五、実力
「さて、それじゃ行きましょうか!……っとその前に」
凛心は腰に下げていた刀を一本諦止に差し出す。
「これは?」
「あなたの刀。道中で何が起こるか分からないからね。あ、これは国王様から渡すようにって言われたものだから遠慮しないでいいよ」
「そういう事か」
凛心から刀を貰い受けた後、裏門に用意されていた二頭の馬に少量の荷物を積み込んで諦止と凛心は桜樹国を発った。
♢
「でね? 満開になった桜樹の木って本当に綺麗で見惚れちゃうんだよね。諦止も見た事あるでしょ?」
敬語を止めるとは言ったものの、凛心の砕けた話し方に違和感を拭いきれないでいた。
何も間違っていないはずなのだが、時間が解決してくれるのだろうか。
「……もしかしてイメージと違うとか思ったでしょ?」
「いや、別にそんなことは」
「本当かなぁ~?」
(酒でも飲んできたのかこの人は)
凛心の性格からして暗い旅にはならなそうだと安心するが、同時に少しの不安も生まれた。
その理由は、身なりが他の桜護衆とは違っていたからだ。
国王に仕えてる事から桜護衆には違いなく、であれば実力的には申し分ないということも分かってはいたが、最初のイメージとのギャップもあって多少の不安を感じざるを得なかった。
「じゃあ、とりあえず大まかな今後の予定を話しておくね。まずはカガリ町に行って、そこからコウカイ港、その後に神城跡地に向かう予定で、日数は往復で五日間を想定してるんだけど……何か質問はある?」
「いや、無いよ」
「そう? 聞きたい事があったらいつでも言ってね」
聞きたい事と言われ、諦止は気になっていた事を質問してみる。
「行程についての質問じゃないんだが、君は桜護衆なのか?」
「そうだよ。むしろ、桜護衆じゃなかったらなんだと思ってたの?」
「他の桜護衆と服装が違うからどうしてかなと思って」
「あ~、確かに服装は違うけどそれはこっちの方が動きやすいからって理由」
「……そんな理由で変えていいのか? 桜護衆の正装だろ?」
「まぁ、そうなんだけどね。国王は私に甘いというか……」
そこまで言って口篭る。
少しの間を置いてから、凛心は再び言葉を紡ぐ。
「人神戦争の時に国王の想い人が亡くなったそうなんだけど、その人の面影があるらしいの」
国王の想い人かどうかは分からなかったが、人神戦争の際に国王と共に戦った仲間がいたということは知っていた。
「つまり、凛心にその女性を重ねてしまって甘くなっている、と」
「国王様は否定してたんだけどね。でも、国王様の事をよく知る人がそうかもしれないって。当時の事を知っているお年寄りからも可愛がってもらうことがあるんだけど、あまり納得できなくて。それで……年に一度桜樹国で開かれる桜武大会のことは知ってる? 結構大きい大会なんだけど」
桜樹国で最も有名な催し物の一つでもちろん存在は知っていたが、村での仕事が忙しく正直なところ詳しい事までは知らなかった。
桜樹国の中で最強を決める大会で、優勝者には名誉と賞金が手に入るらしい。
「……名前自体は聞いたことがある」
「まぁその反応だとそうだよね。でね、その大会で優勝して実力から認めさせてやろう! って思ったの。誰かの影だって思われたままじゃ嫌だったからね」
凛心の話を黙って聞く。
普通なら現状に甘んじてしまいそうだが、凛心は何もせずに恩恵を受けることに耐えられなかったのだろう。
「で、その大会に出場して見事優勝! 実力を認めさせることに成功したってわけ。……まぁ、そのせいで若い人達にも声をかけられるようになっちゃったんだけど」
「……凄いな」
つまり、凛心は桜樹国内で最も強い人間だった時期もあったということだ。
肉体的な強さもそうだが、凛心の心の強さに思わず声を漏らしていた。
「まぁ、でも結局優勝したことで更に国王は甘くなっちゃったんだけどね」
「でも、厳しいよりは良かったんじゃないか?」
「ふふっ、そうかもね」
「しかし、それだけ強いなら道中も安心していられるな」
