おまけ⑬【マーカス視点】姉の婚約
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アフターストーリー終了直後、マーカス(主人公の弟)視点のお話です。
「ただいま帰りました」
「お帰りなさい、姉上」
秋風の吹き始める頃、南の街に行っていた姉とマダム・シルクがアンガーミュラー領に帰って来た。
荷物をメイドに預けた姉は、玄関ホールを見渡して首を傾げる。
「父上と母上はどちらに?」
「リビングですよ。俺は小用で席を外していただけです」
姉がきょろきょろと周囲を見渡す。
珍しく落ち着きが無いが──仕方ないか。
「──例の件、どこまで伝わっていますか?」
具体的に言われなくても、それが何を指すのかはすぐに分かった。
「ああ、ヴィクトリアとの件ですね。シフォンから、俺と母上、それから執事には伝わっています。父上には伝えていません。シルクの要望でしたからね」
《ありがと。完璧ね》
シルクが満足そうに伸びをする。
──シルクとシフォンの『ホット・ライン』で、衝撃の知らせが届いたのは3日前のこと。
その時俺の部屋の窓際のクッションでくつろいでいたシフォンは、驚きのあまりクッションごと床に落ちた。
…そりゃあそうだろう。
姉とあのヴィクトリアがくっついた。まさに青天の霹靂だ。
シフォンはすぐに俺の父に伝えに行こうとしたのだが、シルクに止められた。
曰く、『折角だから、『外に出ていた子どもが帰って来たと思ったら突然婚約者を紹介される父親』の気分でも味わってもらいましょ』との事だ。
口の堅い人間には話しても良いと言われたので、シフォンは俺と母と執事に伝えた。
母はシルクの口止め理由を聞いて、『それは私たちと先代の事ですね』と苦笑していた。
父は昔、家出して王都を訪れた際に母と出会い、母の実家に了承を取って、こちらの家には何も伝えないまま婚約者として連れ帰ったらしい。
両親の馴れ初めが家出とは。
道理で、父が母と出会った頃の事を頑なに話さないわけだ。
シルクがどうして知っているのか分からないが、ある種の意趣返しとも言える。
「姉上、シルク、父上と母上がお待ちです。行きましょう」
「ええ」
《分かったわ》
連れ立ってリビングに移動すると、姉が扉をくぐった瞬間、父がすごい勢いで立ち上がった。
メイドも執事もリビングには居ないので、動作が完全に素の状態になっている。
「クリスティン! 帰ったか!」
「ただいま戻りました。父上、母上、シフォン」
「お帰りなさい、クリス」
《おかえりなさい、クリス様》
にこやかな母とシフォンの横、父の目が輝いている。
父は自他共に認める子煩悩なのだ。
…この後伝えられる『例の件』の反応がどうなるか…見たいような見たくないような。
「父上、ヴィクトリアから手紙を預かって来ました」
姉が薄紫色の封筒を差し出した。
もしかして、ヴィクトリア直筆の手紙で例の件を伝える気なのだろうか。
父が素直にそれを受け取り、首を傾げる。
「私宛てとは、珍しいな」
「重要な事が書かれていると思いますので、書斎で確認してください」
「そうか、分かった」
父はそのままリビングを出る。姉の言葉に従って、書斎に向かったのだろう。
「さて──」
こちらに振り向いた姉が何か言うより先に、母が口を開く。
「クリス、婚約おめでとう」
「婚約おめでとうございます、姉上」
《本当におめでとうございます、クリス様》
「ありがとうございます、母上、マーカス、シフォン」
俺とシフォンも続いて言祝ぐと、姉は花がほころぶように微笑んだ。
今まで見た事の無い表情だ。
「…と言っても、まだ当人同士の約束があるだけで、正式なものではありませんが…」
ぼそりと付け足す。表情で照れているのがバレバレだ。
姉の初恋が『ヴィクトル殿下』だったのは、家族全員が知っている。
他人には『何考えてるのか分からない』と言われる姉だが、身内にとっては結構分かりやすいのだ。
そんな姉は、『ヴィクトル殿下』が『ヴィクトリア』になると恋心を押し殺し、親友としてヴィクトリアが安心して生活できるよう全力を注いでいた。
正直、傍から見て大変じれったいと言うか、歯痒かった。
今回──俺たち家族にとって予想外の方向ではあるが、こうして姉とヴィクトリアが寄り添うことになったのはとても嬉しい。
「心配することはありませんよ、クリス」
母が涼しい顔で言う。
