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消えゆく世界で星空を見る  作者: 星逢もみじ
復讐編

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三十七、終わりの始まり

「そこまで!!」


 審判の声と共に、大きな歓声が辺りを包む。

 例年通り桜城中庭にて執り行われた桜武大会は、新たな優勝者を迎えて無事終わりを告げた。


「いやぁ、今年の大会も見応えがありましたね! 優勝したあの子、まだ若いながらに見事な刀捌きでしたよ、特に最後の刀を巻き上げる判断は見事でした!」

「……そうだな」


 隣に立って嬉しそうにはしゃぐ護衛の言葉に、国王は静かに頷く。

 国王の姿に以前のような凄味は無く、年相応の哀愁が漂っていた。

 勝者の刀捌きを見ていた国王は、三年前のあの出来事を思い出していた。



 ♢



 その日、国王は凛心をどうするかで頭を悩ませていた。

 このまま牢屋に閉じ込めていく訳にもいかず、かといって自由にするわけにもいかない。

 どうしたものかと唸っていると、執務室に血相を変えて桜護衆が飛び込んできた。

 保管庫が何者かに開けられ、保管してあった毒が無くなっているという報告を聞いた国王は、胸騒ぎを覚えて凛心のいる牢屋まで急いで向かった。


 扉を開くと、そこには凛心の監視を任せた看守が倒れているだけで、凛心の姿はどこにも見当たらなかった。

 すぐに凛心が封印洞窟に向かったのだと思い至り、洞窟まで向かおうとしたが、机の上に書置きがある事に気付いた。


 それは、凛心が国王に向けて残したものだった。

 その手紙の内容を見た国王は、胸中に沸いた嫌な予感が確信めいたものに変わっていくのを感じ、急いで封印洞窟へ向かった。

 だが、封印洞窟に着いたとき、そこに待っていたのは最悪の光景だった。


 封印洞窟の前で冷たく横になっている凛心の姿がそこにはあった。

 現実を受け止められず呆然と立ち尽くす国王の耳朶を打ったのは、聞き覚えのある懐かしさを覚える声だった。


「……二人は自ら命を絶ったわ」

「っ!?」


 その声に驚いて振り向くと、そこには夢霞の姿があった。

 封印事件以降姿を消していた夢霞は、国王の前に現れてその事実を告げた。

 今まで何をしていたかなど夢霞に聞きたい事は山ほどあったが、それよりも聞き捨てならない事を耳にして聞き返す。


「……今、何と? 二人……?」


 その問いに夢霞は答えなかった。

 だが、その表情は暗く、とても嘘を付いているようには見えなかった。


「彼も、自害したというのか?」

「……彼は洞窟の中にいるわ」

「っ……!!」


 その言葉に急いで洞窟の中に入っていく。

 最奥まで辿り着くと、そこには夢霞の言った通り、既に温度を失った月見里諦止の姿が見つかった。

 腹部に刺さったままの刀を引き抜き、血濡れの躰を抱きかかえて洞窟の外に連れて行く。


 夢霞の言う通り、凛心の躰には争ったような傷跡は無く、彼にも自身で付けたであろう傷があるだけだった。凛心のポケットから毒の瓶が見つかったことから、死因はやはり毒なのだろう。


「……どうして、こんな事に……」


 国王の呟く声に夢霞が答える。


「どうしても知りたい?」

「……教えてくれ。頼む」

「……分かったわ。最後に全て教えましょう。二人の決意とその想いを。……それを知る責任が、あなたにはあると思うから」

「最後? っこれは……!? ぐっ!!」


 夢霞の言葉が終わるのと同時に、二人の記憶が突風の如く流れ込んでくる。

 現れては消え、消えては現れる。

 数十年に渡る四季の移り変わりを瞬きの間に見せられているような、そんな記憶の移り変わりだった。

 時間にして一瞬の出来事だったが、脳に送り込まれた膨大な情報を整理することは簡単ではなかった。国王にとっては、その一瞬が酷く長く感じた。


「…………」


 我に返った時には既に夢霞の姿は無く、気配も感じられなかった。

 封印結晶の力を使い切って消滅してしまったのか、それともどこかで見ているのかは分からなかったが、そんな事はもうどちらでもよかった。


 昔の自分と似た境遇を持っていたからか、近しいものを感じていた月見里諦止。

 心から愛した女性の面影を持ち、実の娘のように愛していた粟峯凛心。

 その二人が死ぬこととなった原因が、自身の行動が(もたら)した結果だという紛れもない事実に、ただ茫然とその場に立ち尽くす。

 凛心にとって月見里諦止がそこまで大切な存在だとは思いもしなかった。


(私は今まで何の為に……)


 この半年の間に長年の戦友であるシアエトを失い、自身の過去を重ねていた共犯者である月見里諦止を失い、我が子のように愛していた粟峯凛心も失った。

 愛した人との記憶が色濃く残る桜樹を守り続けるという思いは、自責の念と後悔に混じり、深い悲しみと変わっていった。それと同時に、五十年もの間心の中を占めていた、重く固い妄執が氷解していくのを感じた。



