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11.5 【メイド視点】アンガーミュラー家のお嬢様

 私の仕える家のご令嬢、クリスティン・アンガーミュラー様が、4年と7ヶ月振りにお屋敷に帰って来てから2日。

 帰還予告が届いてからずっと慌ただしかった屋敷の中は、ようやく落ち着きを取り戻し始めていた。


 と言っても、昨年4月に雇われたばかりの新人メイドである私の仕事は、そもそもその慌ただしさとは無縁だ。


 勤務日には、使用人たちの居住区の廊下に出されているシーツを回収し、洗濯部屋に放り込んで、共用区画の廊下や階段、使われていない客間を隅から隅まで掃除する。

 ご当主様やご家族がお使いになっている区画のお掃除や、給仕などは、ベテランの先輩メイドや先輩使用人の仕事だ。

 時々『お手伝い要員』として呼ばれ、仕事を教えてもらいながら部屋の様子を見る機会はあるが、実際にそちらを担当するのはずっと先。


 …そもそも私、お貴族様の前で緊張せずに完璧に仕事をこなせる自信、無いもの。


 私は平民出身だ。

 礼儀作法や言葉遣いは、このお屋敷に雇われてから教わって、まだまだ勉強中。

 最近は『所作がきれいになった』とか、『敬語が自然に出てくるようになったね』とか褒められることも多くなってきたけど、ちょっと油断するとすぐに素が出てしまう。


(もっと頑張らなきゃ…)


 つい先日、帰って来たクリスティン様のバックパックを受け取った際に、思わず敬語が抜けてしまったのを思い出す。

 重い、と驚く私を、クリスティン様は全く咎める事は無かった。


 ──『ああ、すみません。色々と詰め込んでいますので』。


 申し訳なさそうに謝られてしまい、どうしたら良いのか分からなくなってしまった。

 すぐに先輩が助けてくれたけど、ああいう時、どんなに重くても涼しい顔で持って行けるのがプロのメイドだと思う。


 …ご当主様方みたいに、鍛錬とかした方が良いのかな…。


 早朝、まだ日が昇る前の薄暗い廊下を歩きながら、私は少し考える。

 アンガーミュラー家の方々は、全員、毎朝中庭で鍛錬を行っている。

 ご当主様は幅広の大きな木剣──大掃除の時に私じゃ全然持ち上がらなくて驚いたが、何と中に鉄板が仕込まれているのだという──、マーカス様は細身の双剣。

 私はまだ見た事が無いが、奥様はもっと別の武器を扱うらしい。


「…そういえば、クリスティン様は何か武器を使うのかな…?」


 小さく首を傾げながら突き当たりの扉を開け、中庭に出ると、


「あら、おはようございます」

「……へ?」


 身長高めのキレイな女の人が、とても楽しそうに中庭の除雪をしていた。


 数秒遅れて、その人が誰なのか気付く。



「──く、クリスティン様!?」



 ちょっと待って。


 貴族のお嬢様とは、髪を後ろで大雑把に束ね、薄手のセーターにズボンにブーツという格好で、自分の家の中庭の除雪をするものなんだろうか。

 見た限り、既に半分ほど終わっているが、一体いつからやっているのか。

 あと、その細腕を添えているちりとりの化け物のような大きい除雪道具は、雪が入ると重すぎてとても女性では扱えないから、力自慢の男性使用人だけが使っているのだが──うわ、軽々とてんこ盛りにして向こうまで持って行ってる。


