二十六、来訪者
桜星祭が終わった後、諦止は再びポソリ村に戻ってきていた。
前回ポソリ村に戻って来た時は、とんぼ返りのようになっていた事もあって、凛心が気を利かせてくれたのだ。
経過観察のようなもので、ポソリ村が元の暮らしを取り戻せているか、一箇月ほど滞在してきてほしいとの事だった。
荷物を置いて自宅のベッドの上に横になると、懐かしい匂いに安心したのかいつの間にか眠ってしまっていた。目が覚めた時には、既に朝日がカーテンの隙間から差し込んでいた。
「お~、いたいた。諦止~!」
「どうしました?」
今日は何をしようか考えながら村を歩いていると、豆村が探していた様子で話しかけてきた。
「木材が足りなくなっちまってなぁ。悪いけんどぉ……」
「分かりました。今伐ってきます」
「悪いのぉ、伐採した木を運ぶのはワシらも手伝うんでなぁ」
「助かります」
一人で村まで運ぶのは正直かなり骨が折れるので、その申し出は素直に受けておくことにした。
「ふーむ、今夜は少しでも力の付く飯にしてやりたいが……」
「気を使わないで大丈夫ですよ。それじゃあ、行ってきますね」
「んじゃあ頼んだぞぉ。……あぁ、それと雪が降るかもしれないからの、もし降ってきたらすぐ帰って来い?」
「雪ですか……。今年は少し早いですね」
「そうだなぁ。……頼みはしたが、そこまで急ぎでもない。無理はしないでくれ」
「分かりました」
一度家に帰り、斧と鋸と矢を持ってくる。
伐採した木を運ぶ道具は後で用意することにした。
「……雪か」
空を見上げる。
豆村の言う通り、いつ雪が降ってもおかしくない気温だった。
曇り空を見上げながら、凍える手に息を吹きかけながら歩く。
♢
村から離れた場所にある林に到着する。
道中で身体が温まり、震えるような寒さは感じなくなっていた。
(雪が降る前に終わらせなきゃな)
丁度いい太さの木を探しながら林の中を歩く。
とりあえず二本、時間があれば三本伐っておきたかった。
「まずはこの木にするか」
手頃な木を見つけて準備に取り掛かる。
「さてと。……ん?」
何かの気配を感じて後ろを振り返る。
だが、そこには何もいなかった。
(気のせい、か?)
この付近で野生の動物が出るだなんて話は聞いたことが無く、こんな場所に人が訪れることもほとんど無かった。もし人が来たとしても、同じポソリ村の住人ぐらいだ。
再び作業に戻ろうとしたが、今度はハッキリとその気配を感じた。
枯葉を踏みしめる音が聞こえて振り向くと、そこには黒い防寒着を着た男が一人立っていた。
「……どなたですか?」
問いかけるも返事はなく、見合った状態のまま沈黙が続く。
男は話しかけて来るわけでもなく、ただ黙ってこちらを見ていた。
(……なんなんだ?)
ポソリ村の人間でないことは一目見て分かった。
であれば、桜護衆かとも思ったが、桜護衆ならこちらの問いに黙っている道理がない。
道に迷った旅の人という事ならまだ理解できたが、それなら人を見つけた時にもう少し嬉しがる反応を見せるはずだった。
この男にそういった感情は見えず、ただこちらを値踏みするような、纏わりつくような視線があるだけだった。
「……何か用ですか?」
もう一度話しかけるも、やはり返答はなかった。
だが、こちらの言葉には反応しているようで、ゆっくりと歩を進めてくる。
「っ……」
後ずさりしながら警戒する。
見たところ凶器らしいものは持っていなかったが、無言のまま近寄られると恐怖を感じずにはいられなかった。
肌がひりつくような空気を感じながら、冷静に男の挙動を観察する。
「……月見里諦止だな?」
そんな中、男の口から出た言葉は予想外のものだった。
「……どうして俺の名前を?」
「仇討ちに来た」
その言葉に驚く暇も無く、男は懐から短刀を取り出して間合いを詰めてくる。
警戒していたため躰は動いた。手に持っていた斧で辛うじて防ぐことができたが、刃同士を合わせることはできずに斧の柄で短刀の刃を受ける形になった。
その結果、男の持つ短刀が手斧の柄に食い込んで、膠着状態になる。
「っ! 何のことだ!? 恨みを買うような真似をした覚えは――」
そこまで言って、思い当たる人間が脳裏に浮かぶ。
あの日から一日たりとも忘れた事のない人物の顔を。
(……だが、あいつは世界を滅ぼそうとした人間だ)
そんな奴が仇討ちを思い立ってくれるような人望のある人間だとは思えなかった。
それでも確証が持てずに口篭る。
「っ……」
「分からないか?」
男は押し込んでいた短刀を勢いよく引き抜き、すかさず一歩下がって距離を取る。
追撃してこようという意思は見えなかった。
「それほど人を殺してるということか? だとすれば、俺の予想は外れたか……」
