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消えゆく世界で星空を見る  作者: 星逢もみじ
果ての存在編
2/38

一、いつもの日常

「ふぅ……ようやく終わった……」


 歴史書の製作を仕事にしている月見里諦止(やまなしていと)は、ついさっきまで取り掛かっていた人神戦争(じんしんせんそう)の記述を終えて一息付いていた。


「お疲れ様」

「あぁ、ありがとうございます」


 コップ一杯のお茶を持ってきてくれた上司の老人にお礼を言いながら受け取る。


「人神戦争は歴史が長いからね、大変だったでしょ」

「ええ。……ところで、この古文書に記述してあることって全部本当のことなんですか?」

「そのはずだけど、何か気になるところでもあったかい?」


 老人は椅子に腰かけながらお茶を啜る。


「いえ。ただ、本当に実在したのかなと思って。相手の心を読むことができる存在もいたらしいじゃないですか、本当にいたんですかね?」

「うーん、私も直接見たわけじゃないから何とも言えないけど、神と名乗る存在がいたことは確かだよ」

「そうですか……」


 正直なところ半信半疑だったが、今となっては確かめようがないのも事実だった。


「まぁ、魔法のあった時代を生きてきた私でさえ信じられないんだ、あの時代を知らない人には信じられないのも無理ないと思うけどね。ああそうだ、来週からは星影(ほしかげ)について記述してもらうから、そのつもりでお願いね」


