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とある書き手のエッセイ集

介護医療の苦悩

作者: 空野 奏多

善悪とかの問題ではなく、社会的な問題点を考えています。

また認知症についても触れますが、全てが当てはまるものではないのでその点はご留意下さい。

 先日、とある事件が世間をざわつかせた。



 それは訪問看護の医師が、患者の家族に殺害される事件だ。



 有名なので大抵の方はご存知かと思うが、少しだけ説明しようと思う。


 今回の事件の概要としては、地域医療に貢献していた若い医師が死後24時間経った患者を蘇生できない事に憤慨され、患者の息子に射殺されたというもの。


 訪問看護を知らない方もいるかもしれないが、これはご想像の通り自宅に医師や看護師が赴き医療行為や診察を行うものである。


 何故入院しないのか。

 それは様々な理由があるだろう。


 ひとつには患者本人の意思があるかもしれないし、ひとつには患者の高齢問題がある。入院というのは簡単にできるものではなく、また通常ずっと継続するものでもないのだ。安易にできるものではない。


 しかし歳を取れば、健康でいるのは大変難しい。よって余程のことがなければ、老人ホームへの移動やこういった訪問看護の選択がでてくるのだ。



 さて、そういった前提をご理解頂いた所で。

 今回の事件を少し考えてみたい。



 今回の場合、問題はなんだろうか。

 訪問看護のやり方の問題だろうか?

 それとも、患者家族側の問題だろうか?

 

 今回の事件の被害者である医師は地域医療に力を入れており、関係者からの評価も高い。悪い話が出てこないところからも見れば、特に問題があるようには感じられない。



 対して患者の家族側(犯人)であるが……問題行動はあるとしか言いようがないだろう。



 細かく飛び交う報道などは省くが、少なくとも24時間経過した母親を蘇生させようとするあたりは、まともな精神ではないだろう。


 さらに被害者は殺害された医師だけではなく、同伴していた理学療法士も撃たれている。他にも医療相談員は催涙スプレーをかけられている。


 相手がおそらく無抵抗であったとは言え、3人対1人は通常であれば分が悪い。そこを強行したあたり、計画性があるようにも見受けられる。積年の恨みとも取れそうだ。



 他にも様々な問題行動が報道されているため、精神疾患もあったのかもしれない。



 介護というのは簡単なものではない。患者はかなりの高齢であり、寝たきりだったという話もある。



 また患者の年齢的に、予想できるのは認知症だ。



 認知症を軽くみてはいけない。これはただ、記憶喪失になるなどという、安直なものではないのだ。体は大人のまま、幼児のようになるのだ。


 幼児に手がかかるのは、何をするかわからないからである。無知ゆえに考えられない行動を取る。認知症というのは、それを大人がするのだ。


 しかしそれだけではない。



 認知症の厄介な点は、自我もあれば大人ゆえの力も、体力も、行動力もあるという点だ。



 赤子のように周りにあるものを口に入れる。

 歩けないのを忘れて、立とうとする。

 不快であれば喚き散らし、人に当たる。


 この人に当たる時の認知症の患者は大変恐ろしい。何故なら、相手の痛みなど考えずリミッターが外れているからだ。鍛冶場の馬鹿力で殴るし蹴るし、なんなら噛みちぎろうとする。


 それは介護する方もだが、される側も危険が伴う……けれどもそれを考える頭はもうないのだ。


 しかしそれでも人であるからして、介護はしなければならない。当然、寝食だけが介護ではない。トイレに行くにも何をするにも介助が必要で、その度にリスクが伴う。



 これは介護の現場では日常的な光景であるが、知らぬ者からすれば衝撃であろう。



 とにかく、認知症の患者は理性的な行動は期待できないのだ。汚物を手に取って広げたり、なんでもありだ。普通の人のように寝たきりではいてくれないだろう。


 とはいえこれは重度の場合であるから、軽度であれば会話も問題ない。


 軽度ならば最近の記憶が思い出せない程度で、日常には支障がない場合もある。今回認知症があったとも限らないので、最悪のケースの場合の話で寝たきりなだけだったかもしれない。



