2・殿下、強権発動す
「起工中止とはどういうことですか!」
ふいに飛び込んできたのはそう言う怒鳴り声だった。今の自分がどこに居るのかわからなかった。
その間も目の前で怒鳴り続ける。
「確かに、殿下は特異な力をお持ちですが、それを利用して陛下に起工中止の勅を願うなどやり過ぎですぞ」
ああ、ようやく理解した。
VRってなんだっけ?こんな没入型はまだ開発されとらんよ?どういうこと?
「聞いておられますか?殿下!」
視線で人が殺せそうなオッサンがまだそう言ってくる。海軍の重鎮らしい。
「先ごろ、英国で新型戦艦が進水したのは知っていると思う。もはや、時代が変わった。中間砲を多数積む戦艦など不要。これからは30センチばかりを積むのが主流になるからですよ」
俺はそう言った。弄ってやるとか言って、こういう事か。いきなり安芸の起工中止とか、あのおっさん、やってくれたもんだ。VRどころではない世界な上にコレって、どうなってんだ?
目の前のオッサンも事態は理解しているらしい。
「だからと言って、建造中止はどういうことですか!」
やはり、そう言われた。
俺?よく分からんが、皇太子ではない皇子らしい。親王とかいうんだっけ?ソレ。しかも、何やら不思議な力を持つとかなんとか言う設定らしい。なるほど、これがチートね。地味すぎんじゃね?
「我が国も作るんですよ、単一巨砲艦を。まず、薩摩の船体をそのままに、25センチ砲をすべて撤去し、後部砲直前に30センチ砲を乗せる。前方2基の25センチ砲の位置を後退させ、旋回余地を作って30センチ砲とする」
おっさんは頭を抱えていた。購入した25センチ砲どうすんだと。
「一等巡洋艦の建造も中止した方が良いですね。30センチ砲の確保もありますから」
シレっとそう付け加えた。
何も対策なしにこんなことをしている訳ではない。ちゃんと対策をしている。
「25センチ砲に関しては新たにイタリアから造船監を招聘しているので彼に任せます」
この決定で国内は大混乱となった。そりゃあ当然だ。国内建造の軍艦全てが一時中止になったのだ。
さて、何故イタリアを選んだかって?それは、かの国が世界初の三連装砲塔を実用化したからだ。呼んだのは、当然ながらその張本人。
さすがゲーム。俺のチート能力は渋ることなくイタリア人技師を日本に招くことが出来た。
「ようこそ日本へ!」
やってきたイタリア人を出迎える。
「ほう、この国は子供が出迎えるのかい?なかなか愉快だ。ところで、早速、チキンラー・・・、イスはこの国の料理では無かったな。テンプラ?スーシ?」
おい、こいつ今何言いかけた?チキンラーメンじゃないのか?んなものまだできてねーよ。つか、イタリア人が知る訳ないだろう。あのおっさん、俺以外にもこのゲームに放り込んでるな。
「はい、牛鍋なども」
「oh!ギュードーン!!」
ちげーわ。
盛大な齟齬をスルーしていくのは大変だったが、このプレイヤーにそれを聞くことはしなかった。
しかし、何だろう。コイツ、どうやら計算尺を使わずとも計算できるらしい。まさに俺と同類だろう。だが、他人のPCやタブレットは見えないらしく、この時代相応の事をやってる様に思えてしまう。
その設計速度は異常というしかなかった。
依頼した25センチ砲を用いた一等巡洋艦の設計をわずか一週間で終わらせてしまった。
牛丼牛丼うるさいので、日本橋の吉野屋に連れて行って鍋ぶっかけを食わせたのは言うまでもない。
イタリア人の設計はこの時代にしては奇抜だ。しかし、後の時代から見れば常識的と言える背負い式配置のモノだった。
「依頼の巡洋艦、そして、新型戦艦の設計も」
そして渡された新型戦艦の設計図は、三連装と連装の混載だった。なぜ3連装4基にしないのか尋ねたら、太平洋の波では傾斜が大きくなりすぎるためだという。三連装としたければ、全長は200m、幅を30m近くにしないといけないのだと言い張った。現状では170m程度の船がやっとなわけで、さすがに金剛型に匹敵する巨艦には手が出せないために諦めることになった。
そう、コレが俺の考えた河内型戦艦。そのため、その開発時間を考えて、安芸の建造すら取りやめ、まずは習作として背負い式配置の装甲巡洋艦を建造して様子を見る。三連装に失敗しても連装5基の代案も貰っているので問題はない。
当然だが、さすが、俺同様に送り込まれたプレイヤー、ちゃんと時代を先取りした水平装甲の強化を行ってくれている様だ。
その後、海軍において、彼は新型戦艦についてプレゼンしてさっさとイタリアへと帰って行った。なんでも来年までに新型戦艦の設計を終えたいんだとか。