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ブラウ海のベルフィオーレ  作者: 宮瀬ひさな
海賊と少年
1/1

1話 檻の中の月夜

 金属が何かと擦れる音がして目が覚めた。

 足に繋がれた鎖が、寝返りを打つたびに鳴ってよく眠れない。

 でこぼこの石床は、骨とわずかな肉だけの身体にダメージを与える。寝汗が床とアランの粗末な麻布の服を湿らせるせいで気持ち悪い。


 もういい加減、自由になりたいと思った。

 狭い檻に閉じ込められ、足には壁に繋がれた足枷がある。食事は簡素で少量でまずい。たまに不気味なうめき声も聞こえてくる。不衛生でなまぬるい空気を漂わせる空間は、心細くて寂しい。

 看守の理不尽な怒声や体罰ももう飽きた。


 ――あの時、おれも死んでいれば……。


 瞼を閉じると鮮明に思い出すことができる。

 アランは十六歳の誕生日を迎え、父が操る商業船に乗っていた。ブラウ海から他の海へと航海をしていた矢先、海賊に襲われたのだ。

 船に積んだ商品、食料、そして父と船員の命のすべてが奪われた。――ただ唯一、アランを残して。


『こいつは若くて顔がいい。売れば金になる』


 船を襲った海賊のひとりがそう言ったのだ。そして名前も知らない裏オークションの主人にアランを売りつけた。


 それからだ、アランの地獄が始まったのは。


「腹減ったな……」


 普通なら味あわないであろう苦痛。

 夜を迎えるたびに眠気より空腹が勝つようになり、おかげで睡眠時間はさらに減り、餓死するよりも先に別の要因で死んでしまいそうだ。

 アランの身長よりも遥かに高い位置にある鉄格子の窓から、ふくよかな月が檻の中を覗いていた。


「お前は自由でいいよな、ずっと広い空の上を進める。……おれはもう、一生このままかもしれない……」


 下手すればここで死を迎えるかもしれない。『死 』という目に見えない恐怖が、アランの心を蝕んだ。


 帰りたい。母親がいるあたたかな屋敷へ戻りたい。

 懐かしい場所を想えば想うほど、心が削られていく。


「大丈夫……おれは死なない……絶対に母さんのもとへ帰るんだ……」


 恐怖から脆い心を隠すかのように、アランは寝転んだまま、膝を抱えた。大丈夫だと自分に言い聞かせ、顔を埋める。


 それからしばらくして、何か物音がした。

 夜番の看守が見回りでもしているのかと思ったが、足音は聞こえない。聞こえるのは、窓の外から聞こえる波の音と、檻の外側で居眠りをしている看守のいびきだけ。

 アランはその看守の傍らに、薄ねずみ色の新聞紙が落ちていることに気がついた。音の正体はこれだったのか。

 檻の外へ、めいっぱい腕を伸ばす。紙のはしさえ掴めばあとは引き寄せるだけ。


 アランが取った記事には、大きな文字で『 バンビット海賊団またもや出現!!』と書かれていた。

 バンビット海賊団とは女海賊が船長をつとめ、狙った財宝は必ず手に入れると言われている。

 そのバンビット海賊団が、ブラウ海にある違法オークションの会場を次々と襲っているらしい。

 記事の詳細を読み進めるうちに、アランの中にひとつの希望が芽生えた。


 ――もしバンビット海賊団が来てくれたら、おれはここを抜け出せるかもしれない。


 海賊が攻めてきたとなれば、軍地でもないここは混乱に陥るはずだ。その隙に船やボートを使って逃げればいい。幸いなことに、海の基本的な知識は父に教えてもらったことがある。

 もし海賊に捕まったとしても、仲間になるフリをして逃げればいい。


 記事を読み終えたアランの瞳には、丸い月が輝いていた。

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