 老人は机の上の書物に目を通しながら、来週からの予定を告げてくる。

 星影は人神戦争以前に現れたとされる謎の生物で、出現したとされている期間も三日間しかなく、ほとんど御伽噺のような存在になっていた。


「分かりました」

「それじゃ、今日はもう上がっていいよ」


 何かの書物を読み耽りながら老人は独り言のように呟く。


「お先に失礼します」


 丸くなった老人の背中に挨拶をして職場を後にした。



 ♢



 いつも通りの仕事をこなして家路についていると、正面からゆっくり歩いてくる人物がいた。


「か~、こりゃ予想以上に重いな~」


 すぐにそれが誰だか分かった。

 近所に住む豆村(まめむら)さんだった。


「大丈夫ですか?」

「ん? おぉ諦止か。……すまんが、これを運んでおいてくれんかのぉ?」


 そう言う豆村の背中には薪の束が積まれていた。

 ここまで運んでこられたのが不思議なくらいの量に溜息が出そうになる。


「これはまた重そうな……。分かりました、丁度帰るところだったんで後で家まで運んでおきますね」

「おぉ助かるよ」


 豆村は薪を降ろして諦止に預ける。


「これぐらいで気にしないでください。……でもまた無理して腰でもおかしくしたら大変ですから、今度からは少しづつ運んでくださいよ?」

「すまんすまん! いや~本当助かるよ、咲音ちゃんもこういう優しいところに惚れたのかねぇ?」

「……今度からは一人で運んでくださいね?」


 茶化すように笑う豆村に呆れたような目を向ける。


「冗談じゃ冗談! それじゃあ、よろしく頼むの」

「はぁ、分かりました」


 諦止に薪の束を渡した豆村は諦止に礼を言って帰っていく。

 その後ろ姿は、手伝わなくてもよかったのではないかと思わせるほど軽快だった。



 ♢



「――ふぅ、これで終わりっと!」

「うわ、随分重たそうだな」

「ん?」


 後ろを振り向くと、そこには見慣れた顔があった。


「私が一つ持ってあげようか?」

「なんだ、誰かと思えば咲音(さくね)か」

「なんだとはなんだ、持ってやらないぞ」

「冗談だよ冗談」


 笑いながら少しだけ咲音に手渡す。


「ん。これだけでいいのか? 流石にもう少しぐらいなら私でも持てるが……」

「気持ちだけで嬉しいよ。それに、いちいち薪を落としてたら余計に時間がかかちゃうからな」


 至って真面目にそう答える。

 非力な咲音に力仕事は任せられなかった。


「……まぁ、それもそうだな」

「無理はしないでくれよ?」

「さっきも言ったがこれぐらいなら私でも持てる、馬鹿にするな。……それより今日はやけに早い帰りだな?」


 持ち難そうに薪を抱えながら咲音は聞いてくる。


「ああ、ようやく人神戦争の記述が終わってな、キリが良いからってことで今日は早めに上がったんだ」

「ふぅん、そうなんだ。お疲れ様」

「まぁ尤も、来週からは新しく星影についての記述が始まるんだが」

「星影か。……本当に実在してたのか?」

「どうなんだろうな。誰かの作り話の可能性も考えられるけど……」

「……専門家がそんなんでいいのか」


 呆れた顔をしながら咲音は溜息をつく。

 幼馴染であり、同時に恋人でもある鳥柿(とりがき)咲音(さくね)と談笑しながら家路に就く。

 咲音は思った事を正直に話してしまう難ありの性格だと一部の人達から思われていたが、本当は人一倍周りの事を気にかける事のできる心優しい人だった。


 そんな彼女の事を友人としてではなく、女性としていつの間にか好いていた。

 告白した時の記憶は緊張していたせいか少ししか覚えていなかったが、それでも確かに覚えていたのは告白した時に今まで見たことのない満面の笑みで頷いてくれたことだった。


 そろそろプロポーズをしなければと思っていたが、断られたらと思う気持ちが邪魔をしてなかなか言い出せずにいた。


(どうしたものか……)

「ん? どうした? なにか考え事か?」


 考え事をしていたせいか黙って歩いていると、心配そうな表情を浮かべながら咲音が顔を覗き込んできた。


「あ、いや。今晩のおかずは何にしようかなって考えてたんだ」

「そんなにお腹が空いてたのか?……あぁそうか、確かご両親が不在なんだったな」

「そういうことだ」


 諦止の両親は朝早くから隣町まで出掛けていた。

 その理由は、新商品の買い出し。

 翌日まで帰って来る予定はなかった。


「……そうだな。何か食べたいものでもあれば私が作ってやろうか?」

「いいのか? それじゃあ……今の気分は魚かな」


 咲音が作った料理の味を思い出しながら答える。


「じゃあ今日は魚料理を作ってやろう。後で作って持っていくから、それまで何も食べるなよ?」

「分かった」


 咲音は少し前から諦止の家で料理をしなくなった。

 あえて聞くのもはばかられたので理由は分からなかったが、料理をしている後ろ姿が見れなくなったのは寂しさがあった。


「ん、もう着いたのか……もう少し話しててもよかったんだが」


 気付くと分かれ道の前に立っていた。


「今日は随分可愛らしいことを言うんだな?」

「なっ!」


 少し名残惜しくなって、咲音を揶揄(からか)う。

 顔を真っ赤にして薪を押し付けてくる咲音。


「あ、ほらもうすぐ夕暮れだ、魚料理楽しみにしてるよ」

「くっ、腕によりをかけて作ってやるから期待して待ってろ……!」

「ああ、楽しみにしてるよ」


 咲音が料理を作ってくれる。

 その事実が嬉しくて思わず頬が緩んだ。

 咲音は結婚についてどう思っているのだろうか。

 気にはなったものの、聞く勇気は無かった。



 ♢



 薪を届けてすぐ帰るつもりだったが、豆村さんがお礼をしたいと言うので少しだけお邪魔させてもらった。

 昔話を聞きながらお茶を飲んでいたら、帰る頃には辺りはすっかり暗くなっていた。

 早く帰らないと咲音が待ってるかもしれない。

 そう思い、走って家に帰る。


「ただいま。……って、まだ来てなかったか」


 帰宅すると、家の中は暗いままだった。


(それなら)


