二十八、幸福な日々
「相変わらず二人は仲が良くて羨ましいわい」
「…………はい?」
意識が飛んでいたのか、気が付くとポソリ村の村人に話しかけられていた。
どうして話しかけられたのかは、記憶が抜け落ちている様で思い出せなかった。
「当然でしょう。子供の頃から一緒にいるんでね」
隣にいる誰かが代わりに答える。
「わしんとこは長い間一緒にいるのに喧嘩ばっかだかんなぁ」
「喧嘩するほど仲が良いだなんて言葉も聞くし、それも満更でもないんでしょう?」
「ははは、まぁ実際そうなんだが。……そいじゃあ、わしは用事があるんでの」
「奥さんにもよろしく伝えておいてください」
「ああ、分かったよ。諦止もいつでも遊びに来ていいからの」
「……え? ああ、はい」
そう言うと、村人は歩いていってしまった。
馴染みのある会話のはずなのに酷く懐かしいような悲しいような、そんな複雑な気持ちになる。
「……咲音……?」
「ん? どうした?」
隣には咲音がいた。
当たり前のはずの光景がやけに嬉しかった。
「……いや、少しぼーっとしてたみたいだ」
「なんだそれは。……白昼夢ってやつか?」
「そうかもな」
「はぁ。ちゃんと寝てるんだろうな?」
「寝てるつもりなんだけどな」
笑い合いながら月見里家に向かう。
今日は咲音の作った料理を、咲音と諦止の家族の四人で食べる約束をしていた。
「今日は腕によりをかけて作ってきたから自信があるんだ」
「この前もそんなこと言ってなかったか?」
「ふふん。今日はこの前とは一味も二味も違う」
咲音は自信満々に指を一つ二つと順番に立てながら語る。
「へえ? じゃあ、いつも以上に美味いのか、これは期待できるな」
「うっ……やっぱり今のは無し」
「ははっ! 大丈夫だよ、咲音の料理が美味いのは間違いないんだから」
「……そのハードルをもう少し下げてもらえると非常に助かるんだが」
「悪い悪い」
笑い合いながら咲音と会話する。
つい先日も会ったはずなのに、咲音の顔や声、ポソリ村の雰囲気に至る全てが懐かしく思えた。
「それに諦止が美味しいって思ってくれても、諦止の両親の舌に合わなかったら意味がないじゃないか」
「それも大丈夫だと思うけどな。家族なんだから味覚も大体同じなはずだし」
「……それ、本気で言ってるわけじゃないよな。まぁでも、おかげでちょっとは緊張が解れたよ」
「それなら良かった」
その後も暫く冗談を言い合っていると、すぐに家に到着した。
「おかえり!」
「おぉ、帰ってきたか」
「……ただいま」
両親とはついさっき会ったばかりのはずなのに、二人の顔を見るのは随分久しぶりのように感じた。
当たり前の光景に何故だか涙が出そうになる。
「お、お邪魔します」
いつもと違い、見るからに緊張した面持ちで、咲音は諦止の後ろに付いてくるようにやってきた。
「いらっしゃい咲音ちゃん! 自分の家みたいに自由に寛いでていいからね」
「あ、いえ! 私にも動かせてください。料理も用意してきたので!」
「あら、そういえばそうだったわね」
「諦止の将来の嫁さんの料理か……楽しみだな。なあ、母さん?」
父はソファに座りながら、キッチンを移動する母を見る。
「そうね。諦止が絶賛するほどの腕前らしいから楽しみだわ~」
「そ、そんな大した物じゃないのであまり期待しないでくださいね!? そ、それにお嫁さんだなんて……!」
「おいおい、あの時プロポーズを受けてくれたのは嘘だったのか?」
笑いながら言ってから、違和感を感じる。
いつ、どこでプロポーズをしたのか記憶に無かったからだ。
「て、諦止!」
「ははっ! 相変わらず仲がいいなぁ。俺達の若い頃を見ているようだ」
「そうねぇ、ふふっ」
夢のような時間は穏やかに進んでいく。
幸せな食卓のはずなのに、心のどこかで違和感を覚えている自分がそこにはいた。
♢
「ふぅ~、食べた食べた。しかし絶品だったなぁ」
「そうねぇ、また作って来てもらおうかしら」
「ありがとうございます! それじゃあ、また今度作ってきますね」
両親に料理の腕を認められたのが嬉しかったようで、咲音は笑顔で答える。
「……ってあら、もうこんな時間。諦止、咲音ちゃんを家まで送ってあげて」
「そうだな、じゃあ――」
「いえ、家もそんなに遠くないので一人で帰れますよ」
その言葉を聞いた途端、根拠のない不安が心の中を埋め尽くす。
「駄目だ!」
「え……諦止?」
「……あ、いや……もし何かあったら大変だから送っていくよ」
「何かって……?」
どこか釈然としない様子の咲音に返す言葉は無かったが、それでもこのまま一人で帰すこともできずについていく。
「それじゃあ、またいつでも遊びに来ていいからね」
「……っはい、ありがとうございます!」
「諦止、しっかり送り届けるんだぞ」
「分かってるよ」
こうして食事会は無事に終わりを告げた。
誰が、どうして食事会を開いたのか、ふと疑問に思ったが、些細な事だと思い隣の咲音との会話を楽しむ。
「はぁ~、よかった。もし不味いって言われたらどうしようかと思った」
「だから大丈夫だって言っただろ?」
帰り道で今日の感想を語り合う。
「いやいや、あんな言葉で本当に安心できると思ったのか……?」
「なんにせよ、これで料理の腕は認めてもらったわけだから良かったじゃないか」
「それは……そうだな」
「……咲音、あのさ……」
「うん?」
未だにプロポーズに関する記憶が欠如したままというのは気持ち悪く、咲音に聞こうと意を決した時、視界の隅にいた人物に目を奪われてしまう。
(……誰だ?)
遠目からでも分かるほどに、緑色の綺麗な浴衣を着た少女が木々の合間からこちらを見つめていた。
ポソリ村にあんな子がいた記憶は無く、不動の少女は一体いつからそこにいたのかも分からなかった。
「諦止? どうした?」
「あ、ああ。いや、この村にあんな子いたかなと思って」
「あんな子?」
再び視線を戻すと、少女の姿はどこにもなかった。
「あ、あれ……?」
「本当にちゃんと寝てるのか心配になってきたな……」
「いや、確かにそこにいたはずなんだが……」
「子供なんだったらどこかに行ったんだろう?……と、ここまでで十分だ、送ってくれてありがとう」
「え?」
気が付くと、既に咲音の家の近くまで来ていた。
「今日はしっかり寝て身体を休めること、いいな?」
そう言って咲音は小走りで去ってしまった。
「……聞きそびれちゃったな……」
もう一度少女のいた方向を見るが、やはりそこには誰もいなかった。
本当に幻覚だとは思いたくなかったが、冷静になって考えてみるとこの時間に浴衣姿の少女がいるというのはどう考えてもおかしく、幻覚だと言われたほうが納得がいった。
「……帰るか……」
気のせいだと自身に言い聞かせながらその日は家に帰り、そのまま眠りについた。




