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スーパー派遣令嬢は王宮を見限ったようです ~無能上司に『お前はもう不要だ』と言われたので、私は故郷に帰ります~  作者: 晩夏ノ空
その他SS

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【『丸耳エルフとねこドラゴン』完結記念SS】エルフとの邂逅

拙作『丸耳エルフとねこドラゴン』の完結記念SSです。

何で別作品にわざわざ…と思われるかもしれませんが、ご一読いただければわかるかと…。


 毛足の短いカーペットの上を、小さな足音を立てて歩く。

 今日は来客があるから、少しだけきちんとした服装、ヒールのある靴だ。


 ──『彼ら』だけならそんな配慮は必要ないが、彼らが連れて来る人たちのことを考えると、少しだけ背筋を伸ばさざるを得ない。


「お待たせして申し訳ありません」


 ノックをし、返事を待って応接室の扉を開けると、客人たちは目を見開いてこちらを見ていた。

 その両隣に座る彼ら──ラフェットとレオンは、苦笑している。


 私はゆっくりとした動作で一礼した。


「アンガーミュラー家次期領主、クリスティン・アンガーミュラーと申します。どうか、『クリス』とお呼びください」


 にこりと微笑むと、ラフェットとレオンに挟まれた男女が弾かれたように立ち上がる。


「わ、私はエルフの里のアイビーと申します!」

「同じく、ビオラです! お会いできて光栄です、えっと…クリス様!」


 緊張でガチガチに固まっている2人に、ラフェットが噴き出した。


「そんなに硬くならなくて大丈夫よ。彼女は貴族だけど、マナーにはうるさくないし──ねえクリス?」

「ええまあ。マナーなんて面倒だと思うことは多々ありますね」

「えっ」


 正直に述べたら、エルフの2人はおかしな顔で固まった。



 ──エルフ。そう、エルフだ。


 旅人として各地を巡っているエルフが居るのは把握している。

 だが、彼らは『エルフの里』から来た客人。


 ラフェットとレオンに聞いた時はまさかと思ったが──この国の中、しかもアンガーミュラー領から程近い場所に、エルフの集落があったのだ。


 恐らく、この国の誰も把握していない。昔は知られていたかもしれないが──今は多分、誰も。



(…うちの家族もすごい顔してたし…)



 一瞬遠くに行きかけた思考を引き戻し、アイビーとビオラにも座ってもらって早速状況確認に移る。


「事件の概要はラフェットとレオンから聞いています。人身売買組織がエルフの里を襲い、子どもたちとビオラさんを攫ったと。その後、ラフェットとレオンの妹弟子の──」

「イリスね。あと相棒のラズライトと、伝令カラスのノラとネロ」

「──彼らが拠点に襲撃を掛け、ビオラさんたちを救出。人攫いたちは捕縛されたけれど、エルフは国民として認識されていないためそのままでは罪に問えないことが分かり、我が家に相談を持ち掛けた──この認識で合っていますか?」

「は、はい」


 ビオラが緊張した顔で頷く。


 捕縛された人攫いたちは、ここから一番近い街の地下牢に収監されている。


 数日前、伝令カラスのノラが『牢屋使わせてくれよなー』とやって来た時は何事かと思ったが、その後ラフェットとレオンから話を聞いて納得した。


 これは、下手な相手には相談できない。



 ──エルフははるか昔、その容姿の美しさから人狩りに遭った。


 たまに街でエルフの吟遊詩人や旅人に会うことはあるが、彼らはその人狩りの被害を免れた、所謂生き残りだと思われている。


 実は今もちゃんと集落があり、エルフたちは平和に暮らしている──それがおかしな形で知られたら、混乱は必至。


 囲い込もうとする貴族は確実に居るだろうし、下手をしたら人狩りの再来だ。

 それは何としても避けたい。


「ラフェット、人身売買組織の裏付けは取れていますか?」

「いいえ、これからよ。多分、温泉街マイロの違法魔物取引業者とも繋がりがあるんじゃないかとは思ってるんだけど…根が深そうなのよね」


 そうなると、今回の件を槍玉に挙げて犯人を処罰するだけでは不十分だ。

 既に情報は出回っていると思った方が良い。

 現状のままでは、恐らくまたエルフの里が襲撃されるだろう。


 私がそう説明すると、アイビーとビオラが青くなった。


「そんな…!」


 一方ラフェットは、じっとこちらを見てにやりと笑う。


「…そんなこと言って、実はもう解決策は考えているんでしょう?」

「バレましたか」

「当然だ」


 レオンも余裕の表情で口の端を上げる。


 場の雰囲気が和らぎ、ビオラたちが呆然と首を傾げた。


「──とはいえ、これには少々裏技が必要ですが…」


 私はテーブルの上に地図を広げた。


「エルフの里は、具体的にはどの辺りにありますか?」

「ええと…」

「──ここね。この森の奥…多分、中央付近にあると思うわ」


 近隣の地図など初めて見たのだろう。戸惑うビオラとアイビーの横から、ラフェットが地図上の1点を指差した。


 概ね予想通りの位置だ。


 私は頷き、その少し北側の点線を指でなぞる。


「アンガーミュラー領の領境界は、この線です。エルフの里は、ぎりぎりアンガーミュラー領の外──南側の領地に位置しています」


 普通なら、集落はその立地する領地に帰属する。

 つまり、アンガーミュラー領の南の領地が、エルフの里を保有することになる。


 が。



「──南の領地は、先の王宮の大規模汚職事件で処罰対象となった貴族が治める土地です。ちょっと()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことにしてしまいましょう」



