四、国王からの任務
失礼しますと言い残し、門兵は部屋から出ていった。
執務室に残ったのは、諦止と国王ともう一人の門兵の三人だけとなり、先ほどまでとは違った空気が場を支配する。
「さて、凛心が来るまでに話を済ませるか。……まず、君が会ったと言う痩せた男について話そう。彼の名前は逢調業身。桜護衆としてこの国に使えていた男だ」
「……あの男が桜護衆……」
桜護衆といえば筋骨隆々の猛者揃いというイメージがあったため、あの痩せた男が桜護衆だとは、国王から聞かされた今でも想像できないでいた。
「ああ。ある任務にあたらせていたんだが、昨夜から行方を晦ませていてな。星影の襲撃があった後、一緒に組んでいた桜護衆が血相を変えて報告に来たよ。逢調に封印結晶を破壊された、とな」
「封印結晶?」
「そうだ。今となっては過去の事だから言ってしまうが、桜樹国が代々守ってきた大事な石だ」
「……お言葉ですが、そんな大事な石ならもっと人を増やして警備すべきだったのでは……」
失礼だとは思ったが、つい気になって指摘してしまった。
隣に立つ門兵にじろりと睨まれる。
「ここはもう大丈夫だから仕事に戻ってくれ」
「しかし……分かりました」
国王に促されてもう一人の門兵も執務室を後にする。
納得いっていない様子だったが、それでも黙って従うということはそれだけ国王を慕っているということなのかもしれない。
「すまない、話に戻ろう。あれは本来なら壊せるようなものではなかったんだ」
「……どういう意味ですか?」
「あの石はまだ魔法があった時代に何度も調べてな。物理的な攻撃はもちろん、魔法の類も無効化する石だったんだ」
「それなら、どうして……」
「その答えは君が持ってきてくれた」
「……まさか……」
国王が握る黄金の氷柱を見る。
「そうだ。私が知る限り、この氷柱だけが唯一あの石を壊すことのできる代物だ」
「一体、その氷柱はなんなんですか?」
「……神、と呼ばれていた存在を知っているかな」
「はい」
即答する。
「あいつの力を凝縮したものがその氷柱になる」
「え!?」
驚きのあまり、その氷柱から視線を動かすことができなかった。
「これが……」
「と言ってもこの氷柱は実は折れていてな、元の半分ほどしか力は感じないが、それでも封印結晶を破壊するには十分だったんだろう」
「つまり、その黄金の氷柱は逢調が持っていたと?」
「そういうことになるな」
「そんなものを何故逢調が持っていたんですか」
「そこまでは分からない。この氷柱が折れた時私はその場にいたんだが、折れた氷柱の先端だけどうしても見つからなかったんだ」
国王は遠い過去を思い出すかのように視線を宙に投げていた。
「……そうですか。しかし、今の話を聞いていると星影が現れた原因は封印結晶が破壊された事と関係があるように思えるのですが」
「その通りだ。封印結晶は星影を封印していた」
国王はさらりと告げる。
「封印結晶は直す事はできないんですか? それかまた作るとか」
「無理だな。封印結晶は魔法の塊のようなものだ、魔法の存在しない今では直す事はできない。作る事も不可能だ。封印結晶を作ったとされる魔術師がいたのは千年前、今も生きているとは考えられない」
「そうですか……」
星影は封印されるまで現れ続けたと古文書には書いてあった。
思った以上に絶望的な状況であることは確かだった。
(……咲音が死んだ原因を作ったのは逢調業身……)
その名前を、顔を胸中深くに刻み込む。
逢調の罪を裁くまで決して忘れる事はないだろう。
「私が知っている事はこれぐらいだ」
「充分です。ありがとうございます」
「国王様、凛心様をお連れしました!」
「入ってくれ」
国王の言葉と共に扉が開け放たれる。
先ほどの門兵と共に、背中まで真っすぐに伸びた、白い髪をした端正な顔立ちをした女性が入ってくる。
他の桜護衆とは服装も違い、どこか品のある薄紫色の和服を身に着けていた。
