EP3:楽しみな【日常】
リビングに来ると、何やらいい匂いが充満していた。この匂いは……
「……ルウ系?」
「そんな表現、初めて聞いたよ……」
藤堂琉依にそう呆れられたけど、僕は嗅覚が少し悪いんだから許して欲しいね。
そう思いながらキッチンに来ると、それらしき鍋が見えたので、中を覗いた。
中に入っていたのは、にんじんやブロッコリーなどの野菜やもも肉を混ぜられた白い液体……シチューだった。
「とても美味しそうなシチューだね」
それを見て、素直な感想を口にする。
実際、具材はちょうどいいサイズで切り揃えられており、おたまをとって少し混ぜればとてもとろんとしていて美味しそうだった。
「ありがと〜。もうそろそろ出来上がるし、できたらお皿とってほしいな」
「……え?いいの?」
僕が目を見開いてそう聞いたら、琉依は「え?」と首を傾げた。
「……僕なんかが触っていいの?」
僕がこれまで触ってきた物は、クラスメイトのみんなは触りたくなさそうだったから、少し意外だった。
「……どういうこと?」
そう思って訊いたんだけど、琉依は僕の言ってる意味がよく分かってなさそうだった。
……よく考えれば、平気で僕と話してくれてるし別にいいのかな……
そう思った僕は「いや、やっぱりなんでも」と言って、皿の入った戸棚を開けた。
□
それから順調に準備を終え、テーブルの上は華やかなものになった。
ホクホクとした白米に、豆腐とワカメのシンプルな味噌汁。先程のシチューに、瑞々しい具材が混ぜられたサラダ。
それを見てお腹が悲鳴をあげるのは勿論なんだけど、少しだけ驚いたことが。
「琉依って意外と食べるんだね」
対面に座る瑠衣の前には、パッと見僕より多い量が入った料理が並べられている。
小柄な見た目な琉依であるために、僕は目を見開いて関心気にそう言った。
すると琉依は、片手を後頭部に当てて「えへへ」と笑う。
「それに比べて氏優くんは少ないね?」
「そうかもね」
成長期なのにお父さんやお母さんよりも少なかったし、間違っていないかもしれない。
そんなことを話しつつも、僕たちは手を合わせて「「いただきます」」と言った。
まず、メインディッシュであろうシチューをスプーンで掬い、口に運ぶ。
食レポは出来ないけど、シチューの旨みと温かさが口内に一気に拡がった。
ゆっくりと咀嚼して、飲み込む。
「……美味しい」
「ほんと?よかった〜」
微笑んで素直に感想を言うと、じっ、と僕の様子を伺っていた琉依は「ほっ」と安堵の息を漏らしていた。
それを見ながら、僕はスプーンを持っていない方の握り拳に僅かに力を入れる。
……たしかに、琉依のシチューは美味しかった。それに間違いはない。
なんなら、母親の味補正……がある母さんのシチューに、勝るとも劣らないほどだ。
──ただ……
血の繋がった家族の料理は、もう食べることが出来ないのか、と。
他人の料理を久しぶりに食べた僕は、現実をそうやって認識した。
□
「ごちそうさまでした」
琉依の料理を完食した僕は、手を合わせてそう言った。
食事中に琉依が昔話を切り上げてきたけど、物心がついて大して経ってない頃に別れたため、食べ終わる前には終わってしまった。
そんなことを考えて少し苦笑しつつも、僕は満足気にため息を吐くと。
すると、同時に食べ終えた琉依はにこりと微笑んだ。
「お粗末さまでした。風呂も沸いてるから、先に入ってて」
「いや、琉依が先に入っていいよ」
皿を纏め出す琉依に僕も自分の分を纏めながらそう即答すると、琉依は眉を下げた。
「お皿洗うから……」
「さすがに作ってくれたんだし皿は僕が洗うよ。それに、男が入ったあとのお湯なんて入りたくないでしょ?」
皿を纏め終えてそう言うと、琉依は微笑んで首を横に振る。
「私はそういうの別に大丈夫だよ」
琉依の発言に多少驚いて「そう?」と訊くと、彼女は「うん」と頷いた。
美少女な琉依はそういうの気にすると思ってたから、少し意外だった。
「……まあでも、僕はお皿を洗いたいし先に入ってよ。ね?」
「むう……わかったよ。ありがとう」
ゴリ押しする僕に琉依は渋々ながらも頷き、皿一式をこちらに押して立ち上がった。
僕は彼女の分の皿一式を受け取って、自分の分と共に持ち上げながら立ち上がる。
<ゴトンッ……>
「……はあ」
……リビングを出て二階に行ったのを音で確認すると、俺はため息を吐いて皿をシンクに運ぶ。
「きっつ……」
そう呟きながら、喉に、瞼に込み上げてくるストレスの結晶を深呼吸で抑える。
……が、瞼に込み上げてくるものは抑えることが出来ず、シンクへとぽたぽたと零れる。
「……はあ」
今度は淀みを含ませたため息を吐いて、俺は蛇口をひねる。
この[仮面]、もうする意味ないのに、俺はなんで被り続けているんだろうな……
……それ以上はもう考えず、俺は目の前にある皿を洗った。
□
「上がったよ〜氏優くん。入ってね」
「あ、う……ん。ありがとう……」
皿洗いを終えソファで寛いでいた僕は、琉依に飛ばした視線を直ぐに明後日の方向に向けた。
そのまま立ち上がって、琉依の横を通り過ぎる。
風呂上がりだからか、瑠衣から甘い匂いがする。僕は余計に顔を逸らした。
「……どうしたの?」
僕の様子がおかしい事に気づいたのか、琉依は振り返ってそう訊いてくる。
……僕はため息を吐いた。
「……なんで服を着てないの?」
……瑠衣は服を着ていない。
バスタオルを巻いているためギリギリアウトではない?けど、さすがに思春期男子を目の前にそれは如何なものなのかと……
「服取ってくるの忘れちゃってね〜。バスタオル巻いてるからよくない?」
「いや、よくないよ……」
ラブコメ小説とかでも風呂上がりにバスタオル1枚の天然ヒロインは時々居るけど、現実でやってくるとは思わなかった……
昔の琉依ってこんなに天然だっけ……?
