父様が許してくれたんだから、これから頑張ろう。
【王歴326年1月30日】
今日、やっと研修が終わって、正式な配属先が発表された。
私は2月から、統括部第2統括室というところに配属される。
新人研修で教えてくれた先輩が言うには、第2王子のユリウス殿下が部長を務めているから、王宮では花形部署の一つなんだそうだ。
…正確には、花形なのは第1統括室の方らしいけど…。
第2統括室も大事な仕事をしているって話だし、早く仕事を覚えられるように頑張ろう。
【王歴326年2月1日】
今日から第2統括室での仕事が始まった。
室長のアードルフ様はちょっと気難しそうな方だけど、何となく雰囲気がおじいさまに似ている。
男性職員の皆さんはとても気さくで安心した。
あと、王宮は女性が少ないと聞いていたけど、先輩に女性が居てちょっとびっくり。
クリスティン・アンガーミュラー様。私と同じ有期雇用の文官だって言ってたけど、先輩方に混じってすごい速さで仕事をしていたし、絶対ただの有期雇用の文官じゃないと思う。
何でも聞いてくださいね、って言われたけど、あんなに忙しそうなのに、聞いて良いのかな…。
【王歴326年4月10日】
仕事にも大分慣れて来た。
2月は仕事を覚えるのに必死で、3月は年度末のお仕事が山盛りで、とても日記を書く余裕が無かった。
でも、私はましな方。先輩たち、特にクリス先輩、一体いつ休んでるんだろう…。
3月以外はそれなりに余裕があるんですよ、って言ってたけど…。
そういえば、クリス先輩は本当に聞けば何でも教えてくれた。
クリス先輩では分からない事もあったけど、そういう時はすぐに他の先輩にも話を振って、一緒に答えを探してくれる。
あと、『フィオナは覚えるのが早いですね』って褒めてもらえるのがとても嬉しい。
もっと頑張って、早く先輩たちのお役に立てるようにならなくちゃ。
【王歴326年6月24日】
アードルフ室長に、人事部長主催の飲み会に誘われた。
でも、私はお酒が飲めないし、飲み会のマナーもよく分からない。
困っていたら、クリス先輩とジーノ先輩が『その日、フィオナには仕事をお願いしているんです』って助けてくれた。
アードルフ室長はちょっと怒っていて、怖かったけど、『私の可愛い可愛い後輩を繁華街に連れ出すのはまだ早いですから』ってクリス先輩が笑顔で撃退した。いつも思うけど、先輩はすごく格好良い。
私もあんな風に、後輩を守れる先輩になれるだろうか。
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【王歴327年2月16日】
クリス先輩が、急に解雇された。
まだ信じられない。アードルフ室長、自分の仕事をフォローしてくれる人をおかしな理由で辞めさせて、一体何がしたいんだろう。
…女性は、仕事で活躍したらいけないんだろうか。
でも、クリス先輩の代わりに、私が頑張らなきゃ。
ギル先輩もジーノ先輩もエーミール先輩も、クリス先輩からお仕事を引き継いでいたけど、それはほんの一部だもの。クリス先輩の仕事を一番近くで見ていたのは私だから、引継ぎに入っていなかった仕事で必要な事は、私がやらなきゃ。
大丈夫。きっと出来る。
【王歴327年4月12日】
年度末のお仕事がやっと終わった。
本当なら3月中に終わらせなきゃいけなかったけど、クリス先輩が抜けたのに、そんなの無理だった。
アードルフ室長は、『上から改めて提出を求められない限り、書類は出さなくても許される』って、本気で言い出すし…。
締め切りがある書類を締め切り過ぎても出さずに放置しておいて、どうしてあんなに自信満々でいられるんだろう…。
クリス先輩が居なくなってから、残業時間がすごい事になっている。
私はそれでもまだ日付が変わる前に『良いから帰れ』って先輩たちが言ってくれて、毎日帰れていたけど、ギル先輩やジーノ先輩は何回か居室に泊まっていたと思う。
『移動時間が無い分、仕事が捗る』って言ってたけど、多分、クリス先輩が聞いたらすごく怒るんじゃないかな…。
【王歴327年4月14日】
今日、アードルフ室長に『うるさい!』って怒られてしまった。
人事部の書類にまた書き間違いがあったから、内容を報告したかっただけなんだけど…私の言い方がダメだったみたい。最近、私が報告とか相談に行くと、すごく怖い顔をするし…。
どうしたら良いんだろう。
クリス先輩なら、こんな風に怒られないで、上手くできるのかな。
【王歴327年5月10日】
またアードルフ室長に怒られてしまった。もう何回目だろう。
出来上がった書類、ちゃんと室長の机の上に置いて、室長が部屋に帰って来た時に『頼まれてた急ぎの書類、机の上に置いてあるので確認お願いします』って伝えたはずなんだけど…。
室長、自分の席に座りながら私が置いた書類を横にどかして、そのまま他の書類を重ねて紛れ込ませてしまっていた。
しかも、そうやって放置して、先方から再度の提出要求が来てから内容の確認をしようとして、探すのにものすごく苦労してたし…。
『お前がこんな所に置いたのが悪い』って言われても…。
今度から、書類は直接渡すようにしよう…。
【王歴327年5月23日】
今日もまたアードルフ室長に怒られた。
机の上に置いてあったはずの特殊書類が無くなった、って。
普通の書類ならともかく、魔法の掛かった特殊書類は私が触れるはずないのに。
でも、アードルフ室長にとってはそんなの関係無いのかも知れない。とにかく、怒鳴り付けたいだけなのかも知れない。
先輩たちが居ると絶対に怒鳴って来ないし、相手と場所を選んで当たり散らしてるみたい。
嫌だな、そういうの。
【王歴327年5月26日】
今日も怒られた。どうしたら怒られずに済むんだろう。
【王歴327年6月1日】
今日も怒られた。
【王歴327年6月6日】
今日も怒られた。
【王歴327年6月11日】
室長から、人事部長主催の飲み会に参加するよう言われた。
参加することにした。断ったらまた怒られるから。
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【王歴327年6月14日】
クリス先輩、ごめんなさい。
私 もう ダメかもしれな い