「うん。大船に乗ったつもりで任せてよ」
そう言いながら軽く胸を叩く凛心の様子はどこか嬉しそうに見えた。
先ほどまでと違って頼もしく見える横顔に安心感を覚えつつ、この雰囲気ならと思い、気になっていた話を切りだす。
「……逢調業身のことについて聞いてもいいか?」
「いいよ」
凛心も薄々覚悟していたのか、あっさり承諾する。
「何が聞きたいの?」
「逢調は、どんな奴なんだ?」
噴水前で見た逢調の姿を思い出しながら凛心に聞いてみる。
「あんまり人と関わろうとしない人だったかな。でも腕は確かだったよ、桜護衆の中でも一、二を争うレベルだったと思う」
「……ってことは、凛心と同じぐらい強かったのか?」
「それは、どうだろう? さっき言った大会にも出場してなかったからなんとも言えないけど、同じぐらいなんじゃないかな」
「……そんなに強いのか」
あの外見からはとてもそうは見えなかったが、予想外の返答に戸惑っていると凛心は先ほどよりも力強く言葉を続けた。
「でも安心して、必ず捕まえてみせるから」
「……そうだな……」
何もできないであろう無力感に苛まれながら、舗装された草原を進む。
「それにしても、神城跡地か……」
「不安?」
諦止を見ながら凛心が尋ねる。
「……もし国王の不安が的中してたらと思うと、少しな」
「うーん、私は大丈夫だと思うけどね。もし本当に復活していたとしたらもっと大変なことになってるでしょ」
「それは……確かにそうかもな」
「ま、行ってみれば分かるでしょ!」
まるで不安を感じさせない凛心の明るさに少しだけ気が楽になる。
「神城跡地ってどういう場所なんだ?」
「そうだなぁ、一言で言えば何も無い、かな。昔は大きな城が建っていたみたいだけど今は何にもないよ」
「そうなのか。……あ、そうだ」
ふと思い出したように諦止が声を上げる。
「今更になったが、もし道中で星影が現れたらどうするんだ? 逃げるのか? それとも、戦うのか?」
古文書の情報が正しければ、星影は封印されるまで現れていたはずだった。
恐らく、この旅の最中にも現れるだろう。
「数が少なければ私がなんとかするから、諦止は自分の身の安全だけ考えてて」
「多ければ?」
「……あなたは戦える?」
戦闘における技術面を問われているのか、それとも精神面を問われているのか分からなかったが、土壇場で足を引っ張る訳にはいかないと考えて、どちらの面についても正直に答えることにした。
「既に国王から聞いたかもしれないが、多対一ではあったけどポソリ村で一度戦っているから特徴は掴めていると思う。精神面は正直分からない」
「……そう。じゃあ、敵の数が多ければとりあえず逃げよう。あれぐらいの速さなら馬がいれば追いつかれることもないと思うし」
「分かった」
いくら凛心が対人で強くても、星影は全く別の生物。
今一度気を引き締め直して、辺りを見回して警戒を強める。
「そう気張らなくて大丈夫だよ。私も昨晩の戦闘で特徴は掴んだし、なんとかなるって」
「……そうだな」
一見気楽そうに見える凛心だったが、手綱を握る手には力が入っているように見えた。
♢
お互いの事について雑談していると、目の前にカガリ町が見え始めた。
「見えてきたわね。予定通り今日はカガリ町で一晩過ごしましょう」
夜間に移動するのは得策じゃない。
それは、お互い言わずとも理解していた。
「それじゃあ私はそこの宿を取ってくるけど、諦止も一緒に来る?」
「荷物も運ばなきゃいけないし一緒に行くよ。その後は、少し星影についての情報を集めてみようと思ってる」
「そう? じゃあ私が荷物を運んでおくから先に行ってきていいよ。宿の人にも言っておくから安心して」
「いや、それは流石に――」
「いいからいいから。行ってきな」
「お、おい」
手荷物を取り上げられて背中を押される。
肩越しに凛心を見るも、何を言っても無駄だと観念せざるを得なかった。
「……分かった。じゃあ行ってくるよ」
「星影が出るかもしれないからあまり遅くならないようにね」
