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第2球【運命】


「おい、真中大志(まなかたいし)、こっちに来い。」


お昼の休み時間。本来居るはずのない担任が低い声で問いかける。


担任がフルネームで生徒を呼ぶときは説教が待っていると相場は決まっている。

教室の隅っこでこっそりと小さくなっていた大志はビクっとしながら返事をした。


「はい、広澤(ひろさわ)先生・・おはよーございます。ハハ」


「おはようございますじゃないだろお前、2学期初日から遅刻しやがって。1年生のうちから遅刻癖なんてついたら大変だぞ。だいたいお前はいつもーーー!、&{^:+:&:@]*/¥]@:*:¥{+@/'⋯*:@・・・・・・・・!!」



ーー大志の通う都立凛堂(りんどう)高等学校。

偏差値は全国平均より少し下。

全校生徒400人弱のいたって普通の学校。

家が近いからという理由でこの学校を選んだ。


・・・



「ったくよー!広澤の野郎。遅刻ぐらいでこんな重い書類運ばせるなんてふざけんなよまったく・・だいたい説教長すぎんだよ・・」

ブツブツ文句を言いながら何百枚もあるプリントを両手に大事そうに持ちながら階段を降りていく。

遅刻した贖罪(しょくざい)として3階にある教室から1階の職員室まで雑用を命じられていた。


3階から2階へ降る階段の道中、辺り1面にびっしりと貼られたチラシが目に入った。

「ん、何だこれ・・高校球児急募・・・?」


A4の用紙に太いマジックで高校球児急募という文字の下に小学生が書いたような野球の絵も添えてあった。

2階から1階の廊下までこれでもかというほど大量に貼ったあるチラシを見て、こんな事をするのは1人しか居ない。と大志には心当たりがあった。


職員室までの道中、そのチラシを一生懸命貼っている男が1人。

大志はその姿を見かけるなりその男の尻を軽く蹴った。


「いてっ!」

男がビックリして振り向く。


「やっぱりお前か、三上(みかみ)


「おお!大志!やっと野球部入る気になったか!」


ーー目を細めて豪快に笑うこの男は、三上 正義(みかみ まさよし)

小学校、中学校と大志の球を受けるキャッチャーで女房役。

小さい頃から大志と共に野球をやってきた腐れ縁だ。


「これだけ貼れば部員が増えると思ってさぁ!どうかなコレ!?」


・・・おまけにかなりのアホだ。



「こんなチープな張り紙で野球部入るやついねーだろ・・」

呆れた表情で大志がツッコむ。



・・・・


「ふぅー。あんな大量のプリント運ばせやがってあのアホめ・・・。で、三上、野球部の調子はどうなのよ?」


「相変わらず俺1人しかいないわー!これから増やして来年辺りに甲子園出場って感じかな?」


「相変わらず天然のアホだな、そんな簡単に出られるものじゃないって分かってるでしょーよ。甲子園・・。」


「そーか?大志が居れば出れると思ってるよ。本気で、あの仙谷(せんごく)高校相手でも大志が投げれば勝てるって。」


「お前なぁ~~。」

「で、どうなんだ。肘の調子。」

さっきとは打って変わって真剣な表情の三上が、食い気味に大志に問いかける


昔から、三上はヘラヘラしててアホな奴だと思ったら急に核心を突くような一言を放ってくる。

この男に隠し事は出来ないらしい。



ーーー1年前ーーー

中学3年の夏の大会直前、チームのエースだった大志は試合中に肘の靭帯断裂(じんたいだんれつ)ー。

中学最後の1年間を棒に振ることになった。

靭帯再建(じんたいさいけん)の“トミージョン手術”を受けた。

全治は見込みで約1年。幸いにも野球は続けられるとの事だった。

野球が出来ないストレスを抱えながらもリハビリにも励み、投げられない期間は1日足りともトレーニングは欠かさなかった。

むしろ術前より筋肉量も増え、術後経過も良好過ぎるほど順調。後は医者のGOサインを待つだけだった・・・

しかし怪我をした当時の情景がフラッシュバックしてしまい、ボールが投げられなくなってしまう“イップス”、いわゆる“投球障害(とうきゅうしょうがい)”を患ってしまう。

投げたくても、投げれないーー

典型的な野球バカの大志に、野球が出来ないという日々は余りにも酷だった。


大志の時間は1年前のあの日、マウンド上での悲劇の日から止まってしまっているーーー





「あー・・やっぱダメっぽいわ。いろいろ試したんだけどイップスは治らないみたい。」

少し照れたように笑いながら大志が言った。


「そうか・・・。俺はお前の球を受けたいんだ。投げれるようになるまで待ってるから。そうだ!今日グラウンド来いよ!道具貸すから少し身体動かしてみないか?」


三上の提案に、少し間を開けて大志が答えた。

「うーん、考えとくよ。お前の練習の邪魔になったら悪いし。部員集めとか手伝ってやろーか?」


「そうか・・・部員集めはお前に任せるわけにはいかないよ。なぁ、俺はお前とーーー」

三上がそこまで話したところで背後から三上の頭頂部にいきなりゲンコツが落ちた。


「勝手に印刷室使って変なチラシばら撒きやがって。職員室に来い。」

悪さをした猫のように首根っこを掴まれ、職員室まで三上が引きづられていく。


あぁ、やっぱりこいつアホだーーー

改めて大志はそう思った。





・・・キーンコーンカーンコーン


最後のホームルームが終わるチャイムが鳴り、あちこちからカバンを背負い机を引く音が鳴る。



大志が教室を出たところで三上の言葉を思い出し、グラウンドまで顔を出すか迷っていると、突然背後からポンと肩を叩かれた。


大方、三上か担任だろうーーそう考えながら振り向いた大志の前に立っていたのは、小柄で小動物のような雰囲気の、可愛らしい女の子が頬を赤く染めて立っていた。


「あの、迷惑だったらゴメンだけど、この後予定がなければ一緒に帰らない?真中くん。」


あまりにも予想外で唐突なイベント発生に数秒フリーズしてしまう大志。


「あの・・だめかな?」


「い、いやダメじゃないよ!!超ヒマ!!」

生まれてこのかた、野球ばかりやってきたため女子との触れ合いがほとんど無かった大志。

鼻を伸ばしながら分かりやすく舞い上がっていた。


占いで言っていた運命の出会いとはこの事か・・・!

やっと生きる理由が見つかったよ、父ちゃん、母ちゃん・・!!



ーーーこの運命(?)の出会いが良くも悪くも、高校野球史上最高と呼ばれる世代の戦力バランスを大きく変える事になるとはまだ誰も知らない。

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