5・殿下、戦術構築を依頼す
旅順攻撃の名将
一時、小説の影響で愚将と言われる評価を受けるようになったが、実際そうであったかと言うと、再評価によって随分と変わってきている。
そんな事もあって、今や学園長をやっている彼に今後の陸戦に関する研究を依頼することにした。
「院長閣下に造兵廠で新たに作られた新兵器を用いた戦術の研究を依頼してほしい」
旅順要塞攻撃は作家の言う様な無駄な作戦ではなかったというのが昨今の評価であり、その作戦についても同様だ。
どちらかと言えば、第一次大戦における欧州各国の戦法を先取りしているとさえいえる。
作家が批判する部分に関しては、欧州各国も第一次大戦において、それを通常の戦法として実施し、後に旅順攻略に準じた戦法へと変更しているくらいだ。いわば、20世紀初頭の常識的な戦法を行い、そこからその無意味さを察知し、新しい戦法へ切り替えた。非常に柔軟で有能な指揮官であったという実態が見てとれるのだという。
それはこの世界に来て接した人々からも感じている。だからこそ依頼することにしたわけだ。
そしてもう一つ。俺のお絵かきで兵器が出来た。
特に複雑なシロモノではない。迫撃砲や擲弾筒の絵をかいて渡しただけだ。
構造が簡単で技術的難易度も低かったからだろう。しかも、日露戦争で同様兵器の使用実績まである。
そうした事から制作に特段の困難は無かった。ただ、そのまま陸軍の装備に出来るかと言うと、事はそう簡単ではない。未だ第一次大戦は起きていない。日露戦争で発想は生まれたが効果的な運用は確立されていない。なので、ここはその経験者に依頼して研究してもらうのが一番だと思った次第だ。
当然、これは殉死予防策でもある。父にも、戦術研究と入学した親王の養育をくれぐれもと念押してもらった。
なにせ、世界的な名声を持つ院長閣下だ。陸軍の誰もその威光に逆らえないようで、戦術研究は理論だけでなく、実際の部隊行動にまで及んだ。
「殿下、院長閣下にご依頼の戦術研究の件ですが、アレはかなりの砲弾を使用するものになるやもしれません」
そう報告が上がって来たので、欧州の覇者の話をした。
「確かに、砲兵こそ陸戦の要とは、欧州でもその様ですが、如何せん、我が国の工業力では・・・」
そう、そもそもの話、これから40年近く先の戦争において、日本はベースを日露戦争において計算していた。それが大間違いだと直前に思い知らされる戦いもあったのだが、わずか数年で転換できるはずもなく、その少ない生産力であの戦いを乗り切っているのだから、そちらの方が凄いとさえいえる。どういった魔法で乗り切ったんだろう?
「閣下の考察した結果がそうだというのならば、今後の戦争とはそういうモノなんでしょう。そこに必要だというのであれば、我が国の工業力を戦術にふさわしい規模に引き上げることが必要かと思う」
そう言うと唸っている。仕方がない。
それからしばらく後、父の様態が思わしくなくなったころに再度、院長閣下を呼び、戦術研究と親王の養育の念押しをしたという。
院長閣下の戦術を実際に部隊で演練するというので呼ばれた時の話だ。
「どうですかな、殿下」
軍のお偉方が居並ぶ中に場違いな子供が居る格好だが、そんなことを言っても仕方がないので、そこは気にしていない。
演習ではバカスカと大砲が撃たれ、迫撃砲や擲弾筒が撃たれていた。まだまだ歩兵部隊が携行できる軽機関銃は開発されていないので、機関銃による支援は後方からに限られてはいるが、確かに、これまでに比べて大量消費になっている様だ。
しかし、それより目を見張るのは、集中射撃の後に一点突破して突っ込んでいく歩兵の姿だろうか。
「なるほど、これが旅順で戦った知見から出来た戦術ですか。兵が堰を切って突っ込んでいく。そして、後方を制圧していく。名を付けるなら浸透戦術とでも言えばいいのだろうか」
本来は第一次大戦でドイツ軍将校が採った戦法に対し、連合国が名付けたはずだが、きっとそれはこんな感じだったのだろう。さすが、名将と言われる院長閣下。本当にやってくれた。
「あと、出来れば歩兵にももっと強力な歩兵銃を与えることができれば、より効果的になるのでは?」
俺はそう言ってこの時代、宙に浮いているモンドラゴンM1908ライフルを提示した。
後々の話ではあるが、スイスの精密機械を日本で生産するなどとんでもなく、口径が違う事もあって陸軍で採用も出来ないと文句を言われた。
ただ、スイスとの関係は出来たし、自動小銃も手に入った。自動銃でしかも銃身が短いため三八実包を見直し、専用弾を開発しながら実用化を目指したが、出来たのはBARモドキ、十一年式軽機と何が違うねん?なシロモノになってしまった。いや、歩兵火力上がるんだから構やしないんだが。うん。