凛心の気遣いを受け入れ、少しの間別行動を取ることにした。
「……これでよし、と」
凛心は部屋に荷物を運び込んで一息つく。
「さて、私も行くとしますか」
♢
ある部屋の前で凛心は扉をノックする。
部屋の中から声がしてから暫くして中から人が出てきた。
「どちら様で……凛心さん!?」
「こんばんは」
笑いながら挨拶する。
この部屋は星影が現れてからすぐに国王が各地へ派遣した桜護衆の部屋だった。
「凛心さんがどうしてここに居るんですか!? あっ、もしかして助っ人にきてくれたとか?」
「残念だけど違うわ。国王様の命令である任務の途中なの」
「あぁそうだったんですか。立ち話もなんですから、中へどうぞ」
「いや、ちょっと聞きたい事があって寄っただけだからここでいいよ」
「そうですか。それで、聞きたい事とは?」
「逢調の件についてなんだけど――」
♢
(結局逢調についての情報は無しか、桜樹国に一番近いこの町なら奴について知っている人がいるかもしれないと思ったが……)
諦止は成果を得られなかった事に落胆しながら宿へ向かう。
逢調だけでなく星影についても聞き込みしたが、同じように情報は何も得られなかった。
やはり国王に任せるしかないのかと考えていると、正面から凛心が歩いてきていた。
「やっ」
凛心は片手をあげて声を掛けてくる。
「宿にいたんじゃないのか?」
「ちょっと用事を思い出してね。それで、星影については何か分かった?」
「……何も」
「まぁそうだよね、昨晩現れたばっかりだし。でも、それとは別に分かった事があってね」
「分かった事?」
「うん。大したことじゃないんだけどね、詳しくは宿に着いたら話すよ」
凛心はそう言って宿まで先導するように歩き出した。
「ここが私の部屋。って言っても諦止の部屋と構造は同じだけどね。そこの椅子にでも腰掛けて」
言われるがままに腰を掛けて凛心の言葉を待つ。
「さっきの話の続きなんだけど、私が入手した情報について話すね」
「頼む」
「星影の情報は、やっぱり私達が知ってる以上の事は知らないみたい」
「……じゃあ、凛心も何も分からなかったって事か?」
「ただ聞いた感じだと古文書通り、人の多いところに多く出現してるのは確実みたいだね。……でも本題はそっちじゃなくて、もう一つの方。探してる情報があるでしょ?」
「もう一つ?……まさか!」
「そう。逢調についての情報」
「何か分かったのか!?」
腰を浮かせて凛心に聞く。
凛心は小さく頷いてから話し始めた。
「期待させるような言い方をしておいて申し訳ないんだけど、そんなに大したことではないよ」
「それでもいい、聞かせてくれ」
「この町に滞在してる桜護衆に業身の事について進展が無かったか駄目元で聞いてみたんだけど、この辺りで姿を見た事があるって言う人がいたみたいなの」
「本当か!?」
「でも、その人も見たような気がするって曖昧な表現だったらしいから、情報としてはあんまり役に立たないかもしれないけど」
「いや、それだけでも充分ありがたい。この辺りに来る可能性があるってことだからな」
拳を握り締めて逢調の顔を思い出す。
「……分かってると思うけど、明日には」
「大丈夫。任せられた事を投げ出すような真似はしないよ」
「そう。なら良かった」
「……わざわざ聞いてくれてありがとう」
諦止は頭を下げてお礼をする。
「明日は朝早いからね、少しは寝つきが良くなればと思って」
「今日は――」
そこまで言って、ようやく異変に気が付く。
時同じくして、凛心もそれに気が付いたようだった。
外が騒がしい。
「諦止はここにいて」
「凛心は!?」
「私は大丈夫だから!」
凛心はそう言うと、立てかけてあった刀を手に取って部屋から飛び出していく。
外に出ると、喧噪はより激しく耳朶を打った。
人の数こそ少なかったが、皆何かから逃げるように走り回っていた。
「っ」
この光景には見覚えがあった。
そう思い至った瞬間、凛心の見ていた景色がブレる。
(……目が……っ!?)