 ♢



 後日、月見里諦止と粟峯凛心の両名は国を挙げて盛大に弔われることになった。

 一人は、封印事件の元凶を処刑した英雄として。

 もう一人は、失踪事件を解決に導いた英雄として。


 国王は、失踪事件の真相を異常者の犯行として処理することにした。

 月見里諦止は一連の事件の最初の犠牲者として、粟峯凛心は事件を解決に導くも、犯人からの不意打ちを受けて殺害されたと発表された。

 粟峯凛心の名声は広く知られており、悲しみの声は止むことがなく、国葬が終わっても暫くの間続いた。


 国王はもはや殺人事件を隠蔽しようなどという気力も無く、国内で一、二を争う人気を持つ粟峯凛心の死は桜樹国で殺人事件が起きたということもあり、瞬く間にして世界全土に広まった。

 一連の出来事は、国王に()()を出した大国の主の耳にも聞き及ぶことになったが、彼の出した結論は国王の予想していたものとは違っていた。


 大国の主は、これまでの国王の功績を評価し、引き続き桜樹国の統治を任せると伝えてきたのだった。

 国王はその言葉に困惑して辞退しようか迷うも、やらなければならない事を思い出し、引き続き国王の座に就くことを決めた。


 やらなければならないこと。

 それは、あの日凛心からの書置きに記されていた事だった。

 『できるだけ多くの人を救ってあげてください』


 それは偶然にも国王の愛した女性が最期に残した言葉と酷似したものだった。

 その言葉を凛心が知っているはずもなく、完全に偶然の産物だった。

 もし仮に似ている言葉でなかったとしても関係はなかったかもしれないが、その一文が国王の心を強く動かした。


 自身の行いによって死んでいった者。

 そして、その結果悲しみを背負う事になった者。

 両者を想いながら、国王はより良い世界にするために日々を過ごしていこうと決意した。



 ♢



「――国王様!」

「……ん? どうした?」

「どうしたじゃないですよ! 今大会の優勝者が来てますから賞品をあげてください」

「あ、ああ。そうだったな」


 国王の目の前には今大会で優勝した少女が立っていた。

 二十そこそこの見目をした少女は、国王を見つめながら口を開く。


「賞品はいりません」


 その言葉に国王は動きを止める。


「賞品がいらないというのは、名誉のためだけに戦ってたということかな?」

「いいえ」

「うん? それなら一体――」


 そこまで言いかけて、少女の射貫くような鋭い視線に気付く。

 これまで憧憬の目を向けられることには慣れていたが、少女の瞳はその類のものとはまるで異なり、憎しみを内包したような目だった。

 国王にとって、その類の不の感情を抱かれるような覚えは()()事件の他にはなかった。


「……君とは、どこかで会った事があったかな?」


 話しかけるも返事は無い。

 少女は表情を変えることなく、無言のまま首を横に振った。


「……そうか。それで、何が望みだ? ただ実力を証明したかっただけには見えないが」


 黙りこくる少女の様子に、隣に立つ護衛が警戒した面持ちで柄に手を持っていく。


「私を国王の側近にしてください」

「……なに?」


 張り詰めた空気から発せられた意外な言葉に、国王と護衛の両名は驚きの色を隠せなかった。

 特に国王は、少女が自身に対して良くない感情を抱いている事は分かっていたため、猶更その言葉の真意が掴めないでいた。


「……どうして側近に? 理由を教えてくれないか」

「国王は」

「ん?」

「国王は、もし悪事を働いたことのある人物が現れたらどうしますか?」

「法に従って裁く」


 ()()()()()()()()という言葉に引っかかりを覚えたが、考えるまでもなく即答する。


「では、もしその罪が裁かれていない人物がいたとしたら?」

「それは――」


 その問いに言葉が詰まる。

 罪が裁かれていない人物という像が自身と重なったからだった。

 もしかしたら、この少女は想像している以上に深い事まで知っているのかもしれない。

 そんな予感がした。


「……もし、そんな人間がいるとするなら」


 一呼吸置き、覚悟を決めて答える。

 もしこの少女が何か知っていたとしても、やるべきことをやる。

 それがほんの少しのことだったとしても、罪滅ぼしに繋がると信じて。


「見つけ次第罪に応じた罰を受けさせる。……例えそれが誰であっても例外はない」


 未だ罪が裁かれていない身でありながら、少女の瞳を真っすぐ見つめて本心を答える。


「…………そうですか。側近を希望する理由は、単純に国王の傍でお仕えしたいという一点です。国王の傍なら、昨今増えつつある犯罪者の動向もすぐに分かりそうなので」


 最初から考えてきたかのようにスラスラと理由を述べる。

 後半の理由が、どこか含みがあるような言葉で思わず押し黙る。

 その様子を見てか、隣の護衛が口を開く。


「……実力としては申し分ないが、側近はあくまで国王を守るために仕えなければならない。もちろん決めるのは国王様だが、私情を挟むようでは困る。そこは理解しているのかな?」

