8・殿下、テンプレ行動に手を出す
「殿下!」
会議室に大声が響く。
「なぜ、我々が遠路欧州くんだりまで行かねばならんのですか?」
冷静な別の人物が聞いて来た。
そりゃあ当然でしょうに。大抵、テンプレはここで欧州派兵ですよ。
何のお話しかって?
第一次大戦がはじまったんですよ。まだまだこの人たちも短期決戦だとか言ってるけども、俺が長期戦になると言ったら考え込んでいた。
日露戦争でさえ全体では二年弱戦争やってたんで、小康状態の時があるにしても、クリスマスまでに終わるとか常識的に無理でしょ?
そんなことを言ったら、考え込まれたんだ。決定打が無く戦いが続けば、わずか半年や一年では終わらない。それは日露戦争から考えても分かるのだが、世の中には楽観論が広がっていた。
なにせ、この時代の欧州は既に持ちつもたれつで、例えば英国で作った戦艦にクルップ鋼が使われてるなんて話は普通にあった。
そうした訳で、半年以上も経済活動が断絶したらどこの国も経済立ち行かないから戦争はすぐに止めるだろう。そもそも、そんな状態で本当に戦争やんの?一回当たって講和だろ?なんて、そんな状態だった。
だから、この会議の出席者たちも当初はそう考えている様だったのだ。
「日英同盟は我が領域の防衛と拡大のためにある訳ではないのです。南方勢力が我が国を警戒しているように、このままでは英国を含め欧州からの不信感にもつながりかねません。すでに英国を介し仏、露による参戦要請がある以上、規模はともかく派兵を受ける必要があります」
長期化から英国以外すら日本に派兵要請を行う状況である。当時の日本は欧州に国益ねぇ~からとすべて拒否している。
日本人の感覚として間違っているとは思わない。現在だってそうだ。
どれほどの日本人がアフリカや中東へ自衛隊を派遣することに国益を感じている?
ネトウヨだとかタカ派だとか言っても、その多くは北朝鮮がどうした中国がどうしたと言った話はしても、それ以上に視野は広がらない。
反戦団体も上手くそこに付け込んでゴラン派遣反対をやっていた。
ゴランPKOは認めるそうだが、なぜ、そこに日本が関わるのかといった趣旨だった。
それを見た時俺は首をかしげたね。ヘーワ憲法が云々?自衛隊は違憲で云々?とりあえず、ゴタクは良いから、ゴランPKOが間違いでないなら話が矛盾する事実に気が付けよと。
しかし、それが日本なのだとも納得した。目に見える周辺以外にそもそも関心がない。
有事法制に伴う「集団ナンタラ」の話に朱旗が出してた記事には唖然としたね。
地中海への特務艦隊派遣で戦死者が出てるから、これからの集団ナンタラも危険だってさ。バカだとしか思わなかったね。
その後のベルサイユ会議において、日本は特務艦隊しか派遣しなかったから発言力が低くてただ声がデカいだけの豚の鳴き声すら抑えられなかったことをまるで無視している。
そりゃあ、朱の目的はそうやって論点ずらしをして自身の主張に毒捨を引きずり込むことだが、これがかの有名なアレなんだなと。朱の本家やA君が用いたやり方だと勉強になった。閑話休題
「殿下、我が兵たちは徴兵によって集めた臣民です。なぜ、わが臣民が他国のために血を流すのです?おかしいでしょう」
外相までそう言いだす。いや、この人がそう外国にブッチャケたんだっけ?
「外相、我得ばかりで仁や義を忘れた行為がどういうモノか、ご存じありませんか?」
外相は、やれやれこのガキはって顔だ。
「お判りない?でしょうね。すでに南方の差別主義者や東方の優越主義者が我が国をどう見ているか、そこを考えていないのであれば、確かに、我が臣民を死地に送る決定に異を唱えて当然なのです」
結局、第一次大戦後の状況というのは、南方の白豪主義者と東方の黄禍論者によって我が国外しが行われた結果だ。
土台が無い所に陰謀を巡らしても意味はない。無関心の相手の悪口を言われたところでただの他人事だが、関係がある相手のそれは、自身の耳にも届くことになる。そして、その勢力に加わったり噂を拡散するようになる。
南方と東方には土台があった。だから、ちょっとした話を振ればことが大きく動く。
ベルサイユで人種差別撤廃を主張したと言ってみても、ただ火事場泥棒した日本が言ったのでは誰の心にも響かないだろう。実際そうだった。
では、同じ塹壕で共に血を流し、互いに銃を撃ちあった相手であればどうだろうか?
何も相手を知らない者同士では、耳に入らない話であっても、共に血を流し、互角に銃を撃ち合った相手であれば、相手の顔を知っているので耳に入って来るだろう。
欧州派兵の狙いとはそこだ。
「欧州で逝く臣民は無駄死ににはならん。満州に散った臣民同様、我が国をさらに飛躍させてくれる。なんなら、私も行こうか?」
まあ、まだ学校出てないが、卒業した頃にもまだ戦ってるんだ。十分間に合う。
一度では納得しなかった面々も、何度か回を重ねて何とか説得できた。
「欧州派遣総司令官は院長閣下にお任せしたい。我が国で閣下ほど名声の高い者は居まい。院長には元帥として欧州へ向かってもらおう」
何だかんだで元帥を辞退し続けた閣下。が、嫌でも元帥になってもらう。そして、我が国で最も塹壕戦に詳しい閣下に、ドイツの浸透戦術を撃退してもらう。後の作家に彼をこき下ろさせないためには、そのくらいの実績が必要だろう。