十、その奥にいるもの
既に陽は沈み、月明りを頼りに進んで往く。
この状況下で星影が現れれば一巻の終わりだろう。
そんな不安からか、辺りが底なしに暗くなっていくかのように感じた。
「……そろそろ桜樹国前に出るわ、一度休憩するから警戒して」
緊張を含む声に現実を認識する。
桜樹国への道を最短で進むために、町を経由するのではなく平原を進むことにしたのだった。
「え、私も警戒しなきゃならないんですか?」
逢調は心底意外そうな顔をして凛心に話しかける。
「ここで星影に襲われて死ぬことが望みならしないでいいけど?」
「冗談ですよ、そんな怖い顔しないでください」
昨日は幸運にも星影を見なかった。
だが、だからこそいつ現れても不思議ではなかった。
三人は焚火をして暫しの休憩を取る。
沈黙と言う名の静寂が辺りを包む。
ただ単に話す内容が無いということもあるが、それぞれが警戒を怠っていない証拠ともいえた。
道中も話すことはほとんど無かったが、先ほどまでと明らかに違うのは緊張感の有無だろう。
暗闇の中にいるわけではないが、月明りの光と焚火の明りだけというのはどうにも心細く感じた。
「……面倒なことになったもんだ」
長い沈黙を破ったのは逢調だったが、その内容があまりにも人を小ばかにしたものだったため、言葉を返す者は誰もいなかった。
「このまま着けりゃ良かったのに」
「……なに?」
逢調の意味深な言葉に聞き返そうと口を開いた瞬間、凛心が声を上げる。
「諦止!!」
「っ!?」
ただ事でない様子の凛心に、嫌な予感が的中したことを感じさせた。
すぐさま刀を抜き、凛心が見つめる視線の先に目を凝らす。
夜ということもあって判別が難しかったが、星影特有の陽炎のような歪みでなんとか見極めることができた。
「数が多い……!」
ぱっと見た星影の数は約三十体。
凛心がいるとはいえ、あまりにも多すぎる数だった。
「そっちじゃない!!」
「え?」
凛心が見ていたものが、その更に奥にあるものだと気付いたのは一瞬後の事だった。
「……あれも、星影なのか……?」
「……そう思ってたほうがいいかもね」
最初に視認した星影の更に奥に浮かんでいるもの。
満月を隠すようにして、それは確かに落ちてきていた。
これまでの星影と比べてあまりに大きかったため、ただの星空だと思っていたが、それは他の星影と同じく歪んでいた。
ただ、他の星影より落ちて来るスピードは遅く、すぐに戦闘になることはなさそうだった。
「っ!……仕方ないか……!」
凛心は急いで逢調の手錠を外すと、懐から小刀を取り出してそれを逢調に手渡した。
「……いいんですか? こんなに自由にして」
意外そうな顔をして逢調は凛心に聞く。
「こんな状況じゃ仕方ないでしょ、精々やる気を見せてくれることを祈ってるわ。それと、一応言っておくけど逃げようとしたら斬るから」
そう言いながら、凛心は落ちて来る星影に斬りかかっていく。
「あんたはいいんですか?」
「……良いも悪いもない、凛心の判断に従うだけだ」
「はぁ、そうですか」
感心無さ気に呟く逢調を放って凛心の傍に駆け寄る。
凛心は既に一体目の星影を倒して、二体目との戦闘を行っていた。
「諦止は私と離れないで!」
「分かった!」
凛心の援護をしようなどという考えは捨てて、足を引っ張らないように身の安全を最優先にして立ち回る。
♢
「――っ!」
「……はっ!」
星影との戦闘に慣れてきたのか、隣で戦う凛心の星影を倒すスピードは目に見えて上がっていた。
諦止も身を守る事だけ考えればなんとかなっていた。
周辺にいる星影を大方倒した後、ふと逢調が気になって振り返る。
「なっ……」
その光景を見て肌が粟立つ。
逢調の周りには動かなくなった星影があるだけだった。
「……私より多く倒すとは流石ね」
「いえいえ、凛心さんはその人を庇いながらの戦闘だったじゃないですか。足手まといがいなければ同じぐらいだったと思いますよ」
「っ」
悔しかったが、逢調の言葉は尤もで反論できなかった。
「そんな事より、本命が来るわよ」
凛心の言葉に視線を空に戻すと、丁度巨大な星影が地に着いたところだった。
「……俺にも何か手伝わせてくれ」
「……分かった。でも、あれがどんなものか分からないから――」
「まずは様子見したほうがいいと私は思いますけどねぇ」
凛心の言葉に被せるようにして逢調が提案する。
「そうね。……私が囮になるからその間に二人はあいつの動きを観察していて」
「囮って、何も凛心がやらなくても、こいつにやらせたほうがいいんじゃないか?」
横目で逢調を見る。
「私はまだそいつを完全に信用したわけじゃない。囮になると見せかけて何かするかもしれない」
「……それは、確かに」
「はぁ……。そんな事しないって言ったところで聞いてもらえないんでしょうねぇ」
「そう考えると後は私しかいないってこと」
「俺が行っても役に立てそうも無いしな……。分かった、気を付けてくれ」
「分かってる!」
凛心は刀を鞘にしまい、巨大な星影の周りを大きく円を描くように走り出す。
トリナ村で逢調にした時の様に巨大な星影を三人で挟み込むようにして対峙した。
「さあ、どう来る!」
様子を見る事だけを考え、凛心は素手のまま巨大な星影と向き合う。
改めて見ると、今まで倒してきた星影とは比較にならないほどの大きさで、個体差はあったもののこれまでの星影が大きくても七十センチ程度だったのに対して、目の前の星影は全長にして三メートルはあった。
巨大な星影はこれまでの星影と同じように、近くにいた凛心に向かって襲い掛かる。
「……遅い?」
その巨体からか、小さな星影と比べると動きが遅かった。
それでも、触れれば一巻の終わりと考えると小さな個体よりも厄介に感じた。
更に、その大きさから星影の弱点である背中の星群を攻撃することは非常に困難だった。
「!!」
余裕をもって避けたつもりだったが、視界の悪さも相まって遠近感が上手く働かず、思ったよりも避けるのがギリギリになってしまう。
「凛心大丈夫か!?」
「ええ、大丈夫!」
諦止は僅かに聞こえる凛心の声に安心しつつ、星影の観察に全神経を注ぐ。
二度、三度と凛心は巨大な星影の攻撃を回避する。
だが、小さな個体よりも大きく避け続けなければならなく、通常の星影との連戦もあってか凛心の動きに疲労の色が見え始めていた。
「動き自体は通常の星影と変わらないみたいだな……」
状況をよく整理する為に口に出す。
だが、話しかけられたと思ったのか逢調が少し後ろから言葉を返してくる。
「動き自体は変わらなくても、あの巨体は厄介ですねぇ。動きが遅いとはいえ高さもある。不規則な動きをする奴の背中を狙うのは大変そうだ」
「……それでもやるしかないだろ」
「いえいえ、他にも手はありますよ? 例えば凛心さんが引き付けてくれてる間にこのまま逃げるとか」
「っ!」
逢調を睨むも、顔を見て冗談を言っているのだと察する。
「人をからかって遊んでいる暇があったら、攻略法の一つでも考えたらどうなんだ」
「別にからかったつもりはないんですが。それと、攻略法ならありますよ」
「……なに?」
その言葉に思わず顔を向ける。
「私が考えた作戦はこうです」




