表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
消えゆく世界で星空を見る  作者: 星逢もみじ
復讐編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/38

三十三、交差する想い

 封印洞窟へは一度しか行ったことが無く、記憶を頼りに獣道を進んでいく。

 無駄な努力だとは思ったが、もし誰かに見つかっても言い訳ができるようにと、封印洞窟への地図は持ってこなかった。

 そして、ようやく封印洞窟の目の前まで辿り着くも、洞窟の中に踏み出す一歩が踏み出せないでいた。


 ここには誰もいない。

 そう思いたい気持ちと、もしかしたら誰かが潜んでいるのではないかという気持ちが凛心の足を止めていた。

 誰もいなければそれでよかったが、もし誰かがいた場合凛心の考えが合っている可能性が高くなる。

 そう思うと一歩が踏み出せないでいた。


「……よし……」


 覚悟を決めて洞窟の中に一歩足を踏み出そうとする。

 その瞬間、洞窟の中から誰かの声が聞こえてきた。


「誰だ?」

「っ!!」


 刀の柄に手を持っていき警戒する。

 同時に、聞こえてきた声にどこか引っかかりを覚えた。

 聞き覚えのある様な声。

 その声を聞いた時点で本当は誰だか分かっていたかもしれなかったが、信じたくない気持ちが理解を拒んでいた。


「凛心か……」


 まるでここに来るのを知っていたかのような口ぶりと共に暗い闇の底から姿を現したのは、一時とはいえ苦楽を共にした月見里諦止の姿だった。


「っ……!」


 その容貌に思わず絶句する。

 記憶の中の姿と、今目の前にいる月見里諦止の姿がまるで違っていたからだ。

 誰が用意したのか、桜樹国騎士の正装とは違う黒い和服を身に纏い、頬は痩せ、目つきは鋭く、表情も険しいものへと変貌してしまっていた。

 その姿に、凛心は一瞬逢調の面影を見たような気がした。


「何しに来た?」

「何しにって……」


 感情の無い声音に一瞬怯みそうになるが、正当な理由がある事を思い出して諦止を見据える。


「あなたこそこんな所で何をしてるの? 探してたんだよ?」

「その分だと誰かの復讐で来た、という訳でも無さそうだな」

「……どういうこと?」


 凛心の質問に答えるつもりはないようだったが、黙ったまま何か思案している様子だった。


「とりあえず桜樹国に帰ろう? 何があったかはその時にゆっくり――」

「それはできない」

「え?」

「一人で帰ってくれ」


 突き放すように一方的に告げて、諦止は再び洞窟の中に戻って行こうとする。


「ちょ、ちょっと待って!!」

「……なんだ」

「ここにいるって……いつまでいるつもりなの?」


 その問いかけに答えは無かった。

 この三箇月間で何があったのか知る由も無かったが、その様子は明らかに普通ではなく、そんな諦止を放って帰れるほど凛心の聞き分けは良くなかった。


「とりあえずここから移動しない? 桜樹国やポソリ村が嫌だっていうなら別の場所でもいいから」


 言いながら腕を掴もうとするも、その手はすり抜けてしまう。

 諦止が一歩深く洞窟の中に入っていってしまったからだった。

 追いかけて凛心も洞窟の中に入って行こうとするが、諦止から予想とは真逆の言葉が返ってきた。


「少し待っててくれ」

「えっ?……あ、うん」


 三箇月間もこの場所に居たと考えれば、荷物の一つや二つあったとしてもおかしくない。

 ただ荷物をまとめてくるだけ。

 そう考えたかった。


 だが、ここに諦止がいるという事は凛心の予想が当たっていたという事。

 もしかしたら、心のどこかで覚悟していたのかもしれない。

 諦止が再び洞窟から出てきた時、その手に持つ()()()()()に驚きはなかった。


「もう一度言う。このまま帰ってくれないか?」

「……それは、その手に持っている()と関係があるの?」


 洞窟から出てきた諦止の手には抜き身の刀が握られていた。


「もし帰らないのなら――」

「帰らない」


 言葉を遮って即答する。


「…………そうか」


 諦めたように目を伏せながら呟く諦止に、凛心は今日初めて自身の知る彼を見た気がした。

 だが、それも一瞬の事で、次の瞬間にはまた険しい顔つきに戻っていた。


「なら、無理やりにでも帰ってもらう」

「……本気で私と戦うつもり?」

「そうだ」


 冗談かとも思ったが、諦止の目を見る限り本気のようだった。

 凛心がまだ幼かった頃は敗北の毎日だったが、国王やシアエトに鍛錬を付けて貰ってからは、その二人以外に負けた記憶は無かった。

 封印事件の際にも凛心の強さは遺憾なく発揮されており、その事は行動を共にした諦止が一番よく分かっているはずだった。


 だからこそ凛心には理解できなかった。

 月見里諦止が勝てるはずがない。

 たとえ彼に天賦の才があって、失踪していた三箇月の間に血の滲むような努力をしていたとしても、その差を覆せるとは到底思えなく、諦止自身もその事はよく理解しているはずだった。


