二十五、桜星祭
桜樹国に帰ってからは、星影に壊された家々の修繕作業を繰り返す日々が続いた。
国外からも大勢の人が手伝いに来てくれて、改めて国王の人徳の高さが窺えた。
封印事件で亡くなった人達の中にシアエトの名前があると知ったのは、桜樹国に帰ってからすぐの事だった。
復興作業を始めてから三箇月の月日が流れた頃。
完全に元通りとまでは言えないまでも、外観はこれまで通りの桜樹国を取り戻しつつあった。
そんなある日、国王から桜樹国の民達にある提案がされた。
内容は、封印事件によって亡くなった人達を弔うために祭りを開催しようというものだった。
この三箇月間、地道な作業の繰り返しで鬱憤の溜まりだした民のガス抜きにも丁度良いと思ったのだろう。
国王の提案はすんなりと受け入れられ、桜星祭と名付けられた祭りに向けて、皆が一丸となって作業を進めていた。
「楽しみ?」
隣に並びながら歩く凛心が、朗らかな表情で聞いてくる。
「ああ。桜武大会も見たことが無かったから、どんな祭りになるのか今から楽しみだな」
「あ~、そういえば私の勇姿も見てなかった、なんて言ってたっけねえ?」
凛心は悪戯な表情を浮かべながら細目で見てくる。
「次の桜武大会はちゃんと見に行くよ」
「ふふっ、冗談だよ。今回のお祭りは死者への弔いもあるけど、生き残った人達への労いの意味もあるから、目一杯楽しもうね!」
「そうだな。ポソリ村の皆も来れればいいんだが……恐らく面倒くさがって来ないだろうな」
苦笑いしながら二人で城下街を歩く。
既に至る所に飾り付けが施されていて、桜樹国は祭りの様相を呈してきていた。
「……もし、良かったらさ」
「ん?」
歯切れ悪く、何か言おうとしている凛心に顔を向ける。
「一緒にお祭り、見に行かない……?」
「ん? そんな事か。全然構わないよ」
当日の予定は無かったため、二つ返事で答える。
「ほんと!? じゃあ待ち合わせ時間は――」
やたらと嬉しそうな顔を見せる凛心に内心驚きつつ、当日の話をしながら城下街を歩く。
これからはこうした穏やかな日々が続いていくのだろう。
星影が現れたあの日から、忙しない日々が続き、休む暇も無かった。
(祭りか)
思った以上に桜星祭を楽しみにしている自分に気付き、微かに笑う。
隣を歩く凛心はその笑みに気付いていない様子で、楽しそうに話しながら歩いていた。
♢
桜星祭当日。
既に夕日が落ちかけていたが、待ち合わせ場所に凛心は未だ来ていなかった。
支度に時間がかかっているのだろうと思い、周りを行き交う人達に視線を向けながら凛心を待つ。
神城跡地に出発する時も、こうして待っていたなとあの日の事を思い出していた。
それから暫く経ち、急用でも出来たのかと思い始めた頃、遠くから凛心が走ってくる姿を確認する。
「遅くなってごめん!!」
着くや否や、両手を合わせながら頭を下げて謝る凛心に優しく声を掛ける。
「いや、俺も着いたばかりだから気にしないでいいよ」
「ホントに?」
凛心は上目遣いのまま僅かに顔を上げる。
「本当だ」
「それなら良いんだけど……。ごめんね、国王様に呼ばれちゃって」
「ん? 国王様に?」
凛心の表情が暗くなる。
何を言われたのか聞いていいものか悩んだが、このままの状態で祭りを楽しめるとは思えずに、聞いてみることにした。
「何かあったのか?」
「うん。今日のお祭りの事でちょっとお願いされちゃってね」
「お願い?」
「祭りを盛り上げるために、皆の前で模擬戦を披露してほしいって頼まれて」
「そうだったのか」
桜武大会で優勝した事のある凛心が出れば盛り上がること間違いなしだろう。
だが、当の本人に試合をする気が無いのでは無理強いするのも酷ではないかと思う。
そんな考えを知ってか知らずか、凛心は頭を振りながら続けた。
「別に模擬戦をするのが嫌だって訳じゃないんだけど、今日は一緒にお祭りを見て回る予定だったから……」
「……そうか。その模擬戦はいつ始まるんだ?」
「一時間後。だから少しの時間しか一緒に行動できないんだ」
祭りに相応しくない寂しそうな顔する凛心に、優しく微笑みかける。
「じゃあ、それまで楽しもう。それに模擬戦もちゃんと見に行くよ。桜武大会で見れなかった分、しっかり見る」
「……うん。そうだね、ありがとう!」
凛心は一変して明るい表情になる。
だが、最後に困った顔で、でもと付け加えた。
「その模擬戦の相手は国王様なんだよね……」
「…………頑張れ」
想像していた以上に手強い相手に、上手く励ますことができなかった。
その後、模擬戦が始まるまでの時間を二人でゆっくり過ごした。
弓矢を使って行う的当てゲーム。
桜城をそのまま使い、桜護衆が鬼役として参加する脱出ゲームにも参加した。
「いやー、今のは危なかったね!! もう少しで捕まるところだったよ」
「……鬼を威圧するのは無しじゃないのか?」
「なっ、人聞きの悪い! 全然威圧してなかったでしょ!?」
「そうか……?」
笑いながら歩いていると、お面屋が見えてきた。
「あっ、あの狐のお面かわいい~! ちょっと寄ってもいい?」
「もちろん」
駆け足でお面屋へ向かう凛心に一歩遅れて歩き出す。
その時、どこかから視線を感じて振り返る。
(……気のせいか?)