「そう?ごめんね?」
「まあ……いいよ。ただ、僕も服取りに行くつもりだったから早く着替えてきてね」
「え?それなら一緒にいこうよ」
僕は耳を疑った。今、『一緒にいこうよ』と聞こえた気がするのだけど?
……足を組んで痛みを発生させるけど、普通に痛く現実だと突きつけられる。
というか、さりげにこの[二人暮し]も現実のものだと思い知らされたな。
そんなことはさておき……!
「いや、先に着替えてきなよ……」
「え〜一緒に行こうよ〜」
何故かむう、と頬を膨らます琉依。
……まあ、別の部屋だろうし極力琉依から目を逸らせればいいか。
これ以上議論するのも不毛な気がして、僕は渋々頷き先に階段を登る。
さすがに下からだと色々危ないし。
後ろに振り返らずに階段を登りきり、別れ道を自室がある右に曲がった。
「氏優くん、どこに行くの?」
と、後ろから琉依に声を掛けられたので僕は「え?」と振り返った。
気にしていたバスタオル姿が視界に入り、すぐに目を逸らしつつも平静を装う。
「どこって……僕の部屋だけど……」
僕がそう答えると、琉依は「あ〜……」と苦笑した。
「そういえば、氏優くんにまだ部屋の割り振り教えてなかったね」
……え?
「部屋の割り振り変わったの?」
「うん。氏優くんの家の所有物は全て買ったとはいえ、住民は一応変わったしね」
相変わらず金持ちなことで……
……でも、だからって僕の部屋を変える必要はあったのかな?
「で、変わった部屋の割り振りだけど」
瑠衣は僕の後ろ側を指差した。
その差された先が僕の部屋であることを、僕は無意識に認識する。
「物置の場所は変わらず、氏優くんの部屋を私たちの部屋にしました」
「……待って」
最初から聴き逃してはならないことがでてきた気がするんだけど!?
僕は目を見開いて、思ったよりも腹に力を込めながら口を開く。
「『私''たち''』ってどういうこと!?」
僕が大声でそう尋ねると、琉依は「え?」とキョトンとした顔で首を傾げた。
いや、なんでそんな反応?
「私と氏優くんの部屋って事だけど?」
「いやだからどういうこと!?なんでそうなったの!?」
僕がそう叫ぶと、琉依は「あっ」と何かに気がついた様子。
「……まあ、お父さんとの約束がちょっと……ね?」
謎のタイミングで頬を赤く染めて、モジモジとそう言ってくる琉依。
『ね?』ではないとは思うけどさ……
「……深く触れるなってこと?」
「うん……」
「……拒否権もないと?」
「ないです……」
低い声で僕が質問を投げかけると、瑠衣は弱々しくも答えを即座に返してくる。
その答えに、僕は額に手のひらを添えて盛大にため息を吐く。
……とりあえず、どう変わったのか確かめるため、僕は琉依から視線を外して後ろの部屋の扉を開けた。
「……ふむ」
変わったところといえば、ベッドと隣に置いていたタンスが消えて、代わりにデスクが置かれている。
恐らく瑠衣のデスクだろう……ん?
「……とりあえず分かったけど、もしかして僕が寝るのって……」
「え?あ、うん。あっちだよ」
赤みをひかせた瑠衣が指したのは、かつてお父さんとお母さんの寝室だったところ。
「……瑠衣は?」
「……私もあっちだよ」
再び頬を赤く染めて、照れたように同じところを指さす瑠衣。
なんだか嫌な予感がする。
「……ベッドは?」
「……同じ……」
即的中。
それを聞いて、僕は再びため息を吐く。
さすがに予想外すぎる展開が多すぎて、逆に冷静になってしまう。
「……わかったよ」
僕は渋々と言った感じに頷くと、琉依の顔がぱっと輝いた。
「ありがとう!……それと、ごめんね?」
「……引き取って貰ってるしね。こちらこそありがとう」
僕が苦笑気味な微笑みを瑠衣に向けると、瑠衣は明るく頷いた。
……はは、もう本当に『どうにでもなれ』だね、これは。
「とりあえず、着替えは寝室ってことは把握したよ。寒いだろうし、先に着替えて」
「あ、うん。ありがとう」
瑠衣がニコリと微笑んで、軽い足取りで寝室へと向かう。
瑠衣が寝室へと入ったのを確認すると、俺は「ふっ」と軽く笑った。
「……これは、色々と混沌なことになりそうだな……」
そう呟き、壁にもたれかかる。
……ああやべっ──瞼に込み上げてくるこれは、今出してはまずい。
まあでも、本当に凄いことになりそうだ。
……僕、楠葉氏優と瑠衣との新しい[日常]。
その片割れを僕はヤケクソ気味に受け入れ、これからどうなるかを楽しみにするのだった。




