21・殿下、内蒙古で奮戦す
史実と随分歴史が改変されてしまった。
あまり変わりがないと思っていた国内だが、ロシアへ輸出した艦艇に加えて、どうやら装甲車両の共同開発に乗り出している。
日本は南満州に権益を持ち、関東軍を駐留させている。ロシアは北満州を支配し吉林省もその大半を支配下に置いた。
そうなって来ると敵は内蒙古やモンゴル・ハーン国、或いは真正ロシア帝国とソ連の国境であるバイカル湖畔という事になる。
そう、陸軍の充実は急務だった。
それに対し、日本は南満州権益以外に陸軍の主張すべきものがない。南洋や台湾云々という話になると海軍艦艇や空軍哨戒機の独壇場だし、なにより、その広大な領域をどうこうしようとなると開発すべき機体、艦艇は多種多様で費用も多額に必要となる。
では、陸軍は必要ないかと言うと、満州権益の保全はもちろんの事、台湾にしろ大陸の租界にしろ、地上部隊は重要な要素を占める。
それに何より、ロシアは同盟国であり、ソ連の侵攻で崩壊してしまえば、昔の状態に逆戻りしてしまう。ロシアという緩衝地帯があるからこそ日本は安全であり、日本が便宜を図って建国したからこそ、その国にはこうして様々な互恵関係を築けているのだ。いまだ国交がないソ連がシベリア東部や沿海州を支配してしまっては、ハバロフスクやウラジオストクが今の様な日本海経済圏として日本経済とリンクするなどという事は考えられない。
そう、満蒙は生命線どころか、いまやロシアの浮沈は日本の浮沈と言っても良い状態になっている。当然、ロシア側もそのことはよく理解しており、出来るだけ日本のヒトとモノを使おうとしている。カネに関しては確実にロシアの方が上だ。この世界ではそこに英国まで加わっており、史実の英国面ではない英国陸軍が存在することになるかもしれない。
手始めに製作された九二式騎兵装甲車は、トレンチガンから派生した軽砲を備えた軽戦車で、史実の九二式重装甲車とは違い、九五式に近い車両となっている。当然だが、溶接車体を採用している。
ここには日本だけでなくロシアの冶金技術も投入されており、この数年日本で盛り上がっているカイゼンや品質管理の概念によって、その生産には新機軸が多い。
担当した技師が誰かと尋ねたら、どうやらあの「日本戦車の父」であるらしい。なるほど、今の技術ではT34は作れないから九五式で妥協したんだね?確信をもってそう言えるデザインをしている。
そして、気になる大陸情勢だが、日英露が支援する北京政府は戦況芳しくない。まあ、史実よりマシではあろうが。
どうやらスキンヘッドの勢力にはドイツ顧問団が大量にドイツや北欧製の武器を持ち込んだらしい。その資金はあのスキンヘッドの嫁の財閥や米国が出したのだろう。非常に潤沢な資金と武器を手に入れている。
それに対して北京政府は日露からの武器援助で何とか支えられている状況だった。
ただ、西方に共産勢力を抱えているためあまり南部にだけ注力している訳にはいかないという。
「で、日露が内蒙古を西進、北京政府の西方に防壁を作ると?」
正直、おまえ何言ってんの?と言いたくなった。まさか、史実より数年早く、目的も随分違うが、日本はチャハル作戦を実施する必要があるらしい。
「これまでロシアがモンゴル国の保全のためにモンゴルや内蒙古に展開しておりましたが、内蒙古西部への朱勢力の浸透著しく、北京政府のみでは如何ともしがたいそうで、ロシアによる軍事行動を打診して来たとのことです」
その打診を受けたロシアとしても、ようやく次期ハーンを見つけ出したばかりのモンゴルに対外軍事行動を行わせる訳にもいかず、日本に声をかけたらしい。英国?どうやらアフガン方面で忙しいらしい。
俺自身がどうこう言う話ではないので、陛下の裁可さえ降りるならと言って話を切り上げた。
それから半年後、ヤヴァイ連中引き連れて内蒙古に放り込まれたのは俺だった。
指揮官として内蒙古に行ったが、なんか、院長元帥の教え子たちが多くてやることなかった。ロシア軍からも参謀たちが院長元帥の教え子だと知られると尊敬のまなざしで見られていた。
特に大きな問題なく作戦は進んだのだが、ヤバい連中だけあって何も問題が無かった訳ではない。
迷子羊やヤギを見付けたと狩って来る者がいたので、空軍に依頼して周辺の遊牧民を見付けてもらって賠償に行ったり、遊牧民から馬乳酒を貰ったと主食にする部隊があったので懲罰を与えたりした。
いや、あの酒に強い連中だから、馬乳酒ごときは牛乳みたいなもんだとは思うんだ。だが、さすがに作戦中の主食が馬乳酒では行動に響くし連中の需要を満たす馬乳酒を何の問題もなく入手することは困難すぎる。ドイツ人が水分補給にビール飲むみたいに馬乳酒飲んでたら、あっという間だろ?だいたい、ロシア軍が真似するからやめて欲しい。連中、ウォッカに少量混ぜて白濁させて馬乳酒とか言ってんだぜ?困るんだよ!仕方ないからクワス渡して何とか抑え込んだ。いや、あんま変わらんか?
そんな不祥事だけでなく、作戦にもいろんな不都合は存在した。装甲車はまあ、実用レベルだったが輜重は馬車や馬匹なので付いて来れなかった。砲兵の大半は鉄や木の車輪なのでこれまた付いて来れなかった。
砲兵は神のロシア軍は砲兵に合わせて進軍するもんだから、装甲部隊の存在意義が無い。いや、装甲部隊が突出しすぎても問題は多いんだけどね?
院長元帥に浸透作戦に自動車を使った場合の話や電撃戦の話をしたら、やっぱりしっかり電撃戦の手法も考え出していた。
第一次大戦でフランスがタクシーによる兵員輸送を行った話を直接聞いて、英軍の戦車による後方進撃を直接見聞して自らの作戦立案に取り入れてたんだから、ドイツの名将でなくとも思い付くよね。なんせ、院長元帥も第一次大戦で名将と呼ばれた人だもの。
その教え子たちの実戦の場として今回、装甲部隊とヤヴァイ連中を引き連れてやってきている訳だ。
というか、俺を含めて、ロシア軍の準備砲撃を見て、砲兵とはいかなるものか、まざまざと見せ付けられた訳だが。




