十六、蠢く夜空
「……は?」
星影。
そうはっきりと聞こえた。
だが、星影はつい数時間ほど前に現れたばかりで、再び姿を現すほどの時間は経っていないはずだった。
(まさか、出現する間隔が短くなってきているのか……?)
「キャアアアアア!!」
「っ!?」
はっとして声を発した女性の視線の先を見る。
空を見上げるその先には、一面の星空が広がっていた。
しかし、それは見慣れた不動の光景ではなく、歪みを生じさせながら落ちて来る星影の大群だった。
目に映る、夜空を彩る星の全てが不規則に動く。
一体どれだけの数になるのか、数える事を諦めるほどだった。
「……そんな……」
こんな数をどうしろというのか。
先の戦闘で桜護衆達は疲弊していた。
多くの人が負傷しており、満足な戦いができるとは到底思えなかった。
仮に十全な状態だったとしても、この数の星影に襲われてはどうしようもないだろう。
絶望的な状況。
いや、絶望的という言葉はまだ楽観的か。
死が確定したと言っても過言ではない状況だった。
周りを見る。
凛心は外にいた人達を誘導しながら、桜護衆に指示を出していた。
桜護衆達は負傷しながらも、武器を手に持ち戦う意思を見せている。
こんな状況なのに誰も諦めていなかった。
理由はすぐに察しがついた。
国王の存在だ。
皆、国王を信じているのだろう。
きっとなんとかしてくれると。
そんな諦めの悪い意思に感化されたのか、不思議と先ほど感じていたような絶望感は薄れていた。
刀を抜いて、柄を強く握りしめる。
たとえこれが恐怖で感情が麻痺しているだけであっても、膝を折って最期を待つよりか随分マシだと思えた。
「……よし」
「戦うつもり?」
その様子を見ていたのか、凛心が声を掛けてくる。
誘導は他の人に任せたのか、同じように抜き身の刀を手に取っていた。
「ああ。あれから何回か星影と戦っているから、少しは戦力になれると思う」
「そう。分かった」
「珍しいな。凛心なら桜城内で隠れていてくれって言うかと思ったよ」
「そう言おうと思ったけど、こんな状況じゃどこにいても安全とは言えないし、そもそも戦力が全然足りてないのも事実だからね」
「……そうか」
戦力として認められたことが嬉しく、こんな時だというのに思わず口角が上がる。
「へえ? こんな状況で笑うなんて頼もしいね」
「……冗談はやめてくれ」
揶揄うように笑う凛心から視線を空に向ける。
ゆらりゆらりと降ってくる星影を見据えながら、二人は自然と背中合わせになった。
「後ろは私に任せて、諦止は前だけに集中して!」
「分かった!」
夜空から降り続く無数の星影の第一陣が、標的を定めて襲い始めた。
♢
「こんなに早く来るとは……!」
執務室から空を見ていた国王は、夥しいほどの星影の数に歯ぎしりする。
「そうだな」
その声に振り返ると、扉の前でシアエトが立っていた。
開かれた扉から、廊下の光が差し込んできている。
「何かあったか?」
「……何かあったかは無いだろう」
シアエトは呆れた様子で頭を振る。
「星影か……」
「で、どうするんだ?」
「やるべきことはもうやった。後はその時がくるまで時間稼ぎをするだけだ」
そう言うと、国王は壁に掛けてあった剣を手に取る。
「埃塗れだが、まぁ問題ないだろう」
人神戦争の際に使用していた慣れ親しんだ剣の鞘を抜いて、その場で軽く素振りをして感覚を確かめる。
「おい、ごほっ、埃っぽいから振り回すな! 全く。……それで、行くのか?」
シアエトは手で目の前の埃を払いながら聞く。
「事ここに至って、ただ座っているだけの存在に意味はないからな。……連戦で疲れていると思うが、お前も一緒に戦ってくれるか?」
「当然だ」
外の喧噪とは正反対の落ち着いた声音で二人は話す。
暫く無言で互いの目を見つめ合う。
互いに死を覚悟した瞳に気付いていながら、何も言わないままどちらともなく部屋を出ていった。
♢
「はぁっ!」
諦止の周りにいた星影は大半が凛心によって倒されていた。
星影との戦い方を理解した凛心は、難なく星影を倒し続ける。
全員が一丸となってこの時を凌ごうと集中していたためか、戦線は未だ崩壊せずに済んでいた。
それでも、戦況は変わらず絶望的だった。
際限なく降り注ぐ星影に数で押し込まれないためには、できるだけ早く倒し続けなければならなかったからだ。
怪我を負うことは許されず、疲労も最小限に抑え込まなければならない。
終わりの見えない極限の状態での戦いだった。
そして、当然その均衡も長くは続かなかった。
「ぐっ、あぁっ!!」
それは、一人の桜護衆の叫び声と同時に始まった。
「っ!?」
「諦止!」
声の主に目が奪われそうになった瞬間、凛心の声で我に返る。
その声のおかげで辛うじて集中力を乱すことなくいることができたが、遠くからは悲鳴と叫び声が連鎖するように響き始めていた。
「くそっ……!!」
「っ……」
互いに言葉は交わさずとも、終わりが近づいてきている事を全身で実感する。
これ以上星影が現れては、流石の凛心も捌き切れない。
その事実を分かっていながら、どうすることもできない自身に無力感を覚えずにはいられなかった。
「うおおおおぉぉ!!」
そんな時、悲鳴とも叫び声とも違う歓喜に似た声を遠くから耳にした。
「な、なんだ……?」
現状に似つかわしくない声に訝しみ、思わず凛心を見る。
だが、凛心は理由が分かっているようで、その横顔は僅かに微笑んでいた。
♢
「シアエト様に、国王様まで!?」
喜びと同時に驚きの色が籠った声で桜護衆の一人は声を上げる。
崩壊しかけた戦線を救ったのは、桜樹国の主である国王と、人神戦争で国王と共に戦ったシアエトだった。
「ぬおぉっ!!」
「っふ!」
とても老齢の動きとは思えないほどの機敏な動きで、二人は次々と星影を倒していく。
先ほどまで多対一を強いられていた戦場が、見るも綺麗に片づけられていく。
「……よし、一先ずここは大丈夫そうだな。シアエト、向こうを頼めるか? 私は凛心達の援護に行く」
「ふぅ……ああ、分かった」
「……何かあればすぐに呼べよ。では、ここは任せたぞ!」
その光景に思わず目を奪われていた桜護衆達も、国王の声に我に返る。
「あ、は、はいっ!!」
桜護衆の声を聞き届けると同時に、国王とシアエトは二手に分かれて行動を開始した。