「そう。……なら」


 刀を抜いて構える。

 だが、その刀身は逆を向いていて自身に刃が向いている状態だった。

 峰は刀の弱点とも呼ばれる場所。

 その峰を晒す行為は、決して諦止を殺さないという決意の表れでもあり、同時に弱点を晒しても勝てるという自信の表れでもあった。


「殺すつもりはないけど怪我はすることになると思う。それでもやる?」

「……殺さない、か。こちらとしては助かるが本当にそれでいいのか?……薄々気づいているんだろう、俺が人を殺しているという事に。でなければこの場所には来ないはずだ」

「っ! どうしてそんな事を……!!」


 その言葉を嘘だと思いたかった。

 だが、本心からそれが嘘だと思うことはできなかった。

 事実、疑問を感じてこの場所に辿り着いたわけだし、この何も無い洞窟にずっと一人でいられるわけがなく、当然協力者がいるはずだった。


 なら、その協力者は誰か。状況を整理するまでもなく、一人しかいなかった。国王だ。

 月見里諦止が人を殺し、国王がそれを隠す。

 諦止の動機は分からないが、国王にはそれをするだけの理由があることを凛心は既に知っていた。


「それでも俺を殺さないと?」

「……それがもし本当だったとしたら、猶更あなたを殺すわけにはいかない。何があったのか、理由も含めて全てを話してもらわないといけないから」

「…………そうか。なら、もう何も話すことは無いな」

「……どういうこと?」

「詳しい事を話す気はないという事だ」


 諦止は視線を彷徨わせながら何かを考える素振りをした後、再び凛心を見据えて口を開いた。


「俺はただの人殺しだ。人を殺すのに理由なんて無い。やりたいからやっただけだ」

「っ!」


 自嘲気味に告げたその言葉は、いつか逢調が口にした言葉だった。

 逢調を憎んでいた諦止が、逢調の言葉を真似て口にする。

 大切な人を失う辛さを誰よりも知っているはずなのに、平然と殺しを認めている。

 そんな言った本人も傷つくような言葉を平然と言ってのける諦止に、凛心は困惑と憤りの二つの感情を覚えた。


 そして、その言葉を最後に二人を包む空気が変わる。

 諦止は凛心と同じ構えを取って、互いに様子を見る。

 最初に動いたのは凛心だった。

 摺り足のまま、少しずつ間合いを詰めていく。


 諦止の構えは凛心を真似ていたが、それでも素人だと断言できるほど隙だらけで、実力の差は歴然だった。

 それでも勝負を仕掛けてくるということは、必勝とまで言わずとも勝算の高い戦法があるということ。

 力量差はあっても油断はできなかった。


(さぁ、どう来る)


 どちらにせよ、まずは相手の出方を窺うのが得策。

 そう判断した凛心は一気に間合いを詰める。


「っ!!」


 既に斬り合いの間合いに入っていたが、諦止は急に間合いを詰めた凛心に驚く様子は見せたものの斬りかかって来るような素振りは無かった。

 その様子を見て、諦止の戦法は相手の攻撃に合わせて斬り出す類のものだと推測する。


「っふ!」


 隙だらけの諦止の横腹目掛けて左方向から薙ぎ払うように打ち込む。

 この一打は本命ではなく、諦止がどう対応するかを見るための一手だった。


「くっ!!」


 諦止は咄嗟に半歩後ろに下がりながら、前に構えていた刀を縦にして凛心の刀の峰を打とうとする。

 だが、諦止の刀に触れる前に凛心の刀の勢威は消え失せ、持ち主の元へ戻って行った。


「っち!」

(そういうことね)