「それでは私はこれで失礼します」
「ああ、ありがとう」
門兵は一礼して再び執務室から出ていく。
「さて、急に呼び出してすまないな凛心」
「それで、どうしたんですか?」
凛心と呼ばれる女性は背筋を伸ばしたまま答える。
「実は頼みたい事があってな。今から二人で神城跡地まで行ってきてもらいたい」
「え!?」
国王の言葉に思わず声が出た。
恐らくこれが先ほど言っていた頼み事なのだろう。
それはいいとしても、二人でという事以上に驚いたのが神城跡地という名前。
神城跡地は、国王が戦ったとされる神が根城に築いていたとされる場所の名前だった。
「理由を聞く前に一ついいですか? 二人というのはそこの男性と一緒にということでしょうか?」
隣に立つ凛心がちらりと諦止を見る。
「そうだ。常日頃からもっと人の役に立ちたいと言っていただろう?」
「それはそうですが。……えっと、どなたでしょうか? 服装からしても桜護衆の人では無さそうですが」
「彼のことについては後でゆっくり話す。君もそれで構わないか?」
顔の向きを変えて国王は諦止に呼びかける。
「はい。それが約束でしたので」
想像していた以上に大変そうな頼み事だったが、拒否することもできそうになかったので即答する。
「話が早くて助かる。さて、二人の自己紹介は後にしてもらって、こちらの話を先に進めさせてもらう」
「神城跡地に向かえとのことでしたが、何故今あの場所へ?」
不思議そうに小首を傾げる凛心に、国王は顔色一つ変えずに理由を説明する。
「これは完全に憶測だが、神が蘇った可能性がある」
「え!?」
その言葉に思わず声がでる。
凛心と呼ばれる女性は声は出さなかったものの、その表情は明らかに驚いていた。
「落ち着け。もちろん、可能性は限りなくゼロに近い。だが、万に一つということもある」
「それはつまり、封印結晶を破壊したのは逢調ではなく神の仕業だと考えていると?」
隣に立つ凛心が国王に問いかける。
「いや、ついさっき物的証拠もでた。その件については逢調の仕業とみてまず間違いないだろう」
「そうですか……ならどうして神城跡地に?」
「嫌な予感がするんだ、ただの直感でしかないが。この懸念を払拭しないでおくにはあまりに存在が大きすぎる。だから二人には神城跡地に行って何も無かったと報告してきてもらいたい」
「分かりました。国王様がそうおっしゃるのなら」
「ありがとう。星影の件はこちらでなんとかしておこう。それで早速出発してもらいたいんだが、その前に月見里君」
「はい」
自分との話は終わったと思っていたため、少し驚く。
だが、その内容はなんでもないことだった。
「この氷柱、私に預けてもらってもいいかな?」
「ええ、それはもちろん」
「……さっきからお願いしてばかりで申し訳ないな。私に何かできることがあれば言ってくれ、出来る限りのことはしよう」
「いえ、そんな――」
そこまで言ってから心配事があることに気付いて口を開く。
「……でしたら、ポソリ村に少しでもいいので桜護衆を派遣してくれませんか? あの村にはまともに戦える人がいなくて」
「ポソリ村か。分かった手配しておこう」
「ありがとうございます!」
「と言っても、元からそのつもりで、既に人は送ってある」
「そうだったんですか」
まさかこんなに即決で決めてくれるとは思っていなかったが、どうやら最初から決まっていた事らしかった。
「さて、他に何もないようならさっそく向かってもらいたい」
国王は引き出しから包みを取りだして諦止に手渡す。
「これは?」
ずっしりと重みのある包みを開けてみると札束が入っていた。
「これは所謂私のポケットマネーだ。自由に使って構わないから城下街で旅支度を整えてきてくれ。その間に、凛心には詳しい説明をしておこう」
「分かりました」
話が終わり、そのまま退出しようとすると国王から声をかけられる。
