十三、帰還
桜樹国に帰ってきたものの、その変わり果てた有様に言葉が無かった。
建物は崩壊し、所々火の手もあがっている。負傷者の姿も数多く見られた。
国のシンボルである桜樹は健在だったが、それ以外は凄惨たる光景だった。
「……一先ず国王様に報告しに行きましょう」
「ああ……」
茫然としながら凛心の言葉に頷く。
多くの精鋭が集まる桜樹国でこの惨状なら、他の国はどうなってしまっているのか考えたくも無かった。
桜樹国は凛心にとって思い入れのある場所だろう。
表面上でも冷静を取り繕ったままでいられるのは、現状を諦めていない証といえるのかもしれなかった。
その元凶である逢調は何を思っているのか、表情からは読み取れなかったが周りの光景を見ながら凛心の後を付いて歩いていた。
桜城内に入ると、桜護衆達の鋭い視線が浴びせられる。
その矛先が逢調に向けられているという事はすぐに分かったが、その威圧感に思わず背筋が伸びる。
「よくお戻りになられて」
桜城の階段を登ると、執務室の前で警護をしている長身の男がいた。
「あなたも無事なようで良かったわ」
「……何があったかは存じませんが、逢調も捕まえてきた様子。では、さっそく国王様に報告を」
凛心にそう告げると、男は扉をノックしてから少し移動して道を譲る。
「ありがとう」
礼を言うのとほぼ同時に、中から国王の声が聞こえて凛心は扉を開ける。
執務室に入る前に、桜樹国に戻ってきてから一言も発さない逢調が気になり様子を覗うが、その表情は着いた時と変わらずに、何を考えているのか全く読めなかった。
「おお、よく無事に帰って来てくれた!」
国王は今にも駆け寄らんとする勢いで、嬉しそうに椅子から立ち上がる。
「国王様もご無事で何よりです」
「今のところはなんとかな。……一人見知った顔があるがそれは後にしよう。それでどうだった?」
既に答えを知っているかのように、落ち着き払いながら国王は尋ねてくる。
その問いに対して凛心は堂々と答える。
「神城跡地には何もありませんでした。神の復活というのはやはり杞憂だったようです」
「そうか。そうだろうとは思っていたが、こうして憂う必要が無くなったのは重畳だ、よくやった。……しかし」
言葉を止めて国王は逢調に目を向ける。
「逢調と一緒だとは思いもしなかったな。少なくとも、この一件が解決するまでは見つける事すら困難だと思っていたが」
「その事なんですが、気になる点があって」
「気になる点?」
怪訝そうな顔で凛心を見る。
「はい。私達に捕まる時、一切抵抗するような素振りをしてこなかったんです。それに、居場所を明かしてきたのも逢調自身でした」
「……どういうつもりだ?」
国王の問いに、自然と三人の視線は逢調に集まる。
それを受けて、逢調は桜樹国に着いてから初めて口を開く。
「いや、ね。封印石を壊してから色々な事が起きたじゃないですか? それで、自分のした事の重さに気付いて罪を償う気持ちになったんですよ」
まるで初めから言うことを決めていたかのように、すらすらと言葉にする。
逢調の揶揄うような口調に諦止は思わず口を挟んだ。
「そんな言葉を信じると思うか?」
「信じるかどうかは国王が決めることなんでね。部外者はすっこんでてください」
「っ! こいつ!」
「諦止落ち着いて。……あなたも、罪を償う気になっただなんて言う割には随分と好戦的じゃない?」
「おやおや、こりゃ失敬」
国王は一度溜息をついて、ひりついた空気を一度壊すように別の話題を切り出す。
「逢調については後でじっくり話を聞くとして、君達も見たと思うが桜樹国は大きなダメージを負っている。その大きな理由の一つは、新たに存在を確認した新種の星影の影響が大きい」
新種という言葉に凛心が反応する。
「新種……もしかして、巨大な姿をした星影ですか?」
「やはり知っていたか。そうだ、我々はその新種の事を変星と呼ぶことにしている。この変星はこれまでの星影と弱点は同じだが、その弱点を叩きにくい大きな躰が苦戦している原因として挙げられている。先ほどの口ぶりだと君達も変星に出会っているようだが、参考までにどうやって変星を退けたのか聞きたい」
「どう……と聞かれましても……」
あれをどう説明したらいいのか迷った様子で凛心は口篭る。
「……参考にならないと思います」
その様子を見かねて、諦止はそう前置きをしてから変星を倒したときの事を話した。
国王は苦笑いを浮かべていたが、最後には無事で良かったと言ってくれた。
「……話としては面白かったが、実用的な作戦かと聞かれれば難しいところだな」
「無理だと思います」
身をもって経験した諦止がキッパリと告げる。
「そうだろうな。現状、桜樹国としては弓矢などの投擲物による攻撃を主な手段として用いているが、星影が邪魔でなかなか上手くいっていない。だから、何か案があれば教えてほしかったんだが。まぁ、何か思いついたら教えてくれ」
「分かりました。……それで、国王様」
やや遠慮がちに今度は凛心から話を切りだす。
「封印の件はどうなったんでしょうか?」
「……そうだな。当然気になるところではあるだろうが、もう既に手は打った。後は上手くいってくれることを祈るだけだよ」
それ以上話すことはないと言いたげに、さてと手を叩く。
「逢調と二人で話がしたい。旅の疲れもあるだろうし、二人は休んでいてくれ」
国王のその言葉に凛心は不安そうな表情をしながら言葉を挟む。
「お言葉ですが、二人きりになるというのは少し危険では? 国王様の実力を疑っている訳ではないですが、知っての通り逢調は桜樹国随一の実力者。もし何かあれば――」
「問題ないさ。手錠もちゃんとかけてあるし、外には優秀な人間が待機してくれている」
「それはそうですが……」
「またいつ星影が襲って来るかも分からない。今の内に体力を回復させておけ。二人共、本当にご苦労だった」
国王は半ば無理やり話を終わらせた。
それ以上は何も言う事ができなかった凛心は、諦止と共に執務室を後にした。
「はぁ、本当に大丈夫かな……」
「大丈夫ですよ。何かあれば私がすぐに加勢します」
執務室の前で溜息をつく凛心に、扉の前に立つ長身の桜護衆が声を掛ける。
「聞いてたの?」
「いえ、ただ凛心さんの様子と執務室から出てきた数が二人という時点でなんとなく察しました」
「そう。……はぁ……ま、考えてても仕方ないしここは任せたわ」
「ええ、任せてください」
二人はそのまま執務室前の階段を下っていく。
桜城内の事に詳しくない諦止は後を付いていくことしかできず、黙って付いていく。
広間に着くと凛心は躰の向きを反転させた。
「……外で負傷している人達の救助に行きたいんだけど。もし良ければ一緒に付き合ってくれない?」
「ああ、分かった」
その提案をすんなりと了承する。
国王からは休めと言われていたが、正直なところこの状況で休む気にはなれなかったし、凛心の性格を考えればこうするだろうとも考えていた。
「……ありがとう」
「いいよ。それじゃあ早く行こう」
二人は再び桜城の外へ早歩きで向かう。
桜城を出るまでの間にも、何人もの負傷した人達が運び込まれてきていた。