『…え』



 ラフェットたちはぽかんと口を開け──最初に破顔したのはラフェットだった。


「──なるほどね! この森が半年前時点でアンガーミュラー領になっていれば、今回の件は領内での犯罪行為として処罰できるって算段ね」


「ええ。半年前に領地を割譲された後エルフの里の存在を知り、密かに交流を持つようになった、ということにすれば、誘拐事件が起きた時点でエルフの里の皆さんは『アンガーミュラー領の領民』という扱いになっています。土地の割譲については、実際半年前にそういう打診があったので『やっぱり受けます』と言えば済む話です。それほど難しくはないでしょう」


 南の領地を治めていた貴族は罪が多岐にわたり、諸々を積み重ねた結果、家そのものに対しても領地縮小と爵位の降格の処分が下った。


 しかし犯罪者が治めていた土地など、誰も欲しがらない。領地を縮小すると言っても、取り上げた土地の管理者が見付からない。


 結果、困り果てた王宮からアンガーミュラー領への割譲の打診があったのだ。


 その時は断ったが、今は事情が違う。

 しかも要求するのは、一見耕作地にも適さない樹海だけだ。


 半年前の日付でという条件が付くと少々手続きが煩雑になるが不可能ではないし、私たちにとってもメリットが大きい。


「メリット、ですか?」


 首を傾げるビオラに、私はにっこりと笑みを浮かべる。


 …そこで怯えた顔をしないで欲しい。


「エルフは、弓や魔法に長けた種族と聞いています。──今回の件で人攫いたちをきちんと処罰し、今後あなた方の里に危害が加えられないよう根回しをする代わりに、年に1度、()()()()()()に助力をお願いできませんか?」


「助力…?」

「ああ、なるほど。アレね」


 アンガーミュラー領で年に1度行われる『祓いの儀』。

 これから数年、その規模は大きくなると予想されている。

 一応王都の暗殺者ギルドを丸ごとスカウトして連れて来たり、冒険者たちに声を掛けたりして戦力を募っているが──遠距離攻撃で片が付けられるならそれに越したことはない。


 エルフが協力してくれるなら、政治的にも治安的にも、いくらでもエルフの里を守ろう。


 それに、


「それからもう一つ。エルフの里の周囲には、珍しい植物や素材があるかも知れません。私の弟とその助手に、森の探索を許可していただけませんか?」

「森の探索、ですか?」

「ええ。弟は魔法道具の技術者でして、いつも新素材を探しているのです。この辺りは湿原ばかりで、まともな森が無いでしょう? 樹海で素材を探せるのなら、大変有難いのですよ」


 マーカスは相変わらず魔法道具に傾倒しているが、リサが助手になって研究がやたら(はかど)ってしまった結果、最近マンネリ化しているらしい。


 ここらで新しい素材が欲しい…と、ゾンビのような顔で呟いていた。


 彼らの技術革新は、領地の発展にも繋がる。エルフの里周辺の樹海はヒューマンに踏み荒らされていないだろうし、新しいフィールドとしてとても価値が高い。


 ビオラとアイビーは今一ピンと来ていないようだが…そこに住んでいる者がその土地の価値を理解していないのはよくある話だ。


 いかがですか?と話を振ると、ビオラとアイビーは顔を見合わせて、小さく頷き合った。


「…お話は分かりました。その、私たちだけでは判断がつかないので、その件は里に持ち帰って、長老に相談しても良いでしょうか?」

「ええ、勿論です。良いお返事を期待していますよ」


 私はにっこりと頷き、別の書類の束を手に取る。


「──それでは改めて、エルフの子どもたちとビオラさんの誘拐事件の調書を作りましょうか」

「えっ?」


 きょとんとした顔をされてしまった。

 私も首を傾げる。


「元々、犯罪行為を訴えるつもりで来たのでしょう? 今のお話は、あくまでも今後のためのアンガーミュラー家からエルフの里へのご提案です。犯罪者を訴えるなら、それとは別にこういう書類を作っておく必要があるのですよ」


 説明したら、ビオラとアイビーは青くなった。


 …気持ちは分かる。

 こういう時、行政機関というのはとても面倒臭いのだ。


「書類は私が書きますから大丈夫ですよ。──そういうわけで、ビオラさん、事の経緯を貴女の見た通りに話していただけますか?」

「は、はい…」


 ビオラが若干引き攣った顔で頷いた。





 ──アンガーミュラー領には、エルフが住んでいる。



 そんな噂が立つのは、それから暫く後のことである。






相変わらずのクリスティン無双。

元気そうで何よりです。


なお、時系列的にはアフターストーリー終了後、おまけ小話おまけ⑯【ジャスティーン(母)視点】ヴィクトリアの挨拶(2) の直後あたりになります。

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