-【0-2】-局所的な夜
その日は、日和見の良く
暖気の到来を知らせる香しい風の日だった。
主人様が突然上体を起こし何かに反応する。
そのビリビリとした主人様の雰囲気は、空気の粘度を高める。
私は、緊張感の傍ら、その様子に懐かしさを感じていた。
主人様は、視覚では確認する事が困難な程、遥か上空に【ソレ】を捉えた。
【ソレ】の気配をなぞると、その輪郭は規格外に大きく、さらには強固で恐ろしく速い。
先見の才に長ける主人様が
強い焦りと不安を示している。
まさか、そのまま、この地に降りようとしている?
その結果この地に及ぼす未曽有の脅威を察した。
駄目だ。
ふざけるな。
それは許さない。
もうなんであろうと、主人様から毛髪の一本すら奪うことは許さない。
主人様は、破壊する事しか能の無かった私の
本当の力を説き、違う可能性を見つけてくれた。
でも、今はただ私に、愚直な破壊を望んで欲しい。
少しの思案の後、主人様は求め、私はそれに応じた。
【ソレ】は、局所的な夜をもたらしながら現れた。
主人様は、大地から飛び上がり【ソレ】に接近し視認する。
【ソレ】は主人様を遥かに凌ぐ大きさで、
目が眩む程、真っ赤に滾り
本来なら瞬く様な速度にも関わらず
不気味なほどゆっくりと動いて見えた。
主人様は、身体中から力を集め
私から引き出せる全力で【ソレ】を消失させるに足るか算段をし始めたが
すでに「角」も「眼」も失った主人様では、どう見積もっても破壊が関の山だった。
だが、破壊では駄目だ。
完全に消失させる事が出来なければ守りきれない。
それではまた主人様は失ってしまう。
だが、どう考えても【ソレ】を、確実に消失させる方法などない。
その不条理が到底、覆せないものだと解った時
主人様が保身を捨て死を覚悟した事がわかった。
だから私も無尽蔵に要求されたままに応じた。
この身体で、これ程の力を行使すれば
主人様は無事では済まないだろう。
勿論、私も運命を共にする。
主人様と共に消え失せられるならば
私は、それでも良いと思ったのだ。