-【1-3】-数年ものの放屁
少年は、舗装されたコンクリートの道をそれ、登り慣れた木々が生い茂る道に進む。
その道は、彼等が頻繁にショートカットに使っているせいか
草木が避けられ通りやすくなっていた。
更に誰の浅知恵か、赤色の毛糸が木から木へと伸び、
袋菓子内面の銀色部分で作られた矢印が順路を示している。
順路を進むと少年達が「武器置場」と呼んでいる、二つ並びのクスの木にぶち当たる。
そこには、様々な形の木々が、整頓して並べてあり、
持ち手の部分に持ち主の苗字が彫ってある。
少年は十手の様な形の使いこまれた90cmほどの棒を手にした。
これを後襟に引っ掛けて背負った感じにするのが彼の拘り。
ランドセルをクスの木にかけてから、山道に進もうとした時
トンズラ(田中)が愛用しているラガーソード(笑)が目に入った。
途端に少年の心に、掃除時間に女子に絡まれた時、何の躊躇もなく消え失せた
トンズラ(たなか)に対し、言いようも無い怒りが込み上げ再燃した。
少年は、ランドセルから彫刻刀を取り出し帽子のつばを後ろへ回す。
その場にあぐらをかいて、何やら細かな作業をしているかと思えば
ラガーソード(笑)の持ち手に彫られた「田中」と言う字を「里虫」に彫り直している。
何の事はない掃除時間に逃亡した仕返しである。
雑務が済んだ少年は、山頂を目指して山を登り始めた。
この山は、この辺りで一番高く頂上からはこの小さい町が一望できる。
秋口、昼過ぎとはいえやや肌寒く、朱色や黄色に変貌した地面と、
枯れた様に丸裸になった木々が一層、寒さを増させている。
それが原因なのか、ナイーブな傾向にある心の持ち様なのか。
所狭しと伸びた枝の隙間から見える自分の家の屋根
学校のグラウンド、よく行く駄菓子屋や、寂れた海水浴場
今日はそれらが、少年の目にどうしようもなくノスタルジックに映るのだ。
それにも関わらず。
「自分の今いる居心地の悪い環境から逃げ出してしまいたい」
「どこか遠くに行ってしまいたい」
などという、相反する感情も強く心に在る。
人の心は時に複雑で、感情と思考を真逆に相対させる事で真実に向かおうとする。
思春期に入る前の子供は特にその色が濃い
そういう意味では少年の心は、年相応を全うしている。
そんなやきもきとした、どうしようもない空想を抱きながら少年は頂上に到達した。
少年は、何をするでもなく、無意識にカンチョー岩に登り
そこから、ぐるり一周、景色を眺めてみる。
南には、水平線と海の向こうへと続く巨大な橋。
少年の視力でギリギリ海向かいの街が見える。
西には、来た道と遠くに更に険しい山々。
少年達が立ち入った事のない山奥だ。
北には、遊戯施設の看板と、デパートの屋上。
少年が自力で行ったことのない隣街。
東には、少年の町と高速道路。
少年は、あの道路がどこまで続くのかまだ知らない。
少年は、背負った木の棒をおもむろに携える。
その立ち姿が、なかなか様になっているのは、西洋剣術を習う弟の影響だ。
「えぃやっ!!」
掛け声とともに木の棒で剣戟を真似、攻撃を繰り出す。
妄想の中で相手にするのは、邪悪なドラゴン。
火を吹き、空を舞い、圧倒的な強さを持つ悪の権化。
この山を支配する、強力なドラゴン
少年とドラゴンの戦いが、今、幕を開ける!
