枕草子〜月の怪〜
「さっちゃん。お月さんの怖い話って知っとる?」
「知らんよ。…お月さんってあの空で光ってるお月さんか?」
「うん。そのお月さん。」
「あのお月さんが悪さなんてできるはずないじゃろ。そんな話、今まで聞いたこともないよ。」
「うん。お月さんは何もしない。でもあるんじゃよ。」
2人はつい今、顔を出してきたばかりの白い月を見上げながら腰を下ろした。
だんだんと風が冷たくなってきてぶるっと身震いした。
「なぁ、あきちゃん。お月さんの怖い話ってどんな話?」
「うーん。教えたら、さっちゃん怖くてお家に帰れんようになるかもしれん。やめとくわ。」
「そこまで子供じゃなかよ。あきちゃんかて、知っても平気なんじゃろ?私かて平気に決まっとる。」
「そうか。」
あきちゃんはそう一言呟くとどこか遠くを見つめてしまった。
辺りは徐々に闇に包まれ、あちらこちらでコオロギが鳴いている。
どれくらいだろうか・・・夕日が地平線に隠れてしまった頃、ゆっくりとあきちゃんがしゃべりだした。
「お月さんの照らす光はな、道しるべになっているんじゃと。」
「道しるべかぁ。そんなら迷子になることもないなぁ。でも全く怖くないのに、なんで怖い話になるんじゃ?」
「うーん、うまく言えんが。…普通の人じゃない人にだけお月さんは道しるべになってくれるんじゃ。」
「普通の人じゃない人?」
だんだんと漆黒の闇が迫る中、月の光は少しずつ輝きだしてきた。
一瞬、咲子を見るあきちゃんの目に鋭い光が走ったような気がして、なんだか不気味に思えた。
「もう帰ろうよ。」
「なんでじゃ?詳しく知りたくはないんか?」
「もう、いいよ。日も暮れたし、帰りたいよ。」
あきちゃんはすくっと立ってこちらをゆっくり振り返りかえって話し始めた。
「月の光はな、死んだ人間の道しるべになってくれるんよ。
死んだ人間の魂と体をつないで、あの世に連れてってくれるんじゃ。
あの世への行き方を示してくれる、道しるべなんじゃ。
そしてその日の月の晩には、不思議な光がいっぱい出るんじゃよ。」
なんだかあきちゃんが怖く感じてきた。いつものあきちゃんではない気がする。
月の光を背に顔の表情こそ見えないが、笑っているようにも思えた。
「今夜のお月さんは真ん丸じゃ。今日がその道しるべ日じゃ。」
木々が風に吹かれてザワザワと騒ぎ始めた。
「あきちゃん。もう帰ろうよ。」
咲子はあきちゃんの手を引っ張ろうとしたその時だった。
あきちゃんの後ろの景色がぼんやりと滲んでいるような気がした。
「あきちゃん?」
あきちゃんの後ろの景色がぐにゃりと動いたかと思うとやがて光輝く丸い球のような形となり、次から次へとほわんほわんと青白く丸く鈍い光を放つものへと姿を変え、そしてあきちゃんの後ろに無数に浮かび上がってきたのだ。
「ひっ。。」
声にならない声をあげた。
逃げ出したかったが、腰に力が入らず立ち上がれなかった。
その時、月の明かりに照らされたあきちゃんの顔が見えた。
その目はカッと見開いていて、まっすぐに咲子だけを見ていた。
「もう逃げられんよ。」
その表情と言葉で咲子の背筋にゾクッと悪寒が走った。
あきちゃんの後ろにあった丸い青白く光る物体がゆっくりとあきちゃんの体をすり抜け咲子に迫ってきた。
「あきちゃん、やめて。嫌じゃ。嫌じゃ!」
咲子は叫んだが、あきちゃんは表情も変えずにただただじっと怯える咲子を見ていた。
ゆらゆらゆらゆらと青白い光が咲子に迫ってくる。
「やめて・・あきちゃん。やめて!!!」
・・・・・もうやがて咲子の目と鼻の先に青白い光が迫ってきていた。
「ああもう、だめじゃ。」
一瞬、咲子の顔の前で青白い光はこちらを眺めるように立ち止った。
咲子には青白い光がほほ笑むように見えた。
そして次の瞬間、咲子の体を頭から食べるかのように、一気に飲み込んでしまった。
やがてあたりは静寂に包まれた。月だけが優しく、闇夜を照らしていた。






