二十四、帰郷
桜城の通路を凛心と二人で歩く。
執務室から出てからお互い考える事があったのか、終始無言のままだった。
死を覚悟していたのに、まさか桜護衆となって出てくる事になるとは思ってもみなかった。
更に、両親の死を告げられるという予想だにしなかった状況は、気持ちの整理をする時間としてはあまりに足りなかった。
ポソリ村に行って直接確かめたいという気持ちもあったが、罪を償うためにも今は凛心の下で桜護衆として働かなくてはならなかった。
「……うん」
隣で歩く凛心が何か呟き、一人で頷く。
「諦止、出かける準備をしてきて」
「出掛ける準備……? どこか行くのか?」
「ポソリ村よ。被害を受けた村に物資を届けに行くっていうのも立派な仕事の一つだからね」
「っ! いいのか?」
「ん? 何が?」
これが凛心の気遣いだというのはすぐに理解できた。
それでも気を遣わせないためか、凛心はまるで分っていないかのような反応をする。
「いや、ありがとう。今回の件だけじゃなく、この一週間の事、本当に感謝してる」
「お礼を言うのは私の方だよ。ようやく誰かの助けになるようなことが出来た気がするから」
「……そうか」
国王の言葉を思い出す。
凛心は人の役に立つ事をしたがっていると。
この一週間助けられてばかりの毎日だったが、その願いが少しでも叶ったのなら嬉しかった。
といっても、状況が状況なだけに嬉しさも半分だった。
「それと、申し訳ないんだけど私はやることがあるから、ポソリ村に行くのは一人になっちゃうんだけど、頼んでもいい?」
「ああ、もちろん」
即答する。
願ってもない初仕事だった。
「物資は用意しておくから。あ、それと! もしかしたら見送りに行けないかもしれないけど、そしたら出発しちゃっていいからね」
「分かった。忙しいのにすまないな」
「いいのいいの」
気を使ってくれていることは明白だったが、その言葉に甘えることにする。
「今度ポソリ村を案内するよ。といっても、案内するほど大きい村ではないけど」
「ほんとに? じゃあその時はお願いね」
「ああ。それじゃ、また」
「うん、また」
その言葉を最後にどちらともなく背を向けて歩き出す。
窓の外は雲一つ無い晴天が広がっていた。
♢
(随分久しぶりの様な気がするな)
凛心の用意してくれた馬とゆっくり道を進みながら、ポソリ村に想いを馳せる。
村を離れてから約一週間が経過したが、過ごした時間が濃密だったせいか、遠い昔のことのように思えた。
結局、凛心は見送りには来れなかった。
(何かプレゼントでもするべきだろうか)
日頃の感謝を込めて何か贈り物をするべきかと思案する。
だが、女性への贈り物など咲音以外にしたことが無かったため、結局答えはでなかった。
草原を歩きながら新鮮な空気を肺に取り入れる。
ポソリ村は無事との事だったが、両親の件も含めてもう一度覚悟を決めておく必要があった。
そう考えると、見慣れたはずの景色がどこか色を失って見えたような気がした。
♢
ポソリ村に着き、その光景に思わず言葉を失う。
老人から子供まで、皆が外に出て壊れた家々の修繕を行っていた。
国王の言う通り、ポソリ村にそこまで目立った被害は見られなく、もっと暗い雰囲気を想像していただけに村の明るさに少しだけ心が救われるような気になった。
「……んん? おお、諦止じゃねえか! よく無事だったなあ!!」
聞き慣れた声に名前を呼ばれて振り返る。
声の主は豆村だった。
「豆村さんも無事で良かったです! 皆も思ったより元気そうで本当に良かった」
「あぁ、いつまでも暗い顔してられねえからな。幸い、怪我人は多くなかったから躰を動かしてたとこだよ。その方が色んな事を考えずに済むしな」
「そうですか……」
やや間があってから豆村は遠慮勝ちに聞いてくる。
「諦止、お前さんの両親の事はもう聞いたか?」
「……間違いないんでしょうか?」