邂逅するや否や、ドラゴンは、黒煙を吹き出し視界を悪くする。
暗闇にも近い視野に、一瞬、眩むような光を見たかと思うと
それは熱量を撒き散らしながら少年の方へ向かってくる。
ドラゴンの火炎放射だ。
勇敢な少年は、火炎放射を剣でいなし、すぐ様にドラゴンの喉元に切っ先を突き立てる。
ドラゴンは、それを交わすように巨体をうねらせたかと思えば
その反動を利用して尾による強力な一撃を放つ。
少年は、それを側転で交わしつつ、その勢いを乗せた刃で尾を断ち切って見せた。
尾を失った痛みを打ち消すように、咆哮を放ったドラゴンは
たたまれていた、一際大きな翼を開き飛び立とうとしたが
少年は、逃すものかと剣にパワーを溜めて、その背中めがけて衝撃波を飛ばす。
その気配を悟ったドラゴンは、下手に交わそうと身を捩ったが為、翼に直撃を受け片翼をもがれてしまった。
優勢に剣戟を放つ少年に対し、やられるがままのドラゴンは怒り狂い、今度は角から雷電を放射した。
「それが、お前の敗因だ!!」
少年は、気合と威圧を込めた大きな声で、そう宣言し
放射された雷電を剣で吸収し、そのままドラゴンに向けて跳ね返した。
少年の力で増幅した雷電は、ギラギラとドラゴンの巨大を駆け巡り
鱗と鱗の隙間から、行き場のない雷電が迸る。
ドラゴンは、断末魔の叫び声をあげながら
体を大きく仰け反らせ灰になるのだった。
〜以上(妄想)
「フフ…この山の新たな支配者は僕だ!この伝説の剣ドラゴンスレイヤーは頂く!」
そう言い終えるや否や、少年は、打ってつけに目の前にあった
誰かがカンチョー岩に刺さした木の棒を勢いよく引き抜いた。
小学生にだけ許された、ご都合主義の痛々しい自己陶酔劇だ。
お前、側転なんてできないだろ…とか。
衝撃波って何だ?お前は何者なんだ?…とか。
何でドラゴンから奪った剣が、ドラゴンを殺す剣なんだ?…とか。
ツッコミ始めたらキリがない。
「ドラゴンスレイヤーの威力!この目で確かめてくれる!!」
テンションの上がった少年は、
そこそこの高さのカンチョー岩から
おもむろに飛び降りる。
「いぃっ!!!!いてて!!」
ドスンと不器用に着地した、少年の両足に
電気が流れた様なビリビリと、しびれる様な痛みが走る。
その時少年は、マッチョゴムの技かけを大量に持っている事で有名な
隣のクラスのふっちゃんが言っていた……
「高い所から飛んだ時に足がビリビリするのは、地面と足がぶつかって電気が生まれるからなんよ…んふぅ」
という、どうでもいい嘘を瞬時に思い出しては、少し信じた。
突然。
何か硬いものに、ヒビが入り砕ける様な、小さな音が聞こえた。
カンチョー岩からだった。
足の痺れに気を向けながらも、その音の正体を探る少年、
この山にはイノシシや野犬がよく出没するので、その類ではないかと警戒したのだ。
そうして凝視していると……
目の錯覚だと思うのだが………。
カンチョー岩の尻の割れ目が、ゆっくり開いている様に見える。
「!?」
少年は、瞬時に思考を巡らせる。
彼は直感的にこう思った。
高い場所から飛び降りた際に電気が生じると言う
「飛び降り発電の理論」=ふっちゃん論
ふっちゃん論が事実だと仮定して…
自分が地面に着地した時に微量の電気が生じたとする。
その電気がカンチョー岩にも流れたとして
実は中に埋まっている岩の巨人の腹部を刺激。
ー結果。
腸内の働きを活性化された岩の巨人が
数年ものの放屁をたれようと
尻をひくつかせているのではないかとの結論に至った。
「ひへっ!!」
さすがに無理のある考察が、突拍子もなく頭に流れたものだから
笑いの琴線に触れ吹き出す少年。
どう考えても巨人の放屁はありえないが、
しかし、カンチョー岩の尻が開いているのは
目の錯覚ではなく事実の様だった。
ミシミシと言う地鳴りと共に
地面ごと岩の塊が引きはがれ、離れていゆく。
その音も光景も、今まで感じたことの無い非常に恐ろしいもののはずだが……
先にも言った通り、この頂上に埋まるカンチョー岩は、巨人が尻だけ出して埋まっている様にしか見えない。
つまり、この不可思議な光景も現象も。
少年から見れば、地面に埋まった巨人の尻がゆっくりと開いていくという
小学生なら100人中150人が腹を抱えて笑うコミカルな光景に仕上がっている(+50人は口コミ)
ここまで、奇想天外な事が起これば
あながち放屁が繰り出されると言うのもありえなくは無い。
「え!ちょっ!?」
少年は、マンガみたいに巨人の放屁で吹き飛ばされない様に
血相を変えて近くの木にしがみついた。
カンチョー岩の尻が、完全に開ききった、その時。
岩の割れ目に、ドス黒い穴が現れ
そこから巨大な何かが、勢い良く飛び出した。
「!?!?!?」
何だこれは
全く状況が飲み込めない
それから得られた最初の印象は「大きい」だった。