 汗をかいた(からだ)を綺麗にしようと風呂に入る。

 湯舟に浸かりながら咲音の作った料理の味を想像し、思わず(よだれ)が出そうになった。

 早めに風呂から出て、躰を拭こうと手探りのまま(かご)を漁っていると、唐突に背中に感触を感じた。


「わっ!」

「っなんだ!?」


 慌てて目を開けると、どこから出てきたのか咲音が後ろから抱きついてきていた。


「って、うわ! なんでこんなびしょびしょなんだ!? っていうか裸!?」

「そりゃ風呂に入ってたからな。……恥ずかしいなら最初からするなよ」


 頬を赤らめながら目を逸らす咲音に諭すように言う。

 咲音は赤く染まった頬を誤魔化すように、あたかも自然を装って話しかけてきた。


「あーあ、服が濡れちゃったよ……。ごほん、それで? 諦止がこんな時間に風呂に入るなんて珍しいな」

「ちょっと外を走ってきてな」

「ふ~ん? わざわざ外を走ってまでお腹を空かせるなんて、そんなに私の料理が楽しみだったのか?」

「まぁ、そうだな」


 あながち間違いでもなかったので正直に答える。


「なんだ随分素直だな。まぁでも、期待に応えられる出来だとは思うから存分に味わってくれ」

「それは楽しみだ」


 服を着てから居間に移動する。

 咲音は弁当箱を机の上に置くと玄関に向かっていってしまった。


「……食べていかないのか?」

「自分の分は作ってきてないからな」

「そうか。じゃあ、二人で分けて食べるか?」


 どうしても咲音と一緒に食べたくて聞いてみるが、答えは予想していた通りだった。


「駄目だ。それは諦止の為に作ってあげたものなんだから、諦止が全部食べてくれ」

「分かった。じゃあもう遅いし家まで送っていくよ」

「それも駄目だ。せっかく作った料理が冷めてしまうからな、一人で帰るよ」


 取りつく島もなく言い放つ。

 こうなってしまってはどうしようもなかった。


「……そうか」

「また明日。……あ!」


 咲音はわざとらしく声を上げて振り返る。


「料理の感想、楽しみにしてるから。それじゃ……おやすみ」

「ああ、おやすみ」


 咲音は穏やかな笑みを見せて玄関を後にする。

 だが、その表情がどこか寂しそうに見えたのは気のせいだったのだろうか。


「……美味い」


 咲音の作る料理は相変わらず絶品だった。

 それでも、一人で取る食事はやはり寂しいものがあった。



 ♢



「ん?」


 食事を終えた後、寝室に戻ってから本を読もうかと考えていると、床に咲音の物と(おぼ)しきハンカチが落ちていた。


(脅かしたときに落ちたのか?)