「ハロルド様も貴女の結婚について随分と気を揉んでいましたから。相手が見付かったと聞いて、それに反対するほど狭量ではありません」
「そういうものですか?」
「もし反対するようなら、私が説得しましょう」
母が意味あり気に微笑んだところで、バン!と音を立てて扉が開いた。
「クリース!!」
「父上、扉を閉めてください」
姉が冷静に突っ込んだ。
折角人払いしているのに、扉が開いていては意味が無い。
父は素直に扉を閉め、振り向くと再び先程の表情になった。
「これは一体どういうことだ!?」
「どう、とは?」
「ヴィクトリアが、お前と結婚するから、と!」
封筒と同じ薄紫色の便箋をテーブルに投げ出し、父が吠える。
「もう『お義父様』とか書いてあるんだぞ! 早過ぎるだろう!!」
…いや、突っ込むところはそこなのか。
母が頬に手を当てて苦笑する。
「あらあら。確かに気が早いですが…仕方ないですね」
「俺もそう思います」
《そうですね》
《まあ当然でしょ》
「なに!?」
父は俺たちを順に見渡し、ハッと表情を変えた。
「その反応…まさかお前たち、知ってたな!?」
『はい』
俺と母が頷く横で、シルクがあっさり告げる。
《数日前、シフォンに『ホット・ライン』で知らせた時に私が口止めしたのよ》
「何でだ! 嫌がらせか!?」
詰め寄る父は大変迫力がある。
が、シルクは涼しい表情のまま、すうっと目を細めた。
《そうね、嫌がらせね。──でも、家出した後にいきなり嫁を連れて帰って来るよりマシだと思わない? クリスは別に予告無く本人を連れて来たわけでもないし》
「!!」
父がビクッと肩を揺らして硬直した。
数秒後、恐る恐るといった動きで平然としている俺と姉を見る。
母が笑顔で頷いた。
「もう知られているようですよ、ハロルド様」
「うぐう……」
多分、父としては絶対に子どもに知られたくない『黒歴史』だったのだろう。
がっくりと項垂れる父に、シルクが容赦無く追撃する。
《若気の至りだったんでしょうけど、少しは自分の行いを反省なさい》
「…………ハイ」
…どうしてだろう、シルクが父より年上に見える。
「父上、了承してはいただけないのですか?」
確かに、『どういうことだ』とは言われたが、父は了承の言葉をはっきりとは口にしていない。
若干不安そうな姉に対し、父は大きく首を横に振った。
「いや。性格、能力、お前との関係性に相性。どこを取っても非の打ち所がない」
「では…?」
父は大仰な素振りで、大変悔しそうに言う。
「──だから困るんだ! 一度で良いから『娘が欲しくば私を倒してからにしろ』とか言ってみたかったのに!!」
『………は?』
…えーと、どういうことだ?
ぽかんと口を開ける家族をよそに、父は姉を振り返り、
「クリスティン。例えば私がヴィクトリアに対してそういう事を言ったら、お前絶対参戦して来るだろう?」
「ええ。間違い無くヴィクトリアと組んで父上と拳で語り合う方を選ぶでしょうね」
「だろう!?」
姉の即答する内容も内容だが、父は我が意を得たりと頷いた。
「そんなの絶対勝てないじゃないか! あのヴィクトリアとクリスティンに組まれるとか冗談じゃない!」
「じゃあ拳で語り合わなくても良いじゃないですか。何が問題なんですか。…と言うか父上、『娘が欲しくば私を倒してからにしろ』ということは、『父』が倒されないと『娘』は結婚できないということになりますが?」
ただの願望とはいえ、娘の結婚を切望する父親が、積極的に妨害してどうするのだ。
俺が突っ込むと、父は数秒固まり、視線を斜め上に彷徨わせ──
「………はっ!?」
ようやく我に返った。
「…では父上、私とヴィクトリアの件、家長として承認をいただけますか?」
「……うむ。婚約おめでとう、クリスティン」
「ありがとうございます、父上」
嬉しそうに微笑む姉に、父は何だかとても悔しそうな顔をしていた。
──こうして、姉の婚約はアンガーミュラー家当主に承認された。
その後──
「…後で先代の墓前に謝罪に行くか…」
「ハロルド様、私も同行いたしますわ」
「………うん、そうだな………」
そんな会話が父と母の間で繰り広げられていたらしいが、それは俺たちの知るところではない。
(↓以下ほぼ私信)
新たにレビューを書いてくださったお二方、ありがとうございます!
おまけ小話のネタはなかなか難しいところではありますが(笑)、ちょっと考えてみますね。
書けない(もしくはあえて書かないという判断になる)可能性もありますが、生温かく見守ってくださいませ…。