「お前はあいつの、逢調の仲間なのか?」
恐る恐るその名前を口にする。
「……正確には違うが、間違いじゃないな」
「仇討ちとは、逢調の復讐に来たということなのか?」
「その通りだ」
考える素振りを微塵も見せずに答える男に、思わず声を荒らげる。
「お前は逢調が何をしたか知っているのか!? それでも復讐すると?」
「知っている。だが、それも何か理由があっての事だったと俺は信じてる」
「っ! 理由があれば人を殺してもいいって言うのか!?」
「その言葉は、殺した側の人間の言葉じゃないな」
「っ……」
厳かに告げる男に言葉が詰まる、悔しいがその通りだった。
仕方なかった、悪人だったとはいえ、人を殺したのは事実。
そんな人間が言うべき言葉ではなかった。
「あの人が何をしたかは関係ない。桜樹国で聞き込みをした時、その時の様子を見ていた人に話を聞くことができた。途中まで喧嘩のように殴り合っていたが、片方の男が短刀で刺した、とな」
「それは……」
殴り合っていた。
確かに周りからはそう見えていたのかもしれない。
細かい状況は大きく違うが、結末だけ見れば間違っていなかった。
「更に、その一件は今回の事件を引き起こした元凶が逃亡を図ろうとして桜護衆を殺そうとした。その結果、予定を早めて処刑した、という事になったそうじゃないか」
(……国王はそう伝えたのか)
間違いというわけではなかったが、事実と違う部分も含まれていたため黙って聞き続ける。
「それを聞いた時、殺人の無い国だなんて謳っておきながら随分と小賢しい真似をするものだと感心したよ。……とても世界を救った人間だとは思えない」
言葉とは裏腹に、心底残念そうな声で男は話す。
「……どうして俺の居場所が分かったんだ?」
「『封印事件の元凶を処刑した英雄に礼を言いたい』、と言ったらすぐに場所を教えてくれた。こんな事を聞く人間は俺以外にいなかったみたいで、『喜ぶと思うから直接礼を言ってあげてください』と言っていたな。あんな事件があった後なのに、随分と平和ボケしているもんだと思ったが」
男は薄く笑いながら言う。
桜護衆になってから随分と時間が経った。他の桜護衆に新入りの情報を共有し終わっていても、何もおかしくはなかった。
「本当はもっと早く仇討ちしてやりたかった。だが、お前の近くにはいつも粟峯凛心がいたからな、迂闊に手を出せなかった。……桜星祭では随分楽しそうだったな? あいつを殺してそんなに気分が良かったか?」
その言葉に思い出した事があった。
桜星祭で感じた視線。あれはこの男のものだったのではと思う。
「さて、聞きたい事は終わりか?……それなら」
男は一歩前に歩みを進める。
「もう一つ質問をさせてくれ」
男が更に歩を進めようとした時、その歩みを止めるかのように口を開く。
「お前は、そんなに逢調の仇を討ちたいのか? あいつの仲間ならどんな人間かも分かっているはずだ」
「どんな人間か?……ああそうだ、分かっている。分かっているから、今ここにいるんだ」
そう言う男の眼には強い意思の火が灯っていた。
その表情に嘘や偽りのようなものは全く見えなかった。
「…………そうか」
そこまで強い意思を持つ理由が何なのかなど知る由もなかったが、咲音の復讐を考えていたいつかの自身のように、この男にも譲れない想いがあるのだろうと他人事のように悟る。
復讐を想い、復讐を成し遂げた人間が、自身へ復讐に来た人間から逃げるような恥知らずな真似はどうしてもできなかった。
「村の人間には手を出さないと約束してくれるか?」
「安心しろ、狙いはお前だけだ。他の人間はどうでもいい」
「……分かった」
手に持っていた斧をその場に捨てる。
不思議と心は落ち着いていた。
これこそが罪に対する正当な罰だと分かっているかのように。
「随分と潔いな、何か考えているのか?」
「俺が死ぬことで全て終わるのならそれでいい。人を殺した罪が桜護衆になっただけで償えるなど、本心では思っていなかった。……人の死には、同じ死でしか償えない」
「……そうか。その言葉、嘘でない事を祈ろう……!!」
目の前まで歩いて来た男が短刀を振りかぶる。
(これで終わりか)
心は落ち着いているのに、何故か躰は震えていた。
本当は死ぬことを恐れているのか、自分でも分からなくなっていた。
だが、咲音を護ることができず、両親も死なせてしまった。
そして、人を殺した。
その罪を裁こうとする人間が、命一つで良いというのなら是非も無いはずだった。
心残りは何も無い。
覚悟を決めたはずの胸に何かが引っ掛かる。
大事な事を忘れているような気がした。
その正体が掴めないまま、男の腕が振り下ろされる。




