九、問答
三人共、一言も言葉を発さないまま桜樹国へ進んで行く。
凛心は時々逢調の様子を見ては、何も言わずに視線を前方に戻していた。
同じように逢調とは一言も話したくなかったが、どうしても気になることがあって長い沈黙を破る。
「お前はどうして封印結晶を壊したんだ」
トリナ村を出てから、馬を駆る音以外で発せられた初めての音だった。
その言葉に二人が反応して首が僅かに動く。
「どうして封印を解いたかですか? 面白そうだと思ったから。それだけですよ」
「封印結晶の警備を任されていたんだろ、封印を解けばどうなるか分かっていたはずだ」
「ええ、もちろん知っていましたよ。封印を解けば星影が現れて、世界が終わりに向かうってこともね」
「……どうしてそんな真似を」
「今言ったでしょう? 面白そうだからですよ。くっくっ」
逢調の顔は見えなかったが、その笑みを抑えるかのような笑い声がどうしても癇に障った。
「本当にただそれだけで……!」
「……たとえどんな理由があったとしても、結果がどうなるか分かった上でやったのなら情状酌量の余地はないわ」
黙って話を聞いていた凛心も口を挟む。
「ええ、そうでしょうねえ」
まるで他人事のように話し続ける逢調の態度に、これ以上話をしても埒が明かないと感じるも、最後にもう一つ聞いておかなければならない事があった。
「最後に聞きたいことがある。お前は、あの夜……」
言葉にした途端、記憶が鮮明に蘇る。
長い時間が経ったわけではない。
日数に換算すれば短いと言えるだろう。
できるだけ思い出さないようにしてきたあの夜の出来事を思い出す。
「……お前は、あの場所で何をしていた」
「あの場所? 何のことですか?」
「……咲音が殺された場所にお前はいただろう」
感情を抑えながら必死に言葉を絞り出す。
自分の口でその事実を発したことで、これは現実なのだと改めて認識する。
「あぁ、そういえば山道の途中で女性が倒れてましたね。私が通りがかった時には既に瀕死だったんで、そのまま無視させてもらいましたが」
「……咲音が星影に襲われたのは傷跡からして間違いなかった。それなら咲音を襲った星影はどこに行った? わざわざ咲音を見逃すような知能は星影には無い、咲音が一人で星影を倒せたとも思えない。……あの場所に は黄金の氷柱が落ちていた。考えたくはなかったが、もしかしたらお前が――」
そこまで言って逢調の笑い声に気付く。
「何を言うのかと思えば、そんなくだらない事か」
長い沈黙の後、後ろを向いて諦止だけに聞こえる声で答える。
「はぁ。世界を終わらそうって時にそんな事をして私に何のメリットがあるんですかねえ? 知りませんよ。私は追われる可能性を考えて一時的に身を隠しに寄り道しただけです。あの女が死のうが生きようが知ったこっちゃない」
「っ!」
「いやぁ、しかし分からないねえ」
逢調は声の調子を変えて、芝居がかった口調でわざとらしく話し出す。
「あんたは俺を捕まえるためにわざわざこんなところまで追ってきた。でも、本心は殺してやりたいと思ってる。さっきのやり取りから見てもそれは明らかだ。なのに、仇がこうして目の前にいてもあんたは冷静にお話して何もしようとしてこない。……実は、そこまで大事な人じゃなかったのかなと思いましてね」
「……凛心も言っていたが、お前は桜樹国に帰れば死刑になるだろう。それならここで手を下さなくても同じことだ」
怒りを押し殺しながら答える。
「桜樹国に帰って晒し者にしてから殺してやりたいと?」
「そんなことは言っていない。ただ、罪に相応しい罰が与えられればそれでいい。尤も、お前の場合その罰は死刑が相応しいだろうがな」
皮肉を含めた言葉を言い放つも、逢調は全く意に介していない様子で続ける。
「ただ法に従う、と?」
「……そうだ」
凛心は二人の会話を黙って聞いていた。
ただ、常に気を張っていて何かあればすぐに動けるように準備をしていた。
そんな凛心の動きを知ってか知らずか、逢調は分かっていないと言いたげに溜息をつく。
「ふぅ……。復讐心っていうのはね、そんな合理的なものじゃないんですよ。相手を殺してやりたくて頭がいっぱいになる。ただ殺したいだけだから法がどうだなんて関係ないもんだ。トリナ村で俺に会った時に見せたあんたの殺意、あれが本物だ」
「……あなたは一体何がしたいの?」
それまで黙っていた凛心もとうとう我慢できずに口を挟む。
「何が、とは?」
「……ずっと疑問だった。トリナ村では諦止の攻撃を避けようともせず、何の抵抗もせず捕まって。今は諦止を嗾けるような事を言ってる。あなたの本当の目的は何?」
「目的なんてそんなもの無いですよ。ただ純粋に疑問に思ってね、大事な人だったって言うなら、そいつを殺した元凶が目の前にいるのにどうして落ち着いていられるのか、それが私には分からないんです」
「……それはお前が野蛮だっていうだけの話だ。どれだけ憎い相手でも、すぐに殺すという方法を取らない人間もいるっていうだけの話だ。俺の復讐とお前の考える復讐の価値観は違う」
きっぱりと言い切る。
咲音の復讐は必ず果たす。だが、それは殺人という手段ではない。
それに、他にやらなければならない事が諦止の復讐心から抑制していた。
国王から受けた任務。凛心と共に神城跡地の捜索を行い、無事に報告すること。
それも大事な事柄の1つだった。
「確かにそうかもしれないが。へっ、真っ先に殺そうとしてきた奴の言う事は違うねえ……くっくっ」
「っ……」
痛いところを突かれて何も言えずにいると、逢調は言葉を続ける。
「しかし、そこまで想ってくれる人がいるってことは羨ましい事ですねぇ? 私みたいなはぐれ者にはそんな人いないもんで。粟峯さんにはたくさんいるでしょうが、あなたにはそういった復讐を考えてくれるような人はいるんですかねぇ? くっく」
まるで同類だとでも言わんばかりの言い方に思わず顔を顰める。
可能性があるとしたら両親ぐらいだったが、そんな悪趣味な質問に答えてやる義理は無かった。
「……その時は、私が復讐するわ」
「凛心!?」
「……へぇ?」
黙っていると、凛心が代わりに逢調の質問に答える。
諦止からすればどうでもいい問いかけだったが、凛心からしてみれば違って見えていたのかもしれない。
「何を言って――」
「もちろん諦止は殺させない。けど、もし誰かに殺されるような事があればその時は私が復讐する。……だからあなたとは違うわ」
「その復讐っていうのは、殺すって意味でいいんですかね?」
逢調の口から不吉な単語が出る。
その言葉を耳にした時、嫌な汗が背筋を伝った。
「……そうよ」
「へぇ、そうですか」
本気で言ってるとは思いたくなかったが、凛心の目を見る限り本気で言っているように思えてならなかった。
どちらにせよ、この場では逢調の思い通りに話が終わらなかっただけでも重畳といえた。
「……くっ、くっ……」
だから、逢調の肩が小刻みに揺れている様に見えたとしても、諦止は冷静なままでいることができた。
「……そろそろか……」
凛心の言葉に前を見る。
地平線の彼方では、夕日が沈みかけていた。




