変わらない現実
「来ないで」
掠れた声で放った言葉は、低く冷たいドライアイスのように冷酷で、触れれば火傷するような、強い声だった。
時間、空間、全ての秒針がいつもより遅く感じる。僕の鼓動は、すごく速いのに。
その時。
「わっすれもの♪わっすれもの♪」
ドアがガラっと開き、教室に誰かが入ってくる。
そいつはまだ教室に、人が残っているとは思っていなかったようで、僕たちを見て一瞬唖然とした顔をしたが、すぐに状況を理解したようで、ロッカーを漁りすぐに帰って行った。
鞄を持って、ドアから出ようとする彼女に、教室に夕日が差し込むのが重なった。表情は見えなかったけど、さっきの涙は、流していないようだった。
僕は彼女の背中を見送ることしか出来ないままだった。
翌日。クラスはいつもと変わっていなかった。彼女は、いつもみたいに笑顔だし、それを気味悪がるクラスメイト達も変わらない。ひとつ違うことと言えば。
「お前昨日沢村と一緒にいたけど、あいつとどんな関係なのかな?」
「んなの決まってるだろ。こんな奴に近づくのなんて、」
「吉沢君!純粋な乙女の女の子がいるんだから!」
「あー悪ぃ悪い」
吉沢という男は面倒くさそうに返事をした。
「にしても、時雨と、沢村かぁ……。いいコンビやん」
いじめっ子達はケラケラと笑っている。そう。いじめの対象に、僕が追加された。と言っても、やっぱりメインは時雨さんみたいだけど。僕がいじめの対象になったとしても、僕はきっと、彼らに立ち向かうことは出来ないと思う。僕にそんな勇気はない。でも、彼女が放課後泣いているのを見るのは嫌だった。
「席つけーー。出席取るぞ」
担任が来たことにより、会話は中断され、そのままHRが始まった。
長い午前の授業が終わり、昼休み。僕は、いつも屋上前の階段で食べている。意外とここは誰も来ない。だから、学校で一番好きな場所で落ち着ける場所。
弁当の準備をしていると、誰かが階段を上ってくる音がする。顔を上げると、それは時雨唯だった。彼女は僕の傍を通り過ぎると、何事も無かったかのように、南京錠に鍵を差し屋上への扉を開けた。
吹き抜ける風。照りつける太陽。空を見上げても、雲ひとつなかった。
「付いてこないで」
あの時の教室の時と同じ声音で、僕を突き放す。
「い、嫌だ」
震えて、情けない声が出る。
彼女は、驚いてこちらを見たが、すぐに睨見つけてきた。
「僕は君を助けたい」
「余計なお世話。帰って。一人になりたい」
「……分かった」
僕は、屋上から出て、屋上前の階段で弁当を食べた。
放課後。彼女はまた泣いていた。また、泣いている所を見てしまった。胸が痛い。心が苦しい。
また、僕は泣いているのを見ているしかなかった。