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消えゆく世界で星空を見る  作者: 星逢もみじ
果ての存在編
9/38

八、逢調業身

 幸いなことにトリナ村は比較的桜樹国の近くに位置する村で、急げば時間のロスも少なく済むはずだった。


「もう少しでトリナ村に着くけど」


 凛心は心の準備はできているかと言うように、心配そうに目配せしてくる。


「大丈夫だ、行こう」


 迷いはなかった。

 封印結晶を壊し、咲音が死ぬ原因を作った張本人。

 今更逢調を捕まえたところで咲音は生き返りはしない。


(……それでも)


 それでも、元凶である人間が何の罰も受けずに生きているのはどうしても我慢できなかった。


「見えてきたね」

「……あれがトリナ村か」


 名前は聞いたことがあったが、直接目にするのは初めてだった。

 他の村と変わらず質素な村。

 第一印象でそう感じたのは、村に活気が無かったからだろう。


「随分と人が少ないな」

「星影が現れてすぐに桜樹国への避難勧告が出された村の一つだからね。ほとんどの人は桜樹国に避難してるんだと思う。……それでも残ってる人はいるみたいだけど」

「この村には桜護衆は派遣されてないのか?」

「うん。桜樹国から近くて小さい村だから、桜護衆を派遣するより桜樹国に集めたほうが効率が良いからだと思う」

「そうか」


 なるほど、と思いながら村を見渡す。

 外に出て農作業をしている人がいるぐらいで、逢調の姿は見つからなかった。


「ちょっと村の人に聞いてみようか」

「そうだな」


 凛心の言葉に馬から降りて警戒しながら進む。


(騙されたのか?)


 頭の中にそんな考えが過る。

 仮に逢調が何らかの手段でこちらの動向を知っていたとするなら、直接逢調に繋がるような情報を得ていなかった事も知っていたはず。

 よく考えなくても、逢調があんな手紙を書いて寄こす道理がなかった。

 放っておいても自身に辿り着くことができない事を知っていたはずだからだ。


(それなら何故?)