「……君は、もし逢調を見つけたらどうする?」
「どうするとは?」
「殺すか?」
あまりに率直な物言いに一瞬困惑する。
国王が何を言いたいのか分からなかったが、今思っている正直な気持ちを答えた。
「……分かりません」
「そうか……念のため言っておくが、逢調の捜索はこの件が解決し次第すぐに行う。だから君は私達に任せて、目の前の事だけを考えていてくれ」
その言葉に何も言う事ができなかった。
桜樹国が探してくれるとしても、何もせずに任せるということはできそうになかったからだ。
♢
城下街で買い物を終えた諦止は、王城前で凛心が来るのを待っていた。
「お待たせしてすいません!」
気が付くと、先ほどの女性が息を荒らげながら立っていた。
「……もしかして走って来たんですか?」
「はいっ。大分時間が経ってしまったので」
「そんな気にしないでよかったのに」
「そうはいかないですよ。……っと、あのそれと、これから一緒に旅をするので出来れば敬語は止めたいんですが……」
「それは、私も敬語を止めるということでしょうか?」
「はい。見た感じ歳も近そうなのでそっちの方がいいかと思ったんですが……駄目、ですかね?」
一考する。
確かに、短い時間とはいえ旅をするのなら気は楽なほうがいい。
彼女がそうしたいと言うのなら、そうするべきだろう。
「分かりまし……分かった。これからよろしく、えっと」
「粟峯凛心。凛心って呼んでください。あなたの名前は」
「月見里諦止。なんて呼んでもらっても構わないよ」
「じゃあ、諦止って呼ぶね。それと、国王から色々聞いちゃったんだけど……」
彼女が何を言わんとしてるかは、顔を見ればすぐに分かった。
「俺の事は気にしないでいいよ」
「……そう、ですか」
「それじゃあ行こうか」
気まずい雰囲気になる前に出発を促す。
「分かった。馬を用意してもらってるから、それに乗っていきましょう」
「馬……。それはそうか」
「もしかして、歩いていくと思ってた?」
「ずっと歩きだったからな、そのつもりだったよ」
くすくすと笑う凛心を横目に二人は裏門に向かった。
♢
「神の復活なんてあり得ないのに、あんな嘘をついてまで彼女を守りたかったの?」
「……そんな事はどうでもいい。それより夢霞、果ての存在の気配は掴めたのか?」
人の去った執務室で、国王は夢霞と呼ぶ少女と苛立ち混じりに話をする。
夢霞は緑色の和服を着ていたが、その存在はどこか儚げで今にも消えてしまいそうだった。
白色の髪を靡かせて夢霞は答える。
「いいえ、まだ」
「そうか。気配を掴んだらすぐに教えてくれ」
「何度も言われなくても分かってるわ。あなたももう少し落ち着いて」
「落ち着いているさ」
「……私に隠し事はできないって分かってるでしょ?」
「無駄な力を使う余裕があったとは思わなかったな」
「残念だけど、今のはただの勘よ」
国王は、ふぅと大きく溜息をついて気を落ち着かせる。
「夢霞、お前はどう思う? この作戦うまくいくと思うか?」
「うん? うまくいかなかったときは皆死んでいるのに、そんな事気にしたって仕方がないでしょうに」
至極当然の事実を声色を変えずに告げる。
夢霞の言葉は一見冷たく思えたが、その考えに悪意のようなものは一切感じられなかった。
「……それはそうだが」
「それに残されている手もこれしかない。それならやれることをやるだけ、そうでしょう?」
改めて置かれている現状を連々と羅列され、国王は返って冷静になることができた。
「……そうだな。すまない、果ての存在の探知に戻ってくれ。私も出来る事をしよう」
「そうね、それがいいわ」
夢霞はそう言うと再び気配を消した。
「果ての存在か……」
夢霞の去った部屋で、その存在の名前を苦々しく口にする。
一部の人間しか知らないその存在。
宇宙の果てにいるとされ、星影を生み出している存在。
そして、封印結晶で封印していた本当の存在。