寸でのところで躰を反らしてそれを回避する。
直後に、宿の扉がくり貫かれたように消え去った。
「星影っ!」
騒動の元凶の名を口にして、手にしていた刀で叩き斬る。
星影が地に落ちる前に、更に二度追撃を加えた。
「はぁっ……っ……!」
星影が動かなくなった事を確認した直後、背後から桜護衆の声がした。
「凛心さん、大丈夫ですか!? 私達も加勢に来ました!」
「ええ、私は大丈夫。それより他の星影を早く処理しないと」
空を見上げると、光り輝く歪な空間が空から降って来ていた。
数にして凡そ十体。多くは無かったが、少ないとも言えなかった。
「皆さん! 外にはでないで!! 家の中でじっとしていてください!!」
そう叫ぶと、外にいた住人達は急いで家の中に入っていく。
「よし……後は」
空から降り注ぐ星影を倒すだけ。
一度に襲ってこられなければ、現時点の戦力でも充分に戦える。
そう判断して、桜護衆に指示を飛ばす。
「あなた達は五体倒して、私も五体倒すから」
「はい!」
後ろにいる桜護衆三人に指示をだすと、凛心は更に一歩前に出て刀を構える。
空から落ちてきた星影はゆらゆらと揺れながら、最も近い人間である凛心に向かって襲い掛かってきた。
「防がずに避ける事、いいわね!」
「分かってます!」
その言葉を最後に、お互い星影との戦闘に入った。
♢
「……強い」
部屋の窓から凛心達の戦闘を見ていた諦止は、思わず感嘆の声を上げる。
三人の桜護衆の強さも目を見張るものがあったが、その中でも凛心は群を抜いていた。
(凛心の言う通り、ここで待ってて正解だったな)
一緒に戦おうとしていれば、足手まといになっていただろう。
そんな事を考えている間にも、窓の外では決着の時が迫っていた。
「…………っ!? まずい!!」
優勢と思われていた桜護衆の一人が、星影の攻撃を受けたのか足を引き摺っていた。
凛心から貰った刀を手に、急いで外に向かう。
戦闘経験の浅い自分が行ったところで役に立つか分からなかったが、迷っている時間は無かった。
「っ!」
もはや意味を成さなくなった宿の扉を押し開く。
目の前には怪我をした桜護衆が、足を引き摺りながら刀を構えていた。
その目の前には、星影がゆらゆらと不規則な動きをしながら桜護衆に近づいてきていた。
諦止の躰は、考えるよりも先に動き出していた。
桜護衆を庇うようにして星影の前に出る。
「なっ!? 何をしてるんだ! 早くそこを退きなさい!!」
桜護衆が何か言っていたが、既に諦止の耳には届いていなかった。
全神経を集中して目の前の存在に相対する。
前後左右に揺れ動く星影の動きを必死に読もうとするも、それは叶わなかった。
「っ!」
もう駄目かと思った瞬間、咲音との記憶がフラッシュバックする。
思い出すのは笑顔ばかりだった。
そして、最後に最も思い出したくない笑顔が脳裏に映し出される。
「ぐっ……ぅぉぉおお!!」
「……っ! はぁ!」
直後、躰は自由を取り戻して、眼前まで迫っていた星影に一太刀入れることに成功した。
その隙を衝いて、背後にいた桜護衆が畳み掛ける。
気が付くと星影は地に落ちたまま動かなくなっていた。
「諦止!!」
遠くから凛心の声が聞こえたが、既に意識は離れ始めていた。