 思考がループする前に考えを打ち切る。

 我に返ると、既に凛心は村人と思しき老人と話していた。


「逢調という名前の男なんですが、見ませんでしたか?」

「逢調ぅ……? ん、んん?」


 耳が遠いのかボケてしまっているのか、老人の反応は鈍かった。


「何か分かったか?」

「うーん、まだなんとも」


 そう答える凛心は辛抱強く老人の言葉を待っていた。


「ん? おお、帰って来たかぁ」

「……はい?」


 凛心は老人の支離滅裂な返答に小首を傾げる。

 再度聞き返そうとすると、老人の視線が凛心の後ろに向けられていることに気付く。

 振り向くと、諦止の背後に逢調の姿があった。


「っ! 諦止!!」

「!?」


 凛心の鬼気迫る声に反応して諦止も急いで背後を振り返る。


「お前はっ……!!」

「どうも……くっくっ」


 そこには、あの日ポソリ村の噴水前で見た男、逢調の姿があった。

 逢調は下卑た笑い声を発しながら一歩前に出てくる。


「くっ!」


 凛心はとっさに刀を抜いて牽制しようとするも、逢調は凛心を一瞥してすぐに諦止に視線を戻す。


「どうも、()()()以来ですね」

「っ!!」


 瞬間、諦止は体中の血液が沸騰したかのような感覚を覚えて、腰に差した刀を構える。


「おお、怖い怖い。……んで、そいつで何をしようっていうんですか?」


 逢調は丸腰のまま何食わぬ顔で話しかけてくる。


「お前を……!」

「捕まえる……でしょ?」


 いつの間にか諦止の隣に並んでいた凛心が告げる。


「へえ? 粟峯(あわみね)さんはそう言ってますけど、本当にそれでいいんですか?」

「……俺は……」

「……はぁ、どうにも煮え切らないねぇ。この光景を見たら、()()()も悲しむだろうねぇ?」

「っ!!」


 その言葉を聞いた瞬間、躰が弾かれたように動く。

 逢調の目の前まで間合いを詰め、構えていた刀を振り上げて逢調の頭部目掛けて力任せに振り下ろす。


 だが、今まさに振り下ろさんとする腕は途中で止まっていた。

 その腕を掴んでいる人物が凛心である事に気付いたのは数秒後の事だった。


「……凛心っ……!!」

「落ち着けなんて言っても無駄だろうけど落ち着きなさい! こいつを殺してどうするの!? 捕まえに来たんじゃないの?」

「そんなこと……っ!」

「こいつを殺したらあなたを捕まえなくちゃならなくなる。……どちらにしてもこの男は大罪人、死刑は免れない! 落ち着きなさい……!」


 そこまで言うと、凛心は諦止の腕を掴む力を弱めた。


「……っ! くっ……!!」


 その言葉に少しだけ冷静になり、諦止も腕を下げる。


「いや~、危ないところだった。粟峯さん、助けていただいてどうもありがとうございました」


 逢調は手を二度叩いて悪びれもしない態度で礼を言う。


「……私が止めなかったら死んでたと思うんだけど。随分と腕が鈍ったようね」

「ええ。ですからお礼を言ってるんですよ」

「私が止めるって分かってたの?」

「さあ? でも、そんな事どうでもいいでしょう?」


 飄々(ひょうひょう)とした態度で逢調は笑みを浮かべながら答える。


「……そうね。大人しく捕まるっていうなら手荒な真似はしないけど」

「う~ん、そうですねぇ」


 逢調が返答した瞬間に戦闘が始まる。

 そう感じた凛心は、逢調の視界から諦止が外れるように反時計回りに少しずつ動く。

 このまま逢調が動かずにいれば、逢調は諦止と凛心に挟まれることになる。

 それは逢調にとっても望ましくない状態といえるだろう。


 必ず動きがあるはず。

 そう凛心は思っていたが、予想に反して逢調は少しも動かなかった。

 それどころか、隙だらけのまま立っているだけだった。


 冷静さを取り戻した諦止も逢調の一挙手一投足を注視し、いつ何が起きても対応できるよう準備していた。

 凛心の言葉が正しければ、逢調は凛心と同格。

 一瞬も気を緩めることはできない。


 先ほどは不意を突くことに成功したが、警戒されたこの状況ではそうもいかないだろう。

 武器のようなものは見受けられないが、丸腰で諦止達を呼び寄せるはずもなく、どこかに武器を隠し持っている事は確かだった。


「……どうするの? 時間がないから次の返答次第では実力行使で行かせてもらうわよ」


 警告と同時に逢調の後ろにいる諦止に目配せする。

 バラバラに攻撃すれば捌かれる可能性もあるが、二人同時に仕掛ければそう上手くはいかないだろう。

 凛心は柄を握り直して逢調の言葉を待つ。


「……そうですね。じゃあ、大人しく捕まっときますかね」

「なっ!?」


 諦止は飛びかかろうとした足を止め、たたらを踏むようにして逢調を見る。


「……そう。それじゃあ、その場でうつ伏せになってもらえる?」


 逢調の言葉に凛心は更に警戒心を強めて命令する。


「はいはい。全く、服が汚れちまうってのに分かって言ってんのかねえ?」


 文句を言いながらも、逢調は凛心の言葉に大人しく従い地面の上にうつ伏せになる。

 そして、そのまま手錠をかけられた。


「……どういうつもりだ」

「あぁ?」


 逢調は捕まった。

 何の抵抗もせずに。

 その事実がどうにも腑に落ちずに、二人は戸惑っていた。


「……さっさと連れてかなくていいんですかねぇ? 時間が無いんでしょう?」

「一体何が目的だ?」

「はぁ……目的? そんなものとっくに果たしてますが」


 諦止の言葉に逢調は然も当然かのように答える。

 その姿にどこか不気味なものを感じずにはいられなかった。


「……あなたは何を考えてるの?」


 凛心も同じ気持ちだったのか、同じように逢調に問いかける。


「別に何も?」

「……分かったわ。諦止、桜樹国に戻りましょう。私もまさか本当に逢調がいるとは思わなかったから多少の予定変更はあるけど」

「予定変更?」

「ええ。夜間も通しでそのまま桜樹国に向かうわ。星影が怖いけど、この男から目を離す方がリスクが高い」

「そんなに警戒しないでも何もしませんよ」


 逢調は地に伏せたまま弁明する。

 だが、そんな言葉は誰も信じられなかった。


「よく言うわ。同僚を騙し討ちしたのは誰かしら?」

「騙し討ち? へえ、そんな風に伝わってるんですか。ま、こっちとしてはどっちでもいいんですけどね」

「違うって言うの?」

「いえ? その通りですよ。くっく」

「……あなたと話しても無駄みたいね」


 呆れた顔で言い捨てると、凛心は諦止に視線を戻す。


「そういう訳で、急いで出発しましょう」

「分かった」


 凛心の提案は諦止にとってありがたかった。

 先ほどは凛心によって止められたが、逢調が眠っている姿を見れば自分でも先ほどの衝動を抑えられるか分からなかった。


「……ああ、その前に。そこで気を失ってる人は放っておいていいんですかねぇ?」

「え?」

「あっ」


 逢調の言葉に二人して振り返ると、先ほど凛心と話していた老人が気を失って倒れていた。


「粟峯さんが刀を抜いた途端に倒れちまってましたけど」

「しまった!」


 凛心はとっさに駆け寄り、外傷が無い事を確認すると近くにいた十代後半と見られる少女に声をかける。


「そこの子! 悪いんだけど、この人お願いしてもいいかな?」

「え、私ですか?」


 一部始終を見ていたのか、少し怯えながらも少女は頷く。


「気を失ってるだけだから少し経てば起きると思うから」

「分かりました。……あ、あの」

「それじゃよろしくね! それと、あなたも早く桜樹国に来た方がいいわよ」


 凛心は何か言いたげな少女に申し訳なさを感じつつも、長話になる前に話を切り上げて馬に乗る。

 逢調は自身が乗って来たという馬に乗せて、逃げないように手錠の他に腰に縄を繋げることにした。


「……ん?」


 トリナ村を出発する際に諦止は背後から視線を感じて振り返る。

 感じた視線の先には、先ほどの少女がいた。

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