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WSS/1-異界冒険譚  作者: たかしモドキ
第1話「ウンコの女神」
5/80

-【1-2】-ただいまを言いたくない気分

空いた時間で少年は一つ下の階にある四年生のクラスに向かう。


そこに居る、弟の(あゆむ)に会いに行く為だ。


「あ、兄ちゃんどしたの?」


下の階に降りると、丁度良く教室前の蛇口で手を洗っていた歩が

ハンカチを咥えた状態で立っていた。


「歩、お前この後、そのまま家に帰る?」


「いや、師範のとこに寄って帰るよ。一応保護者みたいな人だし」


歩の言った「師範」とは、彼が小さい頃から通う

西洋剣術道場を経営する人物で、歩には特に目を掛けている様だ。


少年も、2ヶ月ほど通った事があったが

堅苦しい形式貼った雰囲気に

あまり面白みを感じられず、すぐに辞めた。


「そっか、よくやるなーお前も」


「兄ちゃんも来る?」


「いや、僕は帰るよ。家がうるさそうだし」


「そっか……ねぇ、兄ちゃん」


「なに?」


「なんかあった?」


「うっ……何でもねーよ!」


弟の歩は勘が鋭い。

少年は、ばつが悪そうにそそくさと退散する。



帰りの会が終わり下校時間になると、

校門前の駐車場には、普段見ない乗用車がランプをチカチカさせて列を成している。

学校が一斉下校を生徒たちの家に連絡したのだろう。


少年は、帽子のツバを深く下げその列を、チラリとも見ずに

校庭で待っている通学班に近付き上級生の後ろに並んだ。


それに気づいた列前の上級生が少年をチラチラと見る。


「お前いつもその帽子なのなー」


上級生は、自分が手に持つ骨が折れてシワくちゃになった

学校推薦の黄色学帽を見つめながらそう言う。


少年が被るのは、小学生らしくない、しっかりとした黒革の帽子。


彼のお気に入りで外出の時はいつも被る

仲間内では、既に彼のシンボルだ。


「うん。じいちゃんから貰ったんだ」


「へ〜」


上級生は、落ち着きがなく

自分の帽子クルクルと回しながら校門を見つめる。


「お前ん家も、親来てねぇーの?」


校門の車に見向きもせずに、ここまで来た少年を不思議に思ったのだろう

上級生はやや不躾な質問をする。


「うん。僕の家は来ないよ」


「ふーん」


上級生は、雑談が広がらない事を察したのか

暇つぶしにもならないといった様子で「早く帰りて〜」と言いながら

前を向き、一つ前に並ぶ生徒がランドセルに付けた

剣のストラップを、カチャカチャとイジりだした。


少年が言った通り彼の親は迎えには来ない

両親は共働きで、少年は一日の大半を、弟と父方の祖父母と過ごす。


少年は、口煩く厳しい祖父母の事が正直苦手だった。


彼の住むこの町は、海に面し山に囲まれた、特筆すべき特徴のないありふれた田舎町。


そこで産まれ、そこで老いた人達だ。

だから口うるさく、排他的かつ差別的な人間になるのは仕方がない事だろう。


だが、まだ10歳やそこらの少年には、そんな事がわかるわけもなく

ただ日常の中で摩擦して疲労する心と

妥協も理解もできない不条理に対し

当然の居心地の悪さを感じていた。


特に今日は、「虫に噛まれた」せいでナイーブが逆立っている。


いつもの様に面倒な小言を言われるかと思うとうんざりして

このまま帰宅し、素直に「ただいま」を言いたくない気分。


でも、一斉下校は通学班で帰るから少年だけがいないときっと大騒ぎになるだろう。


通学班で下校しながら、真っ直ぐに家に帰らない方法。


そうなれば彼の取れる選択肢は多くはない。

すぐに浮かんだ寄り道の有力候補は山だ。


少年の妄想冒険や、友達との遊び場に頻繁に利用されている

なんの変哲も無いただの山。


特筆するならば

どう見ても巨人が反対向きに突き刺さり

尻だけ出して埋まっている様にしか見えない巨岩。


通称「カンチョー岩」


挿絵(By みてみん)


それが頂上にある事だ。


そのカンチョー岩は

いつ来ても何者かが木の棒や

駄菓子に付属している割り箸などを

親の仇のように尻の割れ目に突き刺している事からそう呼ばれているが


少年達がこの山に入り浸る以前からそう呼ばれていて

いつその名を冠したのかは定かでは無い。


また、少年達も巨人の尻に手当たり次第、棒状の物を差し込むのを

ルーティンにしているのは言うまでもない。


この巨人になら進撃されても文句は言えないだろう。


山へと通じる道は通学路から若干外れるが

何も玄関の前まで班で帰る訳じゃない。

家の付近で班からは外れる。


そこから引き返して山道に行けば

問題にならず山で時間を潰せるといった訳だ。


少年の家にも学校から電話が入っているだろうが

ほんの少し、一時間程度、寄り道するくらいなら何とでも言い訳できる。


普通に帰ろうが、寄り道して帰ろうが、どうせ小言を言われるのだから

寄り道しない手は無いだろう。


「バイバーイ!」

「じゃぁねー」


通学班で見知った顔ぶれと別れた少年は

帰路に付くフリをして、その後ろ姿を見送った後。


一度、家の方向に向かうとフェイントをかけてから山道方面へと全速力で走る。


もちろん、誰も見ていないので全く無意味である。

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