 しかしながらどんな理由があろうと。

 人を殺めていい理由には、絶対にならない。

 よって事件だけ考えれば、犯人の問題だ。




 ただ私が個人的に思うのは、この事件を事件だけで考えてはならないという事である。




 まず世間は、認知症や高齢介護への見識が低い。


 ここまで読んだだけでも、その大変さは窺えると思う。ストレスも溜まるだろうが、「家族なんだから」という根本的な日本人の考えが逃げる事を許さないだろう。


 また、介護にかかる経費も当然安くはない。


 介護施設に入れるとなれば、その費用も嵩む。一番金額の安いのは特別養護老人ホームだが、当然入居希望も多く入居待ちが年単位だ。


 となれば、通常の有料老人ホームだが……民間は大抵、安くても20万前後はするだろう。新卒の手取りと同じくらいの金額は、普通に考えて高い。経済的余裕がないと難しい。


 犯人の行動は当然許されるものではないし、素行も良いとは言えなかったかもしれない。しかし1人で介護をするストレスは、短くても半端なものではない事は予想がつく。



 また、介護医療の現場の理解されない難しさも問題である。



 病院の入院であれば、抑制と言って場合によっては手足を固定するなどの対応が取られる。また、興奮抑制のための投薬が行われる場合もある。


 これは先に説明した通り、患者が危険行動を犯す場合があるからである。1人につきっきりで対応(しかもこの場合、1人に1人では大抵足りない)はできないため、患者自体を守るための措置でもある。


 だがこれは、介護の現場においてはほとんどできないのだ。何故なら、介護は医療行為とはほぼ見なされないからである。


 また、家族も事態の重大性を理解していないことが多い。


 今回の件に限っては、自宅介護であるからしてそのような事はない。だが、世間は違うであろう。



 医療従事者は、殴られても、蹴られても、つねられても、噛みつかれても。ほとんどの場合、泣き寝入りするしかないのが現状である。



 これは特に介護施設に多いのだが、患者に何があった時責任の所在は施設側とされる。


 高齢介護の認知症患者の場合、体が弱まっている。打撲や傷は暴行を疑われるため、押さえつけてはならない。しかも骨が弱っているから、ひょんな事ですぐ折れてしまう。


 家族に何かあれば不信感を抱くのは普通とも言えるが、殴る蹴るをされても無抵抗でいるのは大抵の人間には難しい事である。


 けれども、介護の現場ではこれが求められる。


 何をされても、自分が怪我をしても、患者に怪我をさせてはならない。しかも、拘束をしてはならないのである。施設は医療従事者を守ってはくれない。



 介護医療関係者を疲弊させるのは、何も患者だけではない。患者家族の理不尽にも堪えねばならない。



 これは今回の件も同様に当てはまる事であるが、患者は1人では生活できないのだから人命がかかっている。


 そんな中で、「自分の親を一番に行動しろ」だとか、「扱いが不当だ」と言ったような理不尽な家族クレームはよくあるのだ。もはや医療ではないが、この対応も医療従事者が関わったり行う事も少なくない。


 だが医療従事者は、医療従事者だ。

 人間であって、神ではない。


 汚物の処理や理不尽な暴行に遭いながら、この対応までし続けるのはかなり難しい。が、これが現実である。そしてうまく対処しなければ、今回のような事件も起こり得るのだ。



 アメリカでは、訪問看護の付き添いに警備員がつくのが普通だと言う。



 それはここまで目を通して頂けたなら分かると思うが、何をされるか分からないし、医療従事者本人は抵抗ができないからである。さて、日本はどうだろうか。



 今回の事件は大変痛ましい。

 だが、人は喉元過ぎれば熱さを忘れる。

 人は自分の事でなければすぐ忘れる。



 けれども、これは人ごとでは済まないのだ。



 高齢化社会に、日本は踏み出している。今後このような問題に悩まされる人は、確実に増えることが予想される。長生きはめでたい事だが、このような問題も増えていくのだ。


 ただの事件と思わず、どうか少し考えて欲しい。日本の介護医療は、このままでいいのかという事を。

 私は家族が介護現場の医療従事者や介護士なのですが、その家族の同僚が以前、今回の事件の被害医師と一緒に勤務をしていたそうです。


 被害医師は評判通りの方で、何故あの人が……と、仕事にならないほど動揺されていたという話を耳にしました。ご冥福をお祈りいたします。


 介護医療の現場はとても厳しいのが現状です。

 例に挙げたようなものは、実際にある事例です。


 悲しいだけで終わらせず、現場の安全や家族の負担の軽減になればと思います。

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[良い点] モンスタークレーマーの一言で片付かない闇があり、他人の下の世話をするに始まる数々のハードルの背後にそびえ立つ大障害が置かれ、働き手のなり手がいなくなりそうなのよね。 まあ大事な問題提起。…
[一言] 今回の事件、大変辛いものでした。 とても貴重なエッセイだと感じました。
[一言] 認知症を患ったひとの症例として紹介されたケースですが、特定の事例を元に書かれたのでしょうか? 認知症と一口に言っても様々な症状の方がいらっしゃいますし、異食や多動、暴力行為に及ぶのはごく一部…
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