表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
消えゆく世界で星空を見る  作者: 星逢もみじ
果ての存在編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

23/38

二十二、復讐

 倦怠感を覚え始めた躰のままその様子を眺めていると、目の端に何かを捉える。

 その違和感を追うと、建物の陰から誰かががこちらを見ていた。


「…………なんで……どうしてあいつが!?」


 その人間を認識した瞬間、脱力しきっていたはずの躰に再び血が通っていくのを感じた。

 遠くからでも誰だか分かった。

 建物の陰から見ていた人物は逢調だった。


 逢調は、諦止が自身の姿を見つけたのを確認すると、口角を上げて嘲笑(あざわら)う。

 脳裏に聞こえるはずのない逢調の笑い声が反響した気がした。

 理解できないまま見ていると、逢調は踵を返して走り去っていった。


「っ! 逃がすか!!」


 両の足に力を込めて、逃げようとする逢調の後を追う。

 足は棒の様になっていたが、無理やり言う事を聞かせた。


(この混乱に乗じて逃げるつもりか!?)


 星影のおかげで上手く脱獄したのだろうが、今はそんな事なんてどうでもよかった。

 (もつ)れそうになる足を無視して走り続ける。

 こんな状況だからか、走っている人間がいても誰も気にも留める様子はなかった。


「誰か――」


 声を上げようとして止める。

 逢調と星影の戦闘を見た限り、凛心の言う通り戦闘能力は恐ろしく高かった。

 もし逢調が武器を隠し持っていたら、止めようとした人間は殺されるかもしれない。

 凛心の言う事が確かなら、逢調は桜樹国でもトップの実力。

 桜護衆に助けを求めたところで、足止めできるかも分からなかった。


 仮に足止めできたとしても、続々と外に出始めている無関係な人を盾にする可能性もあった。

 そう考えると、頼れるのは凛心と国王とシアエトぐらいだったが、探してる間にも逢調は姿を消してしまうだろう。


「……くそっ!」


 このまま追い続けても逢調を止める手立ては無い。

 だが、それでもここで逢調を取り逃がせば今度は何を仕出かすか分からない。

 ここまでの大事を引き起こす事はできないにしても、また罪のない人が犠牲になるかもしれないと考えると、目の前でむざむざ取り逃がす事も出来なかった。


「っ!?」

「どうも」


 思った以上に足の速い逢調になんとか食らいつきながら路地裏を曲がると、逢調が正面を向いて立っていた。


「……大人しく、捕まる気になったか?」


 呼吸を整えながら答えの分かり切った質問をする。


「大人しく捕まる気ならあんたと追いかけっこなんてしてませんよ」

「一応聞いてみただけだ」

「でしょうね。……さて、ここまで来れば応援は来ないでしょう。敵を誘き出して一人ずつ、ってのは基本中の基本だ。これ以上追いかけまわされたら脱獄したってバレちまうかもしれない。……悪いですが」


 気味の悪い笑みを浮かべながら近づいてこようとする逢調に、諦止は疑問に感じていた事を聞く。

 こんな人気のない場所で時間稼ぎをしても、誰かが来てくれるとは思えなかった。それでもできる限りの時間を稼ぐ。


「……逃げてどうするつもりだ? お前の企みは失敗に終わった。このまま逃げたところで桜護衆にすぐに捕まるだけだぞ」

「失敗に終わった? くくっ、く……! ええ、そうですね。失敗に終わりました」


 不敵な笑みを隠そうともせずに、堂々と失敗したと言い放つ逢調。

 その言葉の裏には、まだ何かあるようでならなかった。


「……まさか、まだ星影が!?」

「えぇ? いえいえ、あなたも見たでしょう? 星影は完全に消え去ったじゃないですか」


 呆れたように(かぶり)を振る。


「それなら一体――」


 そこまで言って、逢調の放つ鋭い眼光に気付く。


「これから死ぬ人にどうしてわざわざ説明しなきゃいけないんですかねえ?」

「っ!」


 その言葉に思わず背筋が凍る。

 トリナ村で出会った時とはまるで違う威圧感がそこにはあった。


「ま、感謝してくださいよ。あんたの大事な女の所に行かせてやるってんだから」

「っ貴様!!」


 分かりやすい挑発だと分かっていても頭に血が上り、思わず逢調に飛びかかりそうになる。

 だが、寸でのところでなんとか思いとどまる。

 実力差がある相手の懐に不用意に飛び込むことは自殺行為に等しかったからだ。


「おや? 来ないんですか? なら、私から行きましょうかねぇ。トリナ村では粟峯さんがいたんで大人しくしてましたが、ここにはあんた一人だけだ」


 逢調はそう言いながら一歩踏み出したところで、ふいに足を止めて諦止を見る。


(……なんだ?)


 油断を誘っているのか、何か策でもあるのか。

 いずれにせよ、諦止はただ逢調を見ている事しかできなかった。


「……それにしても。トリナ村で会った時にも思った事だが、間接的とはいえ愛する人を殺した相手が目の前にいるのに、よくもまぁそこまで冷静でいられるもんだ」

「っ……」


 挑発だと分かっていても、怒りで脳内が染められそうになるのを感じる。

 だが、こちらから仕掛けることができない以上、黙って聞いている事しかできなかった。

 そんな諦止の心情を知ってか知らずか、逢調はお構いなしに言葉を続ける。


「あの時は凛心さんに止められてましたが、今はあんたを止める人間は誰もいない。それなのに、ここまで冷静だとよほど私の事が怖いのか、それとも――」

「……止めろ」


 逢調の一言一言が、記憶の中の咲音の笑顔を鮮明に思い起こさせる。

 我慢の限界だった。


「死んだ女の事なんて、どうでもいいと思ってるかのどっちかだもんなぁ?」


 その言葉を聞き終わる前に、自身から発せられたであろう咆哮と共に躰が弾かれるように動いていた。

 腰に手を伸ばして刀を抜こうとする。が、そこには何も無い。


(そうか、あの時)


 身体を休める際に刀を置いたままにしていた事を思い出す。


(関係ない)


 武器が無いのなら拳で殴り倒せばいい。

 相手が実力で遥か上を行っていようと、今は奴も武器を持っていない。

 体格を考慮すれば勝算はあるはずだった。


「おおおお!!」


 不敵な笑みを隠そうとしない逢調に、憎悪の視線を飛ばしながら間合いを詰める。

 そして、そのまま渾身の力を込めて逢調の顔面を殴り飛ばした。


「ぐへあっ!!」


 ごろごろと転がりながら逢調は地面を舐める。

 歯に当たったのか、殴った拳には裂傷と共に血が付いていた。


「はぁ! はぁっ!」


 倒れたまま嘲笑っている逢調に近づく。

 馬乗りになったまま左手で胸倉を掴み、そのままもう一度顔面を殴りつける。


「ぶはぁっ!!……っくくっ!!」


 作戦と呼べるようなものではなかったが、思い切った行動が功を奏したのか、こうなってしまえば優劣は明らかだった。

 更にもう一度、息を荒らげながら殴る。


「ぐあっ! あっははは!!」

「……何がおかしい」


 笑い続ける逢調に一度手を止める。


「……はぁ、はぁ。……くくっ! くはっ!!」

「何を」

「……ふふっ! くくっ、くっ!」

「話す気がないなら……!」


 血で染まった右手に力を込めて、もう一度逢調の顔面を殴りつけようとする。


「っ! ぐおあ!!」

「ぐっ!? っがはっ!!」


 逢調は殴られた後、上体を捻って拳を諦止の鳩尾(みぞおち)に叩き込んだ。


「はぁ……はぁ……。甘く見てもらっちゃあ困りますねえ、ステゴロなら勝てるとでも?」

「ぐはっ!」


 油断してた諦止は予想外の反撃を貰う。

 逢調の拳は体格からは考えられないほどに重かった。


(この細身のどこにこんな力が……!)


 逢調の身体能力の高さに驚愕するが、ダメージ差は歴然で依然として諦止の有利に変わりないように思えた。


(反撃覚悟でもう一度抑え込めれば、次こそ)


 そこまで考えてハッとする。


(次こそ? 次こそ何だ? 次こそ倒せる?……いや、次こそ殺せる、と……?)


 (かぶり)を振って余計な事を考えないように努める。

 手加減して勝てるほど甘い相手ではなかったし、手加減をするつもりにもなれなかったからだった。


(隙を見せればこちらが殺される)


 意を決して、先刻と同じように逢調に向かって駆け出す。

 あと少しで同じ光景が広がる。

 そのはずだった。


「はっ、同じ手を食らうとでも?」


 その言葉と共に視界から逢調が消える。

 だが、眼は自然と逢調の動きを追っていた。

 逢調は消えたのではなく、膝を折って上体を限界まで落としていた。


 逢調はそのまま諦止の下半身に向かって体当たりをする。

 諦止からすれば攻撃を仕掛けた瞬間に起きた出来事で、理解するまで僅かだが時間がかかった。

 そして、理解した時には先刻とは真逆の状態になっていた。


「残念。今度は私がやり返す番ですかねぇ?」

「ぐっ!!」


 躰を無理やり動かそうとするが、馬乗りにされた状況から抜け出すことはできなかった。

 両の腕を逢調の膝で押さえつけられ、頭部を曝け出す恰好になる。


「ま、私はあんたほど悠長にやるつもりはないですがね」


 そう言いながら、逢調は地面に転がっていた手に収まるほどの大きさの瓦礫を掴む。


「っ!? ぐっ!……くそっ! ぐあああぁぁ!!」

「暴れても無駄ですよ。……しかし、復讐に来た人間を殺すことになるとはねえ。へっ、今どんな気分ですか?」

「っ!! っぐぅうおあぁ!!」

「……何も言う事は無いですか? なら、あの世で彼女さんと仲良くしてください。それじゃ」


 逢調は左手で諦止の頭を固定する。

 そして、瓦礫を持った右手を振りかぶった。


(死ぬのか!? このまま、咲音を殺した奴にっ!!)


 確かに迫る死を肌で感じながら、憎悪の視線を逢調に向ける。


(っ!? 奴の脇に、あれは短刀?)


 その刹那、逢調の脇に短刀が差してあるのを確かに見た。


(これだ……!!)


 逢調に悟られないように躰の動きを止めて、左腕を引き抜くことだけに意識を集中させる。


「……観念したか? ま、最後まで醜態晒すよりは上等だ」


 最後のチャンスに全てを賭ける。

 失敗すれば確実に死ぬ。

 その瞬間を待ち、全神経を研ぎ澄ます。


「じゃあなっ!」


 運命の時は来た。


「うおおぉぁ!!」

「っ! なにを!?」


 逢調が今まさに振り下ろさんとした瞬間、諦止は思い切り躰を動かし、その反動で左腕を引き抜き、逢調の懐にある短刀に手を伸ばす。

 そして、奪った短刀を勢いそのままにして逢調に突き刺す。


「ぐっ!?」

「はあっ!! はあっ! はぁっ……」


 逢調の右手がダラリと下がり、手に持っていた瓦礫が落ちる。

 諦止が短刀を突き刺す寸前に避けようとしたのが祟ったのか、短刀は逢調の心臓に突き刺さっていた。

 そして、そのまま逢調の躰はぐらりと傾いて倒れた。

 仰向けのまま寝転がる逢調は一度咳き込み、同時に口から血が零れ出ていた。


「はあっ……! はあっ……!」


 諦止は自分が生きてるのか死んでいるのか、逢調はどうなったのか、何が起きているのか全く理解できていなかった。

 ただ、逢調と同じように仰向けになりながら、夜が白んだ空を見つめていた。


 暫くして、隣で倒れる逢調を見る。

 まだ息はあったが、確実に死ぬだろう。

 一目見ただけでそう理解できるほど、逢調には既に生気が感じられなかった。


 それでも、諦止は逢調から目が離せないでいた。

 逢調の最期を見届けることで、()()()の悪夢のような出来事に区切りを付けることができると思ったからだ。


「がはっ……!」


 逢調は血を吐いた後、ゆっくりと首を左右に動かしてから再び空を見ていた。

 その目には、以前のような悪意に満ちたものは感じられず、憑物でも落ちたかのような清々しい顔をしていた。


「……へ、へっ……」


 逢調は最期に薄く笑い、それっきり動かなくなった。

 その笑みが何を意味するのか、諦止には分からなかった。


 そして、もう一つ気になっていることがあった。

 何故、逢調は短刀を使わなかったのか。


「諦止!!」


 茫然(ぼうぜん)とした状態のまま声のする方へ顔を向けると、凛心が驚いた表情をしながら走って来ていた。その背後には桜護衆の姿もあり、誰かが呼んできたのだと悟る。

 ぼんやりと眺めていると、倒れたままの躰を凛心に抱き締められた。


「大丈夫!? これは……」

「……凛心、俺は……」

「……今は何も考えないで……」

「……ああ……」


 その言葉を最後に激しい睡魔に襲われたように意識が遠のいていく。

 薄れる意識の中で最後に見たのは、逢調の死体だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