おまけ⑯【ジャスティーン(母)視点】ヴィクトリアの挨拶(2)
応接室へ移動し、紅茶を飲んで一息つく。
おおよそ10年振りに会うヴィクトリアは、随分と逞しくなっていた。
自然とそうなったのではなく、明らかに意図して鍛えた筋肉の付き方だ。
ハロルド様が教えた古武術は筋力に物を言わせるような格闘術ではないから、少し意外な気がした。
「かなり鍛えたな」
ハロルド様も同じことを思ったらしい。
指摘されたヴィクトリアは、苦笑しながら肩を竦めた。
「冒険者ギルドだと見た目で舐められる事が多くて、仕方無くね」
「回復術師なのにか?」
「回復術師だから、かしら。治癒室には錯乱してる冒険者も来るから、見た目で威圧できる方が便利なの。すぐ大人しくなるから」
冒険者ギルドも大変らしい。
けど、とヴィクトリアは続けた。
「クリスを見てたら、別に無理して鍛えることなかったんじゃないかと思ったわ」
「クリスが何かしたのですか?」
メランジでどんな仕事をしていたのか、クリスティンはあまり話してくれない。
ギルドの守秘義務があるからと言っていたが、単に話したくないだけだと思う。
私が訊ねると、ヴィクトリアは遠い目になった。
「…怪我人の付き添いで来た屈強な冒険者の腕を、イイ笑顔で捻り上げたりとか…」
「…姉上…」
マーカスが何とも言えない顔で呻いた。
「まああれは、そいつが騒いで治療の邪魔だったからなんだけど」
その騒ぎは冒険者たちの集まるホールまで筒抜けで、以後、クリスティンを侮る冒険者は格段に減ったらしい。
他にも、ギルドで酒盛りを始めたギルド長たちを片っ端から酔い潰したり、街で起きた誘拐事件の解決に一役買ったり、諸々の制度を改正したり。
ヴィクトリアの口から語られるクリスティンの『活躍』に、私は少々頭痛を覚えた。
…分かってはいたけれど…うちの娘はちょっと行動力があり過ぎる。
その最たる例が、眼の前に居るヴィクトリアとの婚約だ。
貴族に限らず、我が国では女性から結婚を迫ることは殆ど無い。
ヴィクトリアは女性なので私から踏み込むのが筋だと思いました、とクリスティンは言っていたが…それが実行できるかどうかは別問題だろう。
それを考えると、ヴィクトリアがお相手になってくれるのは僥倖と言うよりほかない。
──先程のやり取りを見て分かった。
クリスティンを止められるのは、ヴィクトリアくらいだ。
そうして暫く談笑していると、クリスティンがやって来た。
「お待たせしました」
「!」
振り返ったヴィクトリアがガタンと音を立てて立ち上がる。
静かに扉を閉めたクリスティンは、ヴィクトリアを見上げて首を傾げた。
「ヴィクトリア、どうかしましたか?」
「どうって…」
目が泳いでいる。
クリスティンの好みに合わせてリボンや大振りのレースを避け、露出を少なく上品にまとめたドレス。
色はラベンダーと深い青を基調としている。職人たちがヴィクトリアの髪と目の色を意識した結果だろう。
髪はやや緩めに結い上げただけで、宝飾品は控えめだが、驚くほど似合っている。
「…すごく似合ってるわ、クリス」
「ありがとうございます、ヴィクトリア」
クリスティンが微笑んだ。
アンガーミュラー家の正装もクリスティンの精悍な雰囲気を際立たせて良いのだが、ドレス姿は別格だ。
…普段からこういう衣装を着ていれば、殿方に不必要に恐れられることも無いと思うのだけれど…そう言っても『甘く見られる方が面倒ですから』と流されるだろう。
我が娘ながら、なかなか頑固なのだ。
「では、改めまして」
クリスティンがヴィクトリアの隣に座ると、ハロルド様も私もマーカスも、自然と姿勢を正した。
二人が視線を交わし、頷き合う。
通じ合っている様子に、私は内心で微笑んだ。
「…この度は、私、ヴィクトリアと、クリスティン・アンガーミュラー嬢の婚姻の許可をいただきたく、馳せ参じました」
「…うむ」
ヴィクトリアが畏まった口調で言うのに合わせ、ハロルド様も厳しい顔で頷く。
けれど、貴族らしい口上はそこまでだった。
フッとヴィクトリアの表情が和らぎ、優しい笑みになる。
「…アタシをアタシとして受け入れてくれたアンガーミュラー家のみんなには、本当に本当に感謝してるの。クリスのことも家族のことも領民たちのことも、全力で大事にするわ。だからどうか、アタシがクリスの隣に居ることを、許して欲しい」
お願いします、と頭を下げる姿は、真剣そのもの。
初めて見るヴィクトリアの姿に、マーカスが息を呑んでいる。シルクもシフォンも、目を見張っていた。
数秒の沈黙を破り、ハロルド様がゆっくりと口を開く。
「…一つ、約束して欲しい」
「はい」
顔を上げたヴィクトリアに、ハロルド様は厳しい表情のまま告げた。
「──クリスティンや家族や領民たちだけでなく、自分自身のことも大切にしなさい。滅私奉公など必要無い。他者も自身も、等しく大事なのだと覚えておくこと。良いな?」
その言葉に、ヴィクトリアは目を見開いた。
王族、それも王位継承権第一位だったヴィクトリアは、他人のために自己を削ることが当然だと教えられて育ってきた。
その価値観は、王族籍を抜けた今でも持ち続けているだろう。先程の言動からよく分かる。
けれどアンガーミュラー家の一員となる以上、それではいけない。
当主に一番近い立ち位置になるからこそ、当主を支える者だからこそ、自身を犠牲にしてはいけないのだ。
──私がこの家に嫁いで来た時、お義母さまから最初に教わったのがそれだった。
ハロルド様も隣で聞いていたから、その言葉を覚えていたのだろう。
懐かしく思っていると、ヴィクトリアが真剣な表情で頭を下げた。
「──肝に銘じます」
「うむ。…まあ、小言はこれくらいにして、な」
ハロルド様がコホンと咳払いし、笑みを浮かべた。
「とにかく、歓迎しよう。──アンガーミュラー家によく来てくれた、ヴィクトリア」
「──ありがとうございます」
「ありがとうございます、父上」
ヴィクトリアとクリスティンが嬉しそうに微笑む。
その表情がそっくりだった。
夫婦は似ると言うが、婚姻前でも適用されるらしい。
私やマーカス、シルクとシフォンも次々と祝福する。
場が和んだところで、クリスティンがわざとらしく意外そうな表情を作った。
「それにしても父上、例の台詞は言わないのですね」
「例の台詞?」
「確か、『娘と結婚したければ、私を倒してからにしろ』でしたか」
「ゴフッ」
ハロルド様が紅茶を吹いた。
あら、とヴィクトリアが片眉を上げる。
「そういえばそうね。そう言われるかと思って、用意してきたんだけど」
ポケットから、甲に金属板がついた先割れグローブを取り出す。
「私もです」
続いてクリスティンがテーブルの上に置いたのは、金属の環が連なった形の──手に握り込んで使う、所謂ナックルダスター。
どう見ても全力で倒す気満々な装備に、ハロルド様が顔を引き攣らせた。
「お前たち、親を何だと思ってるんだ」
『超えるべきもの』
見事に声が揃った。
「…ヴィクトリア、クリス…」
…そんなところまで似なくていいのですよ、2人とも。