振り返ってもそこには大勢の人がいるだけで、こちらを見ている人物は確認できなかった。
再び前を向いて歩き出そうとした瞬間、誰かに肩を掴まれる。
「っ!?」
急いで振り返ると、そこにはどこかで見た顔があった。
「ああ、すみません。驚かすつもりはなかったんですが」
「あなたは……!」
困ったように頬を掻くその人物は、カガリ町で凛心と一緒に星影と戦っていた桜護衆の一人だった。
隣に並ぶ女性は見覚えが無かったが、男性の方は確かにあの時の桜護衆だった。
「丁度あなたの姿が見えて、まだ直接お礼が言えていなかったので。その節はありがとうございました」
「主人を助けていただき、本当にありがとうございました」
そう言って桜護衆の男性は深々と頭を下げる。
隣に並ぶ女性も、それに倣って同時に頭を下げていた。
口ぶりから察するに、彼の奥さんなのだろう。
「いえ、そんなお礼を言われる事はなにも――」
「そんな事はありませんよ。あの時助けに入ってきてくれていなければ私はきっと死んでいたと思います。同じ桜護衆になったと風の噂で聞いてはいたんですが、色々と忙しくてお礼を言うのが遅れてしまいました」
「こちらこそ、あの時は――」
「どうしたの? って、ん? あぁ!」
狐のお面を頭に付けて帰って来た凛心は、その様子を見て全て察したようでニヤニヤしながら歩いてきていた。
(さっきの視線はこの人だったか)
視線を送っていた人物の正体が分かりほっとする。
その場で、カガリ町で起きたことについて話していると、どこからか女性の声が聞こえてきた。
「凛心さーん! どこですか~?」
声の主は、コウカイ港で凛心と親しくしていた優里という女性だった。
「うん? って優里じゃない、そんなに慌ててどうしたの?」
「どうしたじゃないですよ!」
優里は凛心の手を掴む。
「模擬戦の時間! もう始まっちゃいますよ!」
「え? あっ、もうそんな時間!?」
凛心は心底驚いた様子のまま、優里に連れられて走り出す。
「ごめん! 先に行くね!!」
「あ、ああ」
そう言って、凛心は優里と一緒に走って行ってしまった。
後に残された諦止も、二人に挨拶をしてすぐに会場である桜城の中庭に向かった。
♢
「しまった……」
急いで会場に向かったものの人混みが凄く、中庭に着いた頃には既に試合が始まってしまっていた。
(……最後しか見れなかった、なんて言ったら流石に怒るかな)
そんな事を考えながら、勝負の行方を見届けようと目を凝らす。
予想していた通りと言えば凛心が可哀そうになるが、どうやら国王が優勢のようだった。
二人の武器は安全を考慮してか、どちらも木刀を手にしている。
余裕の表情を見せながら凛心の攻撃を捌く国王に対し、凛心は自身の攻撃が全く通じておらず、攻撃しているのは凛心の方なのに逆に追い詰められた表情をしていた。
あれほどの強さを見せていた凛心がここまで追い込まれるとは想像できず、最初から試合を見れなかった事が今更になって悔やまれた。
「頑張れ凛心!!」
他の観客と同じ声の大きさで発した言葉だったが、その声に気付いたのか凛心がチラリと諦止の方を見る。
そして、少しだけ笑みを浮かべると、前方に構えていた木刀を肩の上に乗せるように上段に構えた。
対する国王も、凛心の構えを見て面白いと言わんばかりに同じ上段の構えを取る。
その様子を見て観客は歓声を上げたが、見合っている当の本人達はその声が全く聞こえていないかのように、静かな表情をしていた。
(これで決まる)
素人ながらに、確かに分かる事もあった。
この一合で決着が着く。
瞬きする事すら惜しいと感じさせるような目を奪われる美しさが、そこにはあった。
そして、そんな時間はやはりというべきか長くは続かなかった。
先に動いたのは凛心。
これまでの攻撃とは比較にならないほどの速さで、国王の肩目掛けて木刀を振り下ろす。
直撃すれば大怪我は免れないほどの勢威だったが、国王を信頼しているのか、その攻撃に躊躇のようなものは一切感じられなかった。
一般人には目で追うことがやっとといった攻撃を、国王は人外めいた方法で真っ向から叩き潰した。
振り下ろされた木刀の軌道を見極め、半身だけで避けるのと同時に、凛心の木刀の速度に合わせて上から覆いかぶせるようにして木刀を振って、地面に抑え込んだ。
「っ!!」
「……勝負あり、だな」
よほど自信があったのか、悔しがる凛心を余所に国王は静かに告げた。
その瞬間、両者を称える大きな歓声が上がった。
暫くして、凛心は溜息をついてから小さく頷くと、爽やかな表情で観客の声に答えていた。
(……惜しかったな)
手を振る凛心を見ながら心の中で労う。
そして、最後に見た一合は一生忘れる事がないだろうと思った。
こうして、桜星祭は無事に終わりを告げた。