「貴女は確か、一昨日、私のバックパックを持って行ってくださった方ですね?」


 さらりと向こう側に雪山を築いたクリスティン様は、片手で除雪道具を持ち上げ、軽い足取りでこちらに戻って来て首を傾げた。


「へ? は、はい!」


 顔を合わせたのは一瞬だったのに、クリスティン様は覚えていてくれたらしい。


 除雪の豪快さに対する驚きと、顔を覚えられていた事への嬉しさが同時に渦巻いて、頭の中がぐるぐるする。


「そうそう、お名前を伺ってもよろしいですか?」


 こちらの動揺をよそに、クリスティン様は小首を傾げた。


 なんてこった。

 そういえば私、クリスティン様にちゃんと名乗ってなかった。


「申し訳ありません! 昨年の春からメイドとして働かせていただいております、シエラと申します!」


 精一杯背筋を伸ばしてから、深々と頭を下げる。咄嗟に良くできた、私。


 私が名乗ると、クリスティン様は嬉しそうに顔をほころばせた。


「シエラ、ですね。では私からも改めて。アンガーミュラー家当主ハロルド・アンガーミュラーの娘、クリスティン・アンガーミュラーです。よろしくお願いしますね」


 とても優雅な所作で、クリスティン様が一礼する。

 でも真面目だったのはそこまで。軽く腰を折ったまま、ちらりとこちらを見上げて軽く片目をつぶる動作に、私は心臓を射抜かれた。


 クリスティン様が貴族然とした格好じゃなくて良かった。

 これがドレス姿だったら、多分私、この場で気絶する。


 私は人でも物でも、キラキラしたものが大好きだ。

 メイドになったのも、キラキラしたものを近くで見たい、出来るならキラキラになる手伝いがしたいと思ったからだ。

 …動機が不純なのは認める。


「シエラ…シエラ……。もしかして、冒険者ギルドのケイトの妹さんですか?」


 私がちょっと(よこしま)な事を考えている間に、クリスティン様が驚きの発言をした。


「姉をご存知なんですか!?」

「ええ、冒険者ギルドの皆さんとは以前から親交がありますから。ケイトが新人の頃からよく知っていますよ」


 そんな事は初耳だ。

 でもそういえば、姉はクリスティン様やアンガーミュラー家の方々の事を度々絶賛していた気がする。

 …てっきり上司の受け売りだと思ってたけど、直接関わりがあったんだ…。


「クリスティン!?」


 思考を飛ばしていると、背後で扉が開き、このお屋敷で一番偉い人の声が響いた。


「ご、ご当主様!」


 私は飛び上がって振り向いたが、隣のクリスティン様は優雅な動作でハロルド様に顔を向ける。

 これがお貴族様と平民の違いってやつだろうか。


「あら父上、おはようございます」

「ああおはよう。──ではなく」


 ハロルド様がカツカツと足音を立ててこちらにやって来る。

 私は慌てて2歩下がり、クリスティン様の斜め後ろに控えた。


 控えてから気付く。そのまま一礼して立ち去っても良かったんじゃ…。


「クリスティン、こんな朝早くから何をしているのだ?」


 時すでに遅し。ハロルド様が怖い顔でクリスティン様に問い掛ける。

 クリスティン様は軽く首を傾げ、平然と答えた。


「何、と言われましても。見ての通り、中庭の雪かきを少々」


 手には巨大なちりとりもどき。確かに雪かき作業中にしか見えない。

 ハロルド様が深々と溜息をついた。


「5日間休暇だ、仕事をするな、と言わなかったか?」

「あら、雪かきは仕事ではありませんよ、父上」


 クリスティン様はとてもイイ笑顔で答えた。



「鍛錬です」



 たんれん。


 雪かきと結びつかない。私が呆然としていると、ハロルド様も眉を顰めた。


「鍛錬…?」

「ええ。雪かきには全身の力を使うでしょう? 今まで王都に居ましたから、雪かきのような負荷の大きな全身運動をする暇が無くて…。どうせこれから普通に鍛錬しますし、ついでに雪かきで準備運動でもしようかと」


 雪かきという超重労働が、クリスティン様の中では『準備運動』に分類されるらしい。そんな馬鹿な。



「なるほど。確かに、準備運動には丁度良いな」


(え)


 誰が聞いても『苦しい言い訳』にしか聞こえないクリスティン様の言葉に、ハロルド様は深く頷き、納得の表情を見せた。


 待って。貴族の基準って、そんな感じなの?

 それとも、私が重労働だって思ってるだけで、雪かきって実は大した事無いの?


 混乱している間に、ハロルド様は思わぬ行動に出た。


「ならば、私もやるとしよう。クリスティン、その道具はどこにある?」

「あちらの倉庫にまとめて置いてあります。父上なら、一番大きいのが使えるかも知れませんね」

「うむ、やってみるか」


 腕まくりしたアンガーミュラー家のご当主が、嬉々として倉庫に向かう。

 それを見送ったクリスティン様は、笑顔で私に振り向いた。


「それではシエラ、お仕事、程々に頑張ってくださいね」

「は、はい!」


 程々にって何だろう。


 疑問が頭を掠めるが、その頃にはもう、クリスティン様は除雪道具を手に中庭に戻っていた。




 ──その後。


「あの…先輩」

「何だ、どうしたシエラ」

「雪かきって、貴族の方には大した労働じゃないんですかね…?」

「は?」

「あの、クリスティン様が、雪かきは鍛錬に丁度良いって…」


「ああ……。えっとな、シエラ。あの人たちを貴族の標準だと思わない方が良いぞ。特にクリスティン様は」


「…先輩、何でそんな遠い目してるんですか…」

「…お前もそのうち分かるさ…」



 とりあえず、私のお仕えする家のお嬢様は、色々とおかしいらしい。




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