「ええ、勿論」


 感情の無い声で少女は即答する。


「……分かった、側近として認めよう」


 目的が何なのか分からなかったが、目の届く範囲に置いた方が安全だと判断して、少女の望みを聞き届ける。


「ありがとうございます」

「君もそれでいいかな?」

「はい、国王様が決めた事なら異論はありません」

「そうか、ではすぐに――」

「……その前に、一ついいですか?」


 手続きの準備を進める為に立ち上がろうとすると、少女が静止を掛ける。


「ん、なんだ?」

「まだ国王様は私を疑っているようですが、国王様を守ろうという気持ちは嘘ではありませんので、ご心配なく」


 少女は真っすぐ国王の目を見て答える。

 そこに嘘偽りは無いように見えたが、恨みの念はやはり消えていなかった。


「……それは、本心か?」

「ええ。意外ですか?」

「それは……」


 どう説明したらいいか分からず言葉に詰まる。

 その感情を汲み取ってか、少女は一拍置いてから国王が聞きたかったであろう言葉を告げた。


「簡単ですよ。あの二人の想いを無駄にしないでもらいたい。それだけです」

「っ!? 君は、どこまで知って……」

()()()、私は夜の散歩をしていた。……これ以上は何も言うつもりはありません。それでは私も準備してきますので」


 一礼して少女は立ち去る。

 唖然とする国王は、話の内容が分からず困惑した様子の護衛に尋ねた。


「……あの少女の名前は?」

「名は未来、性は観道です」

「……失踪事件の際にポソリ村近くの林で見つかった男の遺族か……!」

「ええ。恐らくその娘かと」

「……そうか……」


 その言葉を聞いて、国王は合点がいったように感じた。

 少女の言っていた二人というのは粟峯凛心と月見里諦止で間違いないだろう。

 全てを知っているとは思えなかったが、それでも()()()()()と言っていたことから、僅かながら事情を知っているのかもしれなかった。


 もし、少女の言葉が本当なら、少女の目的は思い描くような殺し殺されの復讐ではない。

 国王が道を違えぬよう、傍で監視し続ける。それが少女の復讐のカタチ。

 それは、どちらかの命が尽きるその時まで続くだろう。



 ♢



 季節は春を迎えていた。

 穏やかな風と共に桜の花びらが舞い踊る。

 桜樹国の中心に天高くそびえ立つ桜樹は、満開の時を迎えようとしていた。


「国王様!」

「ん? どうした?」


 桜樹を見ていると、遠くから桜護衆が走ってきた。


「封印洞窟の件なのですが……」

「ああ、もう終わったのか?」


 最後のけじめとして封印洞窟を埋めようと考えていた国王は、桜護衆に洞窟の作業を任せていた。


「いえ、なんと言えばいいのか……」


 報告に来た桜護衆はやけに歯切れが悪く、その様子に疑問を感じてもう一度聞く。


「どうした? 何か問題でもあったのか?」

「それが、作業を進めていたところ封印結晶の置いてあった最奥の壁が崩落して、奥に小部屋のような空間が出てきまして……」

「…………なに?」


 その言葉に、国王は得も言えぬ焦燥感に駆り立てられた。

 あの洞窟は魔法が存在した時代にこれでもかというほど調べつくした。

 そんなものがあるはずがなかった。


「それで、何かあったのか?」

「はい、大きな壁画と文章が書かれていました。ですが、よく分からない言葉がありまして」

「壁画と文章……?」

「壁画は――」

「いや、いい。私もすぐに現場に行く」


 詳しく説明しようとする桜護衆を制止して、国王は急いで封印洞窟へ向かった。



 ♢



「なんだ、これは……」


 報告にあった()()を見た国王は、壁画とそこに書かれた文章に眉をひそめる。

 壁画には、ひと際大きな歪な形をした黒い物体と、そこから生まれたように小さな粒が描かれていた。

 それが何なのかは皆目見当が付かなかったが、壁画の下に書いてある文字を読んでようやく()()が何であるかが分かった。


『星影は果ての存在の食べカスのようなもの。

 果ての存在は宇宙を開闢せしもの。

 外に向かって世界を拓いていくもの。

 果ての存在が消えれば、宇宙は――していくだろう。

 だから、封印という選択を取るしかなかった』


「……これは……」


 壁画や文字に風化は見られなかったため、大事な部分は意図的に消したのだと理解した。


「誰が何のためにこんなものを残したのでしょうか? 星影という名前は私にも分かりましたが、果ての存在というのは何なんでしょうか?」


 国王だけはこの壁画と文字を書いた者の正体が分かっていた。

 魔法による感知を掻い潜ることができ、果ての存在という言葉を知っている者。

 こんな事が出来るのは、知り得る限りたった一人しかいなかった。

 今に至るまで、過去の人々や歴史から()と呼ばれるようになった存在。

 だが、もしこの壁画や文字を神が描いたのなら、封印結晶を用いて果ての存在を封印した魔術師とは神だったという事になる。


「……先人が残したただの悪戯だろう。予定通りこのまま封印洞窟を破壊しろ」

「は、はい!」


 桜護衆に強く言いつけて踵を返そうとする。

 小部屋から出る前に振り返り、最後の一文をもう一度読んでから国王はその空間を後にした。


『この封印が解かれないことを祈る』


 了

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