10・殿下、空軍を創設す
「飛行機を扱うには、それを専門とした軍を創設すべきでは?」
欧州派遣軍からの報告で、飛行機による作戦行動の重要性が指摘されるようになった。
そこで、陸軍は飛行隊を組織しようと動いていたが、俺がそこに異議を申し立てた。
「しかし殿下。速やかに作戦を遂行するには同じ指揮系統に部隊が無いと困難です」
実際そうだろう。しかし、それは陸軍組織である必要はない。任務部隊として一人の指揮官、一つの司令部の下に指揮系統が一元化されていれば良い話だ。
ただ、それがこの時代は簡単な話ではない。通信の問題もあるから尚更だ。
「それは分からなくもないが、陸海軍が別々に航空隊を編成するのは非効率です。海軍には艦載機のみ、陸軍には砲兵観測機のみを認め、他の航空機は空軍が運用し、任務に合わせて陸海軍と共同、ないしは統合運用を行う仕組みにすればよいのです」
いうのは簡単だが、きっと実現は難しいんだろうなと思ったが、陸海軍が英仏へ別々に師事して規格も計器も操縦装置もバラバラというのは避けたかった。
「飛行機操縦士は適性を見た後、英国に派遣し教育の上、そのまま派遣軍の航空部隊に編入する形が良いでしょう」
という事で現在、欧州派遣軍総司令部がある英国での教育を半ば強要した。
そうして始まった空軍の組織構築はすぐには出来ず、まずは陸軍航空隊として発足し、すでに水上機を扱う海軍にも航空隊が組織されている。
陸軍航空隊は次第に規模が大きくなり、英国が陸海軍の航空隊を統合して空軍を組織したのに合わせて、日本帝国空軍もそのすぐ後に発足させることになった。
どんなに強く言っても聞かなかったにもかかわらず、英国が空軍を作るとすぐに手のひら返すとか、どうなってんの?
ただ、英国空軍とは違い、日本では当初から艦載機は海軍での運用としており、大きな混乱や困難を招かずに済んでいる。ただ、大型機が発達すると哨戒機の運用でひと悶着あったが、そもそも、その頃には統合参謀部も出来ており、その隷下に統合任務部隊として、鎮守府や艦隊とうまく連携して運用されていくことになる。まあ、それまでには色々大変だったようだが。
一応、飛行機は外国に丸投げから始めるしかなかった。いきなり欧州の戦場で必要になったのだから、日本国内にはその準備が無い。どうしても先進国を頼るしかなかった。
それ以外にも足らないもの尽くしで日本の国力の限界をまざまざと見せつけられた。
ただ、それは悪い事ばかりではない。
史実では、ただ欧州を対岸の火事として儲けただけだったのに対し、ここでは日本自体が苦労している。
しかも、交代や増員などで延べ100万人程度の日本人が欧州に足を運び、自らの目で欧州を見る機会を得た。
日本しか知らない状態とは異なり、その思考、視野の範囲が大きく拓けたことだろう。
まあ、中には欧州で肉食に目覚めたり、違う肉食系に目覚めた連中もいる様だ。一番多いのがチップス、或いはフリッツという、アレだろう。肉食以外の多くの帰還兵はフィッシュアンドチップスを日本で食べたがった。
本家英国とは違い、日本ではアジフライにチップスという組み合わせが多くなったが、その微妙さがウケたらしく、牛鍋よろしくアジ芋屋台が乱立した。内陸ではアユやニジマスなどの川魚の塩焼きにチップスを組み合わせるという、まあ、ある意味日本らしい珍事も起きていた。ニシン蕎麦ならぬニシン芋とかも。
そうした流行が落ち着くと、地域性によって食文化が分かれた。
米が取れずに苦労する北国では、ベルギーほどではないが主食の一環としてチップスが残り、凶作時の被害軽減に役立ってくれることになった。
そうした食文化への影響は最もわかりやすい例だが、日本の現状を認識する者も増えた事は大きな収穫と言える。
以後の対外政策へ大きく影響を与えることになる上、軍の中にも様々な影響を与えた。
海軍は大海戦に参加し、地中海での護衛も行い、軍神の伝説以外の視野も持てるようになった。陸軍は近代戦争の恐ろしさを改めて認識することになった。まあ、中には朱に交わった者も居たりしたが、それ以上に収穫は大きい。
肉食系が欧州人の嫁を連れ帰って大騒動起こしたのは漫談にまでなっているし、外国語が話せる人間も増えた。まあ、通訳レベルとはいかないが、日常会話レベルには大丈夫だ。一年から二年、欧州で過ごした者たちは、即席の外国語講師になったりもした。
そして、それは政治にも影響をもたらした。
何も朱に交わるだけが政治思想ではない。欧州で「市民」や「民主主義」を直接見聞した者には、日本の稚拙なソレや曲解されたアレは噴飯ものと言えた。
高等教育を受けていない者でも、欧州の政治と日本のゴッコの違いは見抜けるようになっている。総勢百万余人がだ。その違いはいやがうえにも大きい。
まあ、それが実を結ぶにはまだ時間がかかるだろうが。