 僅かに聞こえる程度の舌打ちをして悔しがる諦止を見て、凛心は諦止の意図を掴む。

 恐らく諦止は、最初から自分が殺されないと見越した上でこの考えを思いついたのだろう。

 刀の弱点である峰を打つことによって相手の武器を破壊する。

 そして、丸腰になった相手を斬り伏せる。


 確かに、武器を奪われてしまえば如何に剣技の練度に差があったとしても意味は無くなる。

 単純な力比べとなってしまえば男女の筋力差を覆す事は難しくなるだろう。


 だが、種が割れてしまえば対応は簡単だった。

 先ほどの一撃は諦止を倒そうという意思が無く、力も速さも刀に乗っていなかったために、諦止に刀を縦にして防ぐという時間を与えてしまった。


(次はそうはいかない)


 次の一打。速さに加えて打ち込む場所や方向を変えれば、彼は対応することができないだろう。

 骨は折る事にはなるが、諦止が本当に人を殺したのであれば過剰な手段とも言えなかった。


 互いに体勢を立て直して再び構えを取る。

 構えは先ほどと同じままだった。


 それが意味するところは、互いに先ほどと同じ戦法を使用するだろうという事だった。

 凛心からしてみれば、同じ展開になれば既に結果の見えている戦い。

 諦止が新たな策を思いつく前に決着を付けたかった。


 先ほどと同じく凛心から間合いを詰める。

 諦止に変わった動きは見られなかった。

 そして、その時は訪れた。


「はぁっ!!」


 間合いに入った瞬間、凛心は一合目とは逆方向から諦止の右肩目掛けて斜めに振り下ろす。

 その一打は一合目よりも数段速く、半歩後ろに下がる時間すら与えないものだった。

 だが、次の瞬間凛心は驚くべき光景を目の当たりにした。


 諦止は刀から右手を離し、向かってくる刀に自らの腕を当てるようにして肘を上げた。

 それは、凛心の刀を破壊したり受ける事が目的ではなく、刀の軌道を逸らすための行動だった。

 その事に気付いた時には、既に()()が付いていた。


 凛心が狙おうとしたのは右肩だった。

 だが、直前で軌道を逸らされたことによって刀身が向かった先は諦止の頭部だった。

 刃が付いていない峰での攻撃とはいえ、凛心の本気の一撃であったそれが頭部へ直撃すれば死は免れないだろう。


「っ!!」


 手首を無理やり返すことによって、なんとか勢いを落とすことは出来た。

 だが、頭部への直撃は避けきれずに、凛心の手には鈍い衝撃が伝って走った。

 諦止の頭部から血が流れたが、倒れることもせず気を失っている様子も無かった。


(良かった……。っ!)


 ほっとするも、今が戦いの最中だったという事を思い出したのは、腹部に重い衝撃を覚えてからだった。



 ♢



 頭部から流れる血をそのままに、意識を失った凛心を拘束する。


(……紙一重だった)


 収まる様子の無い心臓の鼓動を感じながら、月見里諦止は数秒前の出来事を振り返る。

 全てが思い通りにいった。

 そう言えるほど、作戦通りの展開だった。


 凛心の実力が自身を遥かに凌駕していることは十分理解していた。

 だからこそ、戦いが始まる前に出来る限り動揺させ、更に情報を引き出しておく必要があった。


 特に、殺すつもりが無いという言葉。

 凛心の性格上、何があっても殺すよう真似はしてこないと分かってはいたが、あの言葉が無ければ迷いが生まれ、地に伏しているのは凛心ではなく自身かもしれなかった。


 あの言葉のおかげで、凛心が狙うであろう箇所は胴体の一点に絞られた。

 頭部はもちろん、足部への攻撃もしてこないと読んでいたからだ。

 凛心に相手を嬲るような趣味が無いということも理由の一つとして挙げられるが、単純に実力差が開きすぎていたため、わざと決定打を避けてまで弱らせる必要性が無かったからだ。


 更に、桜星祭で見た凛心と国王の一戦。

 凛心は国王の肩目掛けて木刀を振り降ろしていた。

 ここぞという場面で自信のある行動を取るであろうことは簡単に察せられた。


 唯一の誤算は凛心の刀身の速さ。

 本来なら刀で受け流し頭部へ誘導するはずだったが、あまりの速さにそんな余裕は全く無かった。

 咄嗟に刀を離す判断が出来たのは我ながら信じられなく、()()()()で父と戦った経験が生きたのかと、ふと思った。


「っぐ……!」


 頭部の痛みに思わずよろめき、手にしていた刀を落とす。

 流れる血をそのままに、意識を失い、冷たい地面の上で横になる凛心を見つめる。


「…………すまない…………」


 その言葉は誰の耳に届くことなく、静かな森の中に消えていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