「本当に残念だが……。村の皆のためにあんなに頑張ってくれたのに、俺達は何もできずにっ……!」
涙を堪える豆村の言葉を聞きながらも、不思議と心は落ち着いていた。
ポソリ村を出て桜樹国へ向かう際に最悪の事態を考えなかったわけでもなかったし、国王に両親の死を告げられてから僅かながら考える時間もあった。
そして今、両親をよく知る人物により事実を教えられても全く涙が出ないのは、現実感が無いからなのだと悟った。
「豆村さん、三人は今どこに?」
「三人? ああ、月見里さんと咲音ちゃんはポソリ山の花壇前に埋葬してるよ」
「……そうですか」
両親とは違い、咲音の死は目の前で見届けていた。
だからだろう、彼女の名前を耳にすると酷く胸が痛んだ。
あの時、もっと違う選択が取れていれば咲音は死ぬことはなかったかもしれない。
咲音が死んでから、同じ考えが何度も頭の中でループする。
過去を変えることなんてできないという事は分かっているのに、未練がましくあったかもしれない可能性を夢想していた。
「先に三人に挨拶してくるといい。皆にはその後でいいさ」
「では、お言葉に甘えさせていただきます。馬を任せても?」
「おう! ……っと、こりゃ随分大荷物だなぁ」
「桜樹国からの支援物資です。皆で分けてください」
「おお、そりゃ助かる!」
豆村は嬉しそうに積み荷を降ろし始める。
旅を労っているのか、乗って来た馬に向かって話しかけていた。
「それじゃあ」
そんな豆村に一言だけ声を掛けてからポソリ山まで向かう。
坂道を登っている最中、次々と記憶が蘇ってきた。
嫌な思い出だけでなく楽しかった思い出も同時に思い出し、複雑な心境の中ポソリ山を登って行く。
咲音が眠る場所に両親も眠っている。
三人には、全てが終わったことを報告しに行かなければならない。
あの場所に向かうのは気が引けたが、それでも一歩ずつ歩いて行く。
♢
冬の寒さが心身に染み渡る。
雪でも降りそうな気候だった。
辺りの木々は枯れ果て、山道は枯葉が敷き詰められていた。
しばらく歩き続けると、ぽっかりと空間の開いた脇道へ出る。
「……ここか……」
花壇の近くに二つの墓石がぽつりと並んでいた。
月見里家ノ墓、鳥柿家ノ墓。
両親と咲音の墓だった。
良い場所に建ててくれたことを感謝しながら墓前に正座する。
「……久しぶり、って言ってもたった一週間だけど」
まずは両親に向けて言葉を紡ぐ。
墓に向かって話すだなんて昔の自分なら理解できなかった。
だが、大切な人を亡くして初めてその気持ちが少し分かったような気がした。
死んだという事実を認めたくない。
寂しいという思いが、こうさせるのだと。
「父さん、母さん、何も言わずに村を出てごめん。でも、全て終わったよ。星影も国王様が解決してくれた。結局どんな手段を取ったのかは教えてくれなかったけど」
両親が生きていたら言いそうな事を一つ一つ頭に思い浮かべながら、この一週間で起きた出来事を話していく。
そして、全ての話が終わった後に咲音の墓に向き直る。
「いつも咲音の事を考えてたからかな、ずっと一緒にいた気でいたよ。……あぁでも、そしたら凛心に焼きもちを焼いてたかな」
苦笑いを浮かべながら独り言を続ける。
話している内に段々と、三人が死んだ事が現実なのだという事を理解し始める。
「それから――。……また来るね」
服に付いた土を叩いて立ち上がり、少しの間墓石を眺めてから踵を返す。
人を殺した。
その一言はどうしても口にすることはできなかった。
国王は元々処刑される人間だったから気に病むことは無いと言っていたが、それだけで人殺しを正当化できるほど器用ではなかった。
人を殺しておきながら、その事実から目を背ける自身を恥じるように、下を向きながら歩き去る。
墓参りを済ませて村の皆に挨拶をした後、逃げるように桜樹国へ帰っていった。




