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Notre-Dame  作者: 内河澄生
前章
2/2

プロローグ(後編)

はじめに全身を水に浸し清め、クレマチスは正式に信者となった。次は祝福の祈りだ。私と司祭と少年の3人だけの空間に、司祭の低く厳格な声が響き渡る。


『天にまします我らの父よ、森羅万象の真理の源よ

我は誤りなき聖なる主が我らに教え給える全てをことごとく信じ奉る

彼の者は光の息吹を賜れば 宿る実りを教え給え 彼の者を導き給え』


この男が執り行う儀式を見る機会はなかったので知らなかったが、意外にも司祭らしい。その厳然たる態度から先ほどの陋劣な男はとてと想起できそうにない。などと失礼極まりないことを考えるクレマチスの正面で、司祭の祈りは間もなく終わりを迎えようとしていた。


『偉大なる先達にならい 我が実りを以って天啓をここに記す 汝の聖名は ーーー、



瞬間、司祭の顔が明らかに強張った。



マリア』


その名を呼びたくないことが、いつにもまして低く、くぐもった声に乗ってクレマチスにまでひしひしと伝わってくる。忌み嫌うクレマチスの洗礼後の名が聖母マリアと同じなのが許せないのだろう。しかし名を呼び終わって間もなく、司祭の顔に再び困惑の色が浮かぶ。まだ何かあるのだろうか。様子を伺うクレマチスに気づくと司祭はすぐに表情を戻し、儀式を終了させた。


「儀式は以上です。…マリア嬢、我らの主は貴方に最も稀有な能力を授けられました。」


「それは光栄なことですね、一体どのような能力ですか?」


なるほど先程の過剰な動揺はこの事のようである。この男を動揺させる程に稀有な能力とはどんなものかと、クレマチスの心は期待で膨れ上がっていたが、あくまで平静を装う。そんなことはつゆ知らず、落ち着いた様子のクレマチスに一方的に恨みを募らせながら司祭は説明を始めた。


「マリア嬢に授けられたのは、千里眼の能力です。」


「千里眼、というと、あの遠見ができる能力ですか?」


千里眼を持つ者は少ないが、大抵軍の偵察くらいにしか使わない。街中で平穏に暮らす女性には必要のない能力だ。なんだ、稀有と言ってもこの程度かと、クレマチスは少し落胆した。


「ええ、しかし遠見といってもいくつか種類がありまして、マリア嬢の千里眼は魂を遠見するもので、歴史上そのような能力を得たものはマリア嬢の他におりません。」


魂を遠見するとは一体どういうことだろう。疑問が顔に出ていたのか、クレマチスが口を開くより早くに司祭が答えた。


「相手の心を読むことから始まり、生き物の魂が持つ記憶、あるいは大地の魂が持つ記憶を読み取ることもできる能力です。といっても私も実際に見たことは無いのでよくわかっておりませんがね。力の制御の仕方はこの紙をみればわかりますよ。それでは私は、これで。これからまた告赦があるのです」


紙を受け取り、司祭がそそくさと部屋から去っていったのを確認すると、クレマチスは先程までの司祭の言葉を反芻した。


『…最も稀有な能力…』


『…人の心を読むことから始まり…』


静まり返る洗礼室の中、立ちすくむクレマチスの頭の中は文字通りのお祭り騒ぎであった。

ああ、これで、これで…!!喜びは理性とワルツを踊り、焦りは楽観性とアヴェ・マリアを熱唱する。母親への嫌悪感も、司祭への侮蔑の眼も、この世へのありとあらゆる懐疑心の尽くが鴎とともに水平線の彼方へ飛んでいった。狂喜乱舞とはまさにこのことだ。かろうじて取り止めた表情筋と羞恥心と、そして何故か未だ部屋に残る案内の少年の存在が、なんとか彼女の外面を保っていた。


かくしてクレマチス・アルデーニュ改めマリア・クレマチス・アルデーニュとなったマリアは、当初の望み通り母より()()()()()()()()()を手に入れ、能力制御の特訓に勤しむこととなったのだった。

聖名…洗礼を受け、正式な信者なった際に貰い受ける新しいファーストネーム(一番下の名前)。


聖母マリア…指導者ブランブレ(教祖。天啓を教典に記して人々に伝えた指導者。神によって生み出された人神。)の妻。人間。二人の間に子はいない。全ての信徒にとってマリアは聖なる母であり、ブランブレは偉大なる父である。

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