18 捕獲
マーカスが指し示したのは、義足の膝部分のすぐ下に組み込まれた、金貨より少し大きいくらいの楕円形の物体。
金属の色や質感が義足本体と全く同じで、パーツとパーツの間にぴったり嵌まっているように見えるので、素人目には義足の部品の一つとしか思えない。
だが、マーカスの目は確かだ。
「外せそうですか?」
「任せてください」
マーカスが精密工具を義足に差し込もうとすると、男性が殺気立った。
「触るな!」
「何言ってんだ。芸術品レベルの滅茶苦茶きれいな義足にこんな余計なもん付けてる方が罰当たりだろ!」
「!」
貴族らしからぬ口調で即座に言い返され、男性が言葉を失う。
技術者の『過去』を持つせいか、マーカスは魔法道具を前にすると人が変わる。
この義足のような、完成度の高い物を見ると特に。
男性が唖然としている間に、マーカスはさっさと楕円形のパーツを外した。
「良し、取れた!」
「ああ…こうして見ると確かに、そのパーツは余計でしたね」
私が呟くと、マーカスが大きく頷いた。
「でしょう? 本当に素晴らしい出来栄えですよね」
パーツが外れると、義足の流線型のフォルムが良く分かる。
魔法回路も全体的に繋がりが見え、これが完成形だと確信できる見た目になった。
楕円形のパーツをさっと確認したマーカスが、軽く首を傾げる。
「──ところでこれ、どうも発信機みたいなんですが、どうしますか?」
男性の居場所でも知りたかったのだろうか。
マーカスが指摘すると、男性は顔色を変えた。
「そんなはずはない! それは、俺の娘が作った──」
「娘さん、ですか?」
とても引っ掛かる言葉が出て来た。
作った、という事は、彼の娘は魔法道具の技術者だろうか。
発信機は義足にぴったりと嵌まるように設計されていたから、もしかしたら義足の方も娘の作なのかも知れない。
だとしたら、とんでもないレベルの技術者だ。
「これの制作者があんたの娘? なら、この義足を作ったのもその子か? 今はどこに居るんだ?」
案の定、マーカスが目を輝かせて食い付いた。
会ってみたい、話をしてみたい、あわよくばその技術を見てみたいと、表情が物語っている。
「マーカス、そこまで。彼が困っていますよ」
「…」
マーカスに詰め寄られた男性がドン引きしている。
私に肩を叩かれたマーカスは、いたく不満そうな顔になった。
「ですが姉上、このレベルの技術者と知り合いになれる機会なんて、早々ありませんよ」
「彼らをうちに連れて帰れば良いでしょう。どのみちここに置いて行く事はできませんし、うちで保護してしまえばお話しし放題ですよ」
「なるほど!」
「はあ!?」
男性3人が唖然と目を見開いた。
「保護だと!? 俺たちはお前たちを殺そうとしたんだぞ!?」
「それ、あなた方の意思ではありませんよね?」
「!」
指摘すれば、年かさの男性は言葉を失う。
「なぜ…」
いや、だって、若い2人は『助かった』などと呟いているし、どう考えても誰かに強制されているとしか思えないではないか。
「とにかく、私たちを襲撃しようとした以上、無罪放免には出来ませんので連れて行きます。──それに私たちが保護せずに放り出したら、あなた方、殺されるでしょう?」
「それは…」
男性が言葉に詰まるのに対し、若い2人は驚愕の表情で青ざめた。
自爆テロを強制されたのだから、見張りは居て当然だ。
万が一逃亡または失敗した場合は、彼らを『処分』する用意もあるだろう。
若い2人は知らされていなかったようだが。
しかし、
「まあ、ご心配には及びませんよ」
「え?」
「私たちには、心強い護衛が付いていますから」
直後、少し離れた所に音も無く人影が着地した。
「お嬢様、見張りを捕らえました」
「ありがとうございます、エドガー。流石、仕事が早いですね」
「何、ツインヘッドとサンド・コブラの群れの討伐に比べれば造作もありませんよ」
ゆっくり立ち上がりながらさらりと恐ろしいことを言う、長身痩躯の壮年の男性。
先程まで馬車を操縦していた、御者のエドガーだ。
ロマンスグレーの髪をきちんと後ろで撫で付けた姿はいかにも貴族の従者だが、数年前までは超一流の冒険者として名を馳せていた。
冒険者を引退した今も鍛錬は欠かさず、とても頼りになるおじさまである。
そのおじさまは、右手に小柄な人影をぶら下げていた。
《放せ! 放せよ、このやろー!》
首根っこを掴まれているのに大変元気な念話を飛ばす、緑色の髪の少年──の姿をした何か。
シルクが呆れたように溜息をついた。
《風精霊じゃない。自由を司る風の化身が、どうして自爆テロの見張りなんてつまらない事してるのよ》
《なんだとー!》
少年の姿の風精霊が髪を逆立てる。
何となくネコっぽい。
「その辺りの事情は、うちに帰ってから聞きましょうか」
私が言うと、風精霊は小馬鹿にしたような顔でこちらを見上げて来た。
《へんっ。何されたって何も教えないぞ。俺には契約があるからな》
「ああ、契約魔法で縛られているのですね。自己申告ありがとうございます」
《なっ》
それなら、尋問しようと口を割らないだろう。契約魔法は非常に強力だ。
だが、それならそれで、出来る事はある。
「では、貴方はここで解放しましょう」
《へ?》
「ただし、貴方の契約主への報告内容についてはこちらで指定させていただきます」
私がにっこりと笑みを浮かべると、風精霊は顔を引きつらせた。
「契約魔法の二重掛け。確か、最初の契約内容に抵触しない範囲でなら、可能でしたよね?」
《そうね》
「それが妥当でしょうなあ」
シルクとエドガーが頷く。
契約魔法は多重掛けが可能だ。
それぞれの契約内容が矛盾しないこと、被らないこと、最初の契約魔法より強い魔力で魔法を行使することなど細かい条件があり、一般にはあまり知られていないが。
《お、俺は『ちゃんと見届けて来るように』って言われてるんだぞ! 嘘は吐けないからな!》
「ああ、なるほど。それなら大丈夫ですよ」
焦る風精霊に、私は頷いた。
「貴方には、『これから見るもの』だけを報告していただきます。『見届けろ』とは言われていても、『経緯を細大漏らさず全て報告しろ』とは言われていないでしょう?」
嘘を吐けなくても、都合の悪いことを『黙ったままでいる』ことは出来るだろう。
私が指摘すると、風精霊はぽかんと口を開け──心底呆れたような顔でこちらを見た。
《……お前、とんだ極悪人だな》
「あら、他人に自爆テロを強要し、自由を愛する風精霊を契約魔法で縛り付けて使役している貴方の雇い主よりマシだと思いますが」
──正直、腹に据えかねているのだ。
今回のユーフェミアからの招待は、そもそも理由がはっきりしていなかった。
個人的に相談したい事でもあるのかと思っていたら、待っていたのはユーフェミアと良く似た面差しのケヴィンと、どこか煮え切らない態度のユーフェミア。
帰りに遭遇したのは、明らかに彼ら自身の意志ではない自爆テロ未遂の男たち。
見張りの風精霊は、契約魔法で行動を縛られている。
全てが一つに繋がっている感覚。
その一方で、私たちに害意を向けて来た相手の正体は判然としない。
(このまま受け身でいたら…私だけじゃない。マーカスも、シルクも、シフォンも、ユーフェミアやケヴィンも、父上も母上も、下手をしたらアンガーミュラー領の領民たちも、危険に晒される)
王宮でも、小さな嫌がらせのような出来事は多々あった。
だが、今回のこれは次元が違う。
もはや品行方正でなど居られない。
使えるものは全て使い、相手の尻尾を掴んで引きずり出してやろうではないか。
「それでは、まず──盛大に爆発していただきましょうか」
そして──
アンガーミュラー領の湿地帯に、黒煙が上がった。