 今から返しに行くか、それとも明日会った時に返すか。

 どうするか一瞬考えるも、去り際の咲音の表情が気になってすぐに返しに行くことにした。

 季節は冬。

 湯冷めしないように服を着込んでから咲音の家に向かう。



 ♢



 咲音の家の前まで着くと、中から咲音の歌声が僅かに聞こえてきた。

 ずっと聞いていたかったが、丁度歌が終わったタイミングで扉を叩く。


「咲音、俺だ」

「今行く!」


 声がしてからすぐに玄関に走って来る音が聞こえた。


「どうしたんだ? こんな時間に」


 扉を開けた咲音は既に寝間着に着替えていた。

 新鮮な姿に(しばら)く見惚れてしまう。


「ん? どうした?」

「あ、いや」

「……あぁ、もしかして」


 思わず目線を逸らすと、ニヤニヤと笑いながら咲音が顔を覗き込んでくる。


「そんなに私の料理が美味しかったのか?」

「え!? あ、ああ。凄く美味しかったよ」

「そ、そう。感想は明日聞くと言ったはずだが、それまで待てないほど美味しかったってことか」


 今度は咲音が少し照れくさそうにしてから視線を逸らす。

 少し気恥しくなった雰囲気を変えようとして本題に入る。


「そうだ、これを」

「うん?」


 忘れないうちにハンカチを咲音に手渡す。


「これは」


 咲音は特に驚いた顔をするわけでもなかった。


「家に落としていっただろ? 早めに返しておこうと思って届けに来たんだ」

「そうか、ありがとう。これを返すためにわざわざ来てくれたのか?」

「ああ。でも、料理が美味かったのは本当だぞ?」

「ふふっ、それならよかった」


 家の前で談笑する。


「しかし、咲音が忘れ物をするなんて珍しい事もあるんだな」

「……まぁ、そうだな」

「ん? あぁ、それと」

「まだ何かあるのか?」


 歯切れ悪そうにする咲音に対して気になったことを聞いてみる。


「何か気になる事でもあるのかなと思って」

「気になる事?」


 首を傾げながら聞き返してくる。


「さっき俺の家から出る時、ちょっと様子がおかしく見えたからさ」

「あ~……いや、なんでもないんだ」


 咲音はばつの悪そうな顔をしながら答える。


「なんでもないってことはないだろう。言いたくない事なら無理して聞こうとは思わないが、何かあったらいつでも話してくれ」

「あー……う~ん……」


 (しばら)(うな)りながら考え事をしている咲音に見かねてもう一度念を押す。


「言いにくいことだったら本当に無理しないでいいから」

「いや……そうだな。……今の話とは関係ないんだが、ちょっと聞きたい事があってだな」

「聞きたい事?」

「ああ。……先に言っておくが、本当に、ほんっとうに今の話とは関係ないからな!」


 普段から冷静な咲音がここまで取り乱す事は滅多になかった。

 徐々に好奇心が勝ってきて、何を聞きたがっているのか知りたくなってきた。


「分かったよ。それで聞きたい事って?」

「それはだな。……あー、それはだな……」

「……聞いといてなんだが、一度気持ちを整理してからにしたほうがいいんじゃないか?」

「それじゃ駄目なんだ……!」


 その押し殺したような声ではあったが、尋常ではない気迫を感じた。


「咲音?」

「冷静になったら言えなくなってしまう。……よし、言うぞ。諦止!」

「……なんだ?」


 そのただならぬ気配に息を呑んで次の言葉を待った。


「け、結婚についてどう考えてる?」

「……え?」

「だから結婚だ! 特に深い意味は無いが、聞いておこうと思ってな」


 予想していたよりも可愛らしい質問に肩の力が抜けたが、咲音はよほど恥ずかしかったのか、薄っすらと目の端に涙を浮かべていた。


「……俺は、いいと思う。咲音はどう思ってるんだ……?」

「っ! 私も悪くはないんじゃないかなと思ってる」

「そ、そうか」

「うん……」


 沈黙が辺りを包む。

 心地の良い沈黙だった。


「あのさ、咲音」

「うん!? ど、どうした?」

(今なら)


 長い間プロポーズをするチャンスが無かったが、今がその時だと覚悟を決めて話を切りだす。


「もう随分長い時間一緒にいるわけだし、さ」

「う、うん」

「あの、俺と……け、けっ」


 結婚しようと言おうとした瞬間、背後から声が聞こえた。


「ありゃ? 咲音ちゃんと諦止じゃねえか、こんなとこで立ち話かぁ? もう遅いしほどほどになぁ」

「え!? あ、ど、どうも」


 夜の散歩に出ていた村人がそれだけ言い残して通り過ぎていく。


「あ、はは……」

「……はぁ」


 完全に空気は醒めてしまった。

 一変して気まずい雰囲気になり、とてもプロポーズの話をできる状況ではなくなってしまっていた。


「とりあえず、今日はもう遅いし帰るよ」

「……そうだな。わざわざ届けに来てくれてありがとう」

「あ、最後に一つ」

「ん?」


 話が終わったと思ったのか、家に入ろうとする咲音に声を掛ける。


「明日、今の続きを話したい」

「……それって……」

「それじゃあ明日。……それと、良い歌声だった」


 照れ隠しに、そう一言残して逃げるように走り去る。


「なっ!!……全く」


 咲音は微笑んだまま、後ろ姿が見えなくなるまで見送っていた。


